02
石動は、頭が死んだことにより。『屍』の頭になっていた。元々、石動自身仲間からの信頼は厚く、それほど仲間からは好意的に捉えられていたし、誰もが彼亡き後、石動が次の頭だと決めていた。つまりは、成るべくしてなったという方が良いのかもしれない。
だが、仲間から見た結城という人物は、人当たりが良く信頼されていても。雲の上の人といった状態で憧れーー尊敬できる人物でしかなかった。
だが、石動にとって結城は無二の親友であり今まで生き抜いてきた相棒だ。半身をもがれたような彼と仲間達では思いの重さが違った。
廃墟のような建物の中、石動は天井を眺め。椅子に座っていた。すると、仲間の一人である男が石動に声をかける。
「石動さん」
「どうした?」
天井を見つめていた重く暗い瞳が男を見る。
「あの……結城さんをやった奴をリンチにするってマジですか?」
「あぁ、勿論本気だ」
「で、でも結城さんをやった奴なんでしょ? 敵わな」
そこで