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大文字相談事務所  作者: 主
10/21

家族

五月一日。ゴールデンウィーク初日。元々の予定では、前日から徹夜してネバーランドで思う存分遊ぶ予定だったのだが、急遽入ったいざこざのせいで昨夜は早めに就寝した。とは言ってもこれは誰かに言われたわけでも、強制イベントというわけでも無い。あくまで自分で決めた事である。


それでも文句を吐きたくなるのは、人間の性というものだ。昨日渡された書類に目を通し、電話番号と住所の欄を探す。


A4サイズの紙切れ一枚に、人一人分の個人情報が書かれていると思うと驚きしか無い。


しかし、アルバイトを始める前に書いた履歴書も同じ事だ。大文字に渡された紙と履歴書の違いは、こちらの紙にはその人の人間性や性格、家族構成まで事細かに記載されている、という点だ。

つまり、大文字から気軽に渡されたこの紙がどれだけ重要な書類かがよく分かる。


紀夫は住所と本人の電話番号だけ別のメモ紙に書き取り、大元の紙は皇帝の家に向かうついでに事務所に返しに行こうと決めた。


今現在引きこもり生活真っ只中の皇帝が、朝から起きているとは考えにくいのだが、紀夫は皇帝本人の携帯電話に電話をかける。


呼び出し音が数秒なり続け、音声ガイダンスが流れた。


「留守番電話サービスに接続します。ピーっという発信音の後にメッセージをどうぞ」


おそらく睡眠中か、もしくは知らない番号だから取らなかったか。どちらにせよ留守番電話に音声を残して置いて問題無いだろう。


「昨日話を聞かせてもらった大文字相談事務所の高校生の方だけど……お母さんがいない所で一度話しを聞いてみたいと思って電話をしましたまた改めてーー」


「もしもし?」


音声を残している間に皇帝が電話口に出た。


「出てくれて良かった。聞いてたかも知れないけど、少しだけ外で話せないかな?こっちは俺しかいないから近場の公園のベンチにでも行こう」


皇帝の家の近所には熊の手公園という小さな公園があるのはリサーチ済みだ。そこならば彼も安心して話せるはずだ。


「……分かりました。今から家を出ますね」


「今からだと三十分位かかるから、その後に熊の手公園に来てくれたら助かるよ」


「ではその位に出ます」


電話を切った後、急いで事務所に寄って書類を渡し、そのまま熊の手公園へと向かう。


熊の手公園は、横長のベンチが二つと鉄棒のみという小規模な公園だ。そのうちの一つのベンチに座る皇帝を発見し、紀夫はもう片方のベンチに腰掛けた。


「ごめんね、待たせたかな?」


「いえ、時間はいくらでもあるので……」


電話の時にも感じたが、事務所に母親と来ていた時よりもましな反応を見せてくれた。


けれども暗い表情は残っている。あくまで反応が良くなっただけだ。


「それじゃあ君に幾つか質問をしていくよ。一昨日大文字さんから聞かれた質問に全部分かりませんで答えていたけど、実際はどうなの?」


「それは……母に言わないで下さいよ?」


紀夫は「分かっている」と承諾し、続く言葉を待った。


「最後の質問、イジメられる原因についてですが、学校の中の不良グループみたいなのに名前の事で馬鹿にされまして……。そいつらに反抗できずにいたらいつの間にかイジメに変わってました。僕もこの名前は嫌なんです。だってカイザーですよ?自分の名前を言う度に笑われますから」

口を開けば何の事は無い。母が居なければここまで自分の事を語れるのだ。やはり問題は皇帝と名付けた母が原因か。


「その名前が嫌って言ってるけど、その意味は聞いた事があるか?」


「一度聞いた事がありますよ。自分の名前が佐藤正子っていう平凡な名前でイジメられた経験があるから、息子には派手な名前をつけたそうです」


それも一理あると頷ける内容だ。自分の失敗を活かし、息子には良い生活を送って欲しいと考える母の思いがしっかり込められているのだろう。


「いい名前だとおもうけどな。俺は紀夫だぞ?古いって言われた事もある。それに俺の知り合いに山田花子って子もいるんだ」


「え?絶対その子はいじめられますよね」


「いいやそんな事は無い。一見地味な子だけどちゃんと友達がいるし、普通に学校に来ている。ようは……」


先日の大文字の言葉と自分の言わんとする言葉が重なり、どこか悔しい気持ちになって一呼吸の間を作り出した。


「ようは本人次第だと思う。名前に固執しすぎも良く無いってな」


「それでも僕は名前が嫌いなんです。何様だって馬鹿にされる気持ちが分かりますか?」


皇帝の気持ちは揺るがない。それどころが紀夫に逆ギレしそうな勢いだ。それならばと逆転の発想をしてみる。


「そんなに嫌なら、いっその事名前を変えてしまえばいいんじゃ無いか?」


「え?そんな事出来るんですか?」


驚きのあまり身を乗り出して聞いた。知らなかった事に驚きだが、この事を先生や親に相談した事が無いのだろう。


「出来る。ただ親の承諾がいるんだったかな?ちゃんと親と話さないとダメだ。名前を変えたとしても結局は本人次第って事に変わりは無いんだぞ?」


「分かってます。自分に自身を持ちたいんですよ。それにいい加減母の過保護にはうんざりしてますので……。帰ったら面と向かって話してみます」


親と面と向かって話すと言うのは中の良い親子ならいいが、そうでなければなかなかにキツイことだ。偉そうなことを言っているが紀夫自身母と話しなどしたくない。ましてや名前を変えたいとは口が裂けても言えない。


