文化祭2
紀夫の提案した性転換教室は、夏休みをフルで満喫できる唯一の案だったらしく、他のクラスや学年がせっせと準備を進める間、紀夫は大文字相談事務所でアルバイトをしていた。とはいえ、八月の前半にシフトを詰め込み、後半は薫や花子と遊ぶ時間を作り、去年は全く縁のなかったリア充生活を満喫した。
しかしその合間に、紀夫と桜だけは一日だけ学校に行き、教室で話し合いを開いた。
料金の設定は1回につき500円。手間暇を、考えたら安いような気はするが、相手は学生が多いのだ。安くなければまず来ないだろう。
次に誰がどこを担当するのかを決めるクジ引きを作成した。部活動をしている生徒はできるだけそちらを優先させ、全員が他のクラスを見て回れるようローテーションを組むのは、なかなか骨が折れる作業であった。
紀夫は、大文字が企み事をしている時にこんな事をしているのかなと想像し、思わず吹き出しそうになった。
「楽しい事でも思い出した?」
「バイト先の上司もこんな事をしていると思ったら面白くてさ」
ニヤけヅラを見られてしまったと、紀夫は思わず顔を背けた。
「そうなんだ。紀夫くん、明るくなったよね」
「そう?俺は普通だけど」
「いいや、明るくなったよ。体つきも引き締まってきたし、頼りになるし」
以前好きだった相手に、ここまで褒められると紀夫で無くとも照れるのは必至である。
「そ、そうかな?」
「うん。だって紀夫くんの事を好きって人もいるもん」
桜が頬をピンク色に染めた。
「え!?本当に!?誰!?」
「教えるわけ無いじゃん。そのうち告白してくるのを待ってたらいいと思うよ」
鈍感な紀夫は桜からなんとか聞き出そうと試みたが、結局誰が好きなのかは教えてもらえなかった。
夏休みがが終わり、二学期の始業式を終えた2-Dの生徒達は、二班に分かれて文化祭の準備を始めた。
文化祭当日、化粧をする係と教室の外で客引きをしたり、案内をする係の二班だ。
案内係は化粧品の買い出しと、男物の古着の買い出しに。化粧係は皆で持ち寄った、着る事の無くなった古着のサイズ分けと洗濯に励んだ。
紀夫と薫は、このクラス唯一の男子生徒は、あえてそのどちらにも加入せず、男手が必要になったら動けるようにする遊撃部隊となる。
これは単純に紀夫が恥ずかしかったからだ。
事前にキチンと説明してなかったせいで、下着まで持って来ている生徒が何名かいた。
つまり、仕分けをしている化粧班に入ってしまうと、それを目にする事になる。
化粧品の買い出しに行ったところで邪魔になるだけ。その結果、二人は手持ち無沙汰となった。
しかしそれは束の間の平穏である。
買い出し班が戻ってきた途端、二人は練習台もとい実験台にされた。
この時始めてわかった事だが、紀夫の体型は本当に引き締まっていたようで、女性もののMサイズでも容易に着る事ができた。
大変なのは紀夫より薫の方だ。
見事なまでに8つに割れた腹筋に惚れ惚れとする女子生徒により、着せ替えというよりは無理矢理身包みを剥がされていると言った方が正しい。
紀夫はあそこまでガチムチになってなくてよかったと心の底から思えた。
文化祭を通して、全く話した事の無かった女生徒から話しかけられる機会が多くなった。
夢にまで見たハーレム計画の第一歩と考える事もできるが、それよりも考えるべき点はしっかりと文化祭をやり遂げるように専念する事だ。
まだ文化祭までに時間がある。放課後少しだけ残って挨拶の仕方や案内の流れを確認する。その他の細かな修正を終えて、写真を撮る場合は更に200円を追加で貰うように決めた。既存ののインスタントカメラを使い、印刷まで行う場合は手間賃として300円にする。入場料以外のところで少しでも金額を稼げるように案を出し、いよいよ文化祭の前日まで来た。
保健室から借りてきた衝立を使い、教室を4区切りにし、余った机や椅子は壁際に崩れないように積んでいく。これにて全ての準備は終わりだ。
「文化祭準備お疲れ様でした!当初の予定より考える事と練習する事が多くなってごめんな」
「紀夫がまたネガティヴなってる。ウケる〜」
いつも紀夫を貶していた女子生徒からイジられて、教室に笑いが溢れた。馬鹿にされているようにも見えるが、紀夫はこれでいいと思えた。
