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大文字相談事務所  作者: 主
15/21

政治家2

二人のよからぬ密談は、最終的に大文字が折れる結果で終わった。つまり、今この場で裏取引が成立したという事だ。


紀夫には選挙法という知識は無いのだが、選挙の際に金銭のやり取りは少量であっても罰せられるのは知っている。


今この場に警察が飛び込んでくれば即刻辞めさせられるほどの事なのだ。


まるで映画のワンシーンのような出来事が、さっきまで自分がいた部屋で行われていたのだと思うと、自分も片棒を担いでいる様な気がする。


紀夫は聞いていた事がばれない様にと壁から離れてスマートフォンを弄りだした。とは言ってもアプリを開く、閉じるの繰り返し。まともに操作など出来ない。


大文字の事を日頃から胡散臭いとは思っていたが、まさかこんな事にまで手を出すとは思ってもみなかった。大文字に尊敬の念すら送っていたというのに。


ならば自分は何をすればいいのだろう。


警察に突き出してみるか?大文字の事だ、他に責任をなすりつける可能性がある。下手をしたら自分が冤罪を喰らう可能性だってある。


この場から退散し、仕事を辞めてしまうか?真実を知っていると言外に告げるのと同義だ。


ならばどうするか。素知らぬ顔でいつもの日常に戻るのか?それしか無いだろう。


ただの高校生である紀夫に、何か出来るわけが無いのだから。


その後、紀夫が呼ばれたのは裏取引の一切が終わった後、証拠が全て隠された後だった。


大文字が「遅くなってごめんよ」などと戯けた話し方をしてきても、いつものように笑い返す事は出来ない。心の中では(このクソ野郎)と思っているのだから。


しかし与えられた仕事はきっちり最後までやり遂げたい。


元より期末テストの成績が悪ければ辞めなければいけない仕事だ。最後に裏取引の証拠を突き出してから辞めてやろうと心に決めた。


イライラしながらも打ち込みを再開した。


「紀夫くん、何かあった?大文字さんに何か言われたとか?」


紀夫がいつにも増してガタガタと音を立てながらキーボードを叩いていると、菊池が心配して声を掛けてきた。


「いえ別に……」


「その反応は何かある人しかしないんだけどね。私で良ければ相談に乗ろうか?」


「いえ……」


菊池は何も知らないのだろうか。この部屋で集中して仕事をしていたら応接間の密談を聞かずに済んだかもしれない。しかし、それ以前に彼女も裏取引に関わっている可能性だってありうる。紀夫は誰を信じて良いのか分からず俯いた。


心配そうに首を傾げていた菊池は、何も話そうとしない紀夫の肩を叩いた。


「紀夫くん、明日は学校休みだったよね?」


「はい?そうですけど」


「それならさ、私の方の仕事に着いてこない?大文字さんを嫌いになったなら私と仕事しようよ」


大文字を嫌いになったのは正しいが、何かズレている様な気がする。しかしその提案は、紀夫にとって都合の良いものなのかもしれない。


以前の桑田夫妻の様に出張相談などは例外だが、それ以外の外での仕事は彼女の役目である。となれば、大文字の裏取引に関する仕事にも関わっている可能性が高い。


そして、何より注視すべき点は彼女が会計も担当している事。従業員の数が少ないのだから当然と言えば当然なのだが、この会社の経費や収入、ようは金の流れを全て知っている筈。