「頑張れ」と背中を叩き別れを告げた。


帰宅中、手持ち無沙汰になった紀夫は、その足で事務所へ向かった。自分なりに上手くやれたつもりだが、成り行きを大文字に話したかったのだ。


この日事務所にいたのは菊池と大文字のみ。丁度良く休憩に入っていたため、二人に話しを聞いてもらった。


「紀夫くんって案外すごい才能を持ってるかもね。私なら、なよなよするな!って言いそうだもの」


「俺も驚きだよ。おそらくあの子は立ち直れると思う。もしもこれで家族間に亀裂が入るようなら、また他の方法も取れる。一番理想的な形に持って行けたね。アガリ症な君が普通に話せた事も驚きだよ」


年上の二人からの賛辞を貰い、やっとこの事務所の一員に慣れたような気がして素直に嬉しかった。


皇帝と普通に会話が出来たことに自分でも驚きだが、自分より年下の人と話す方が得意なようだ。


「ありがとうございます。これからも頑張ります」


普段しないような照れた素振りを見せて紀夫は真っ赤に染まった。


何か褒美をと考えていた大文字は、金庫の鍵を開け、金庫の中から一つの封筒取り出し、その中に一万円札を追加して紀夫に手渡した。


「さて紀夫くん。給料日はもう少し先なのだが、一つの案件を見事クリアした君にボーナスをあげよう。面倒だから給料も前払いでいいや」


お金に関するところはキチンとやって欲しいものだが、大文字の適当な行動にもいい加減慣れてきた。それに割り増しして貰えるというのだ。受け取らない手はない。


「もしかして、今後も相談解決に協力出来たらボーナスが貰えるんですか?」


「当たり前だろ。特に今回は俺じゃ解決出来なかったからね。相談料の半分をそのまま渡したよ。他にも手伝って貰うだけで三千円から五千円位は追加してるよ」


毎月の来店者数なども考えて、解決に協力出来たなら下手したら普通のサラリーマン並みの給料になる。しかも週に四日程度、合計20時間の勤務で、だ。


自分が物凄く良い職場に雇って貰えたと改めて実感した瞬間だった。紀夫は深々と頭を下げて封筒を受け取り、感謝の意を示した。


「いいって。初めての給料なんだろ?たまには親孝行をオススメするよ。例えば調理器具を買ってあげるとかね」


「それもいいかもしれませんね。ご飯でも食べに連れて行きますよ」


紀夫の親孝行を何にするかで話しが盛り上がっていると、一本の電話が事務所に届いた。


それは佐藤夫人からの電話。息子がやっと自分の事を話してくれた、ありがとうということだった。


結局の所、皇帝という名前は変えないということで話しはついたらしい。しかし、大文字は予防策として佐藤夫人に名前変更のやり方を事細かに説明した。


これにて佐藤親子の悩みは万事解決。全てが上手いこと回った。


後から感じたことなのだが、最後までの流れが大文字には読めていたような、掌の上で踊らされたような。紀夫にはそんな違和感が宿りつつあった。


だが、まずは母への親孝行をしてあげよう。

ゴールデンウィークの五日間の休みの内もう一日を使って、買い物と食事に出かけた。


ーー


「紀夫がまさか親孝行をしてくれる日が来るなんて思ってなかったよ」


「嬉しいような嬉しく無いような。それで、母さんは何が欲しいの?」


そうねーと考えている母は、心なしか若返っているように見えた。父は仕事が忙しくてまた今度という事になり母と二人きりである。


休日にモールで母と買い物というなんとも恥ずかしいシチュエーションだが、紀夫は文句を一つも言わず母の買い物に連れ立った。


いや一点のみ拒否した場所があった。息子をランジェリーショップに連れて行くなど何を考えているのかと怒鳴ったが、それ以外ならどこへなりともついていった。


最後に母の好きな中華店で少し豪華にフカヒレを頼み、豪勢な食事を楽しんだ。


「アルバイト、慣れてきた?」


「うん、まぁまぁ」


「そういえば、好きな人できた?」


紀夫は喉にエビチリを詰めてむせ返った。


「い、いないよ。子供にそんな事聞くなよ」


「そうなんだ。バイトが一緒の子?」


母には嘘が通じないようだ。


「いないっていってるだろ!?」


「そうね。紀夫と付き合ってくれる人が出来たなら絶対に逃しちゃダメよ。顔も性格も悪いんだから」


うるさい!と顔を真っ赤にした紀夫は母に言い返す。


(まぁたまにはこんな日があってもいいのかな)


バイトやゲームばかりで最近は母と話す事も少なくなっていた。


バイトの日は冷えたご飯を電子レンジで温めて食べていたのだが、こうして母と食事をするのも悪く無い。紀夫はそうやって思えるようになった。



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