「んじゃ絶対謝ってやらないからな!明日は皆で頑張ろう!」
「「おう!」」
紀夫の言葉に続き、2-Dの生徒達が一斉に声をあげた。
ーー
そして迎えた文化祭当日。
二日間に渡って行われる文化祭のうち、最初の一日を紀夫の担当、二日目を桜の担当とした。
初日の担当を選んだ理由は、細かな調節の必要が無いかの最終チェックである。
しかし、だからと言ってガッチリした体型の紀夫に、女装をさせて廊下に立たせるというのは如何なものか。
教室の前を通る人々を絶対に振り返らせる事ができるが、客引きなんてイケメンにやらせろよ、と心の中で愚痴をこぼした。
しかし、昨日自分から「担当になった奴はそれを全力でやるように」と釘を刺した事を思い出し、紀夫は普段絶対に出さないような大声で客引きを頑張った。
「お!紀夫くん!頑張ってるみたいだね?」
その声に振り向くと、大文字と菊池がそこにはいた。白のジャケットに黒のスラックスを穿いたその姿は、ホストと言っても皆が信じてくれそうだった。
「どうしたんですかその服装?」
「花子くんに頼まれたんだよ。ちゃんとした服で来いって。部屋着以外だとこんなのしかなくてね。それで?ここはなんの出し物をしてるのかな?」
その質問を待っていたとばかりに紀夫は「2名入ります」と化粧を担当する生徒に伝えた。
「まずは体験してみてくださいよ。大文字さんに言われて自分のやりたいようにしてますから」
ありったけの皮肉とこれまでのお返しと言わんばかりに、紀夫は満面の笑みで大文字を案内した。驚きなのは菊池が案外ノリノリで引き受けてくれた事だ。
大文字を案内した後に「紀夫くん!嵌めたな!?」とか聞こえてきた気がするがそれは気のせいという事にした。
擬似性転換を終えて出てきた二人に、紀夫は自分のスマートフォンを取り出してカメラのシャッターを切る。
自分で保管する用だ。しかし、二人の姿は完璧だ。菊池はどこからどう見てもイケメンホストだ。すらっと伸びた脚、整った顔立ちと言うのはそれだけで得をするもんだ。
そのイケメンの登場に他のクラスからも人が集まり、菊池は一躍有名人となった。
本人も満更でもなさそうで、テレテレとしながら大文字の方を見やる。
続いて大文字のテーマは可愛らしく清楚な20代女性というものだ。
脚の毛はソックスを穿いてごまかし、ミニスカートを履かされて胸には服の間に何かを入れて胸を大きく見せている。顔もメイクアップが済んでおりカッコいい女の子という印象だ。
服とのバランスが絶妙にズレて、あまりに滑稽で紀夫は笑い転げた。
しかし、大文字がただ笑われて終わるわけが無い。女装した紀夫の姿を携帯の連写モードを使って激写。
その写真を見せつけられて、紀夫の笑いはピタリと止まった。
「紀夫くん、これでお互い様だね。この事は誰にも漏らしたらダメだよ?でも菊池さんの男装は欲しいから俺に送っておいて。給料上乗せするから」
大文字は紀夫に耳打ちをして、菊池の晴れ晴れしい写メを要求してきた。大文字の昔話の時にも感じた事たが、この二人がなんで付き合ったり結婚していないのか不思議でしょうがない。
それもまた大人なりの事情があるのだと解釈し、踏み入って聞く事はしなかった。
そうこうしている間に、あっという間に文化祭は終わった。メイクという特殊な形式のお店は、一人につき、掛かる時間が長かった。その為、売り上げの成績はあまり良く無いが、平均を上回る収益を上げる事ができた。
驚くべきはそこでは無い。
文化祭二日目の夕方、片付けも終わり、紀夫が身支度をしていた時の事。
なんとクラスメイトから打ち上げのお誘いを受けたのだ。一番の功労者に来てもらいたいと、紀夫が居なければここまで楽しくやれなかったと。涙腺が緩んで瞳に涙が溜まっていくが、紀夫は意地と根性で雫を零さないように堪えた。
斯くして文化祭は大成功という形で幕を下ろした。
紀夫は文化祭を通し、少しは成長する事が出来ただろうか。
これからも紀夫は自分のコミュ症とうまく付き合っていこうと決心した。
これにて完結としています。
もしも続きが読みたいという方が一人でもいたら2部という形で書こうと思います。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