ならば彼女と行動を共にすれば違和感のある金の流れがどこかに見つかるかもしれない。


紀夫は菊池の提案を承諾し、晴れて菊池専属の部下という枠に収まった。


やめておけば良かったと後悔するとも知らずに。


ーー


次の日の朝、菊池に言われていつもより早めに事務所に着いた紀夫は、この日のスケジュールを渡された。


「じゃあ紀夫くんは今日から私の部下よ!前々から部下が欲しかったのよね」


朝からテンションの高い上司に、紀夫は話しを合わせるだけで眠気を隠しもしない。欠伸を一つ着いた後渡されたスケジュールを確認した。


「そうですか、それは良かったです。……ってこのスケジュール!なんですかこれ!?」


1枚のA4用紙にびっちりと詰まったスケジュールは、分単位で行動しなければ間に合わない。無論休憩時間も1分刻み。これではお手洗いに行く時間もなかった。


「まぁ意外と何とかなるもんよ?さぁ行こうか!」


営業車を所有していない為外回りは公共の交通機関を使う。初夏の日差しがアスファルトに照らされ、蒸し返すような熱気が身を焦がす中紀夫はキビキビと動く菊池についていくだけで精一杯だ。

訪れる場所も様々で、銀行や資材の調達の様な内々の仕事。相談者の方々への挨拶周りから協力してくれた企業への御礼など。時間に正確に動かねば到底終わらない様な業務内容だ。


しかし悪い事ばかりでは無い。


菊池の訪問先の一つに大泉の事務所があったのだ。


大文字相談事務所の応接室ほどでは無いが此方も高級感漂う事務所である。


壁には鹿の頭を剥製にしたものが飾られており、床には虎の毛皮で作った絨毯が敷かれる。大文字の応接室が和風な調度品なら此方は洋風といった雰囲気だ。


紀夫は裏取引の証拠でもないかと辺りを見渡してみたが、そんなものを堂々と置いているほど愚かではないだろう。


「わざわざ足を運んでいただいてありがとうございます。どうぞお掛けになられてください」


大泉は昨日応接室にいた時と同じスーツを着て、歯茎まで見えるわざとらしい笑顔を作って腰の低い挨拶をした。


だが断ると、言わんばかりに菊池は片手で静止した。


「お気遣いありがとうございます。折角ですがすぐに出ないといけないもので、用事だけ手短にお願いします」


「流石は大文字さんの所の秘書さんだ。此方を大文字さんに渡して貰いたいのです。それと、こちらの封筒は大文字さんに頼まれたものです」


大泉は作業机の方から中身の見えない小さな箱の入った紙袋を取り出し、菊池に手渡した。続いて作業デスクの引き出しから一封の封筒を取り出し、裏には筆ペンでわかるようにとサインを入れた。


どこからどう見ても怪しさ満載の封筒だ。


菊池は無言で両方受け取ると、「失礼します」と頭を下げて、足早に退出した。


紀夫は正直なところその両方の中身が気になる。時代劇や政治に関わるドラマや映画などでは「お主も悪よのお」という決まり文句の後に出てくるのは決まって山吹色のお菓子だ。


菊池が受け取った紙袋は見た目こそ粗雑なものであるが、中に入っている小さな箱はそう考えると金の詰まった箱に思えてくる。


女性の菊池が普通に持っているからといって、中身が金塊で無いという保証にはならない。菊池の腕力はスマートフォンの画面を破壊してしまうほど強い。十分に可能性はあった。


「紀夫くんさっきから見てるけど、これ持ってくれるの?」


視線に気がついた菊池が紙袋を突き出した。


「女性に荷物を持たせるのは忍びないですからね。僕が持ちますよ」


「助かるわ。これだからこそ部下が欲しかったのよ。女王さまってこんな気分なのかしら?」


菊池はたまに見せるおばさんのような仕草で手首を折る。その後、何の警戒もなく紀夫に紙袋を手渡した。


ズシっとくる重量感……は無い。残念ながら中身は金塊では無いようだ。考え過ぎか、と首を横に振って気持ちを切り替える。


何も金塊だけが賄賂というわけでは無い。というより金塊が入っている方が稀だろう。となればやはり妥当なところは現金か。


そう考えるともしかしたら大金を持ち歩いているのかという不安に駆られる。


事務所に着くまでの間、紀夫は限界まで警戒心を高めて紙袋を守った。


事務所に着くと、大文字はいつものヘラヘラ顔で迎えた。


「おかえり二人とも。お使いをさせて悪かったね」


「いえ、これが大泉さんから預かったものです」


大文字に紙袋と封筒を渡した。大文字はその場で封筒を開き中に入っていた書類に軽く目を通すと、投げ捨てるように菊池に封筒を返した。


「これは俺の仕事じゃ無いよ菊池くん、これは会計の仕事だからね。まとめておいてくれ」


面倒なものを押し付けるな、と菊池の顔に書いていた。紀夫も横目で書類の内容に目を通してみると、大泉の選挙における金の動きが書かれていた。


選挙とは基本的にボランティアで行わなければならないのだが、一部の従業員を雇うことが出来る。例えば選挙の時期になったらどこからともなく現れる選挙カーなどだ。そんな金の動きまで報告の義務がある。


協力関係になる以上、信頼の意味でこの書類を渡しされたのだ。


大文字の言う通り会計は菊池の仕事だが、大文字が受けた仕事を放り出すというのも如何なものか。


そもそも、その書類は裏取引に関わる証拠になりえる。


この書類さえ手に入れれば、もしくは菊池が入力を終わった後にパソコンの操作が出来たなら、大泉と大文字を警察署にブチ込めると考えた。


紀夫が悪巧みをしていると、その機会は予想よりも早くやってきた。


「紀夫くん、会計のデータ入力の方法を教えるから、この書類を使ってみようか」


「え?俺が関わっても良いんですか?」


「いいとも。大した事は書かれていないからね。練習するといいさ」


大した事は書かれていないと断言したが、紀夫の目から見たら十分大した事に分類される。


何故なら昨日の夜にカウンセリング費用として大文字に支払った金額は20万円。


普段のカウンセリング料の七倍近い金額になる。

これを見られても問題無いのなら、何故昨日は席を外させたのか。


いや、そもそも紀夫が裏取引と思っているだけで、実は大した事の無い取引だったのではないか。


混乱した紀夫は、菊池に教えてもらいながらも書類の作成に取り掛かった。


「紀夫くんは覚えが早いわね。それに私より入力が早いし……紀夫くん、高校卒業したらそのままここで働く気はない?君が部下なら歓迎だわ」


「それは褒めすぎですよ。これくらい出来る高校生はいくらでもいます。それに、会計の仕事をするなら日商簿記検定とか法律に関わる資格がいりますよね?」


紀夫の知識が確かなら、会計の仕事とは正確無比な性格と、細かな作業を行える集中力も必要になる。ゲームで良ければ正確無比な操作が求められても問題ないが、仕事となれば話しは別だ。


どちらかといえば大文字の仕事の方が興味を引かれる。


そう考えているとやはり頭にチラつくのは昨日の取引の件だ。大文字は何故あんな取引を行ったのだろうか。


大泉から依頼された会計の仕事も終わり、菊池と紀夫の二人は少し遅めの昼食を食べ始めた。


すると応接間で仕事をしていた大文字も、一緒に食べようと仕事場に入ってきた。


朝から書き物をしていたようで、手をぐるぐると回して英気を養っている。


「今日は相談に来る人が居なくてよかったよ。そのおかげで早く終わったからね」


弁当の横に置かれたA4用紙は計5枚。その全てに小さい文字でぎっちりと文章が書かれていた。


「お疲れ様です。そちらが例の書類ですか?」


「あぁ。やっと肩の荷が降りそうだ紀夫くん、手が空いた時で構わないんだが、これの入力も頼めるかな?出来れば最優先で」


「僕は構いませんけど、菊池さんの仕事はいいんですか?」


今は菊池の部下という事になっている以上、そちらを優先すべきと考えたのだ。


「本当はやって欲しい仕事がありましたが、これは最優先で頼みたいわ。休憩が終わったら入力をお願い」


二人にお願いされ、素直に了承の意を示した。紀夫は昼食であるおにぎりを片手に、大文字に手渡された書類に軽く目を通す。

そこにはこう書かれていた。


[大泉洋一の法令違反について]


紀夫は、米が食堂の方に入り、おもいっきり噎せ返った。


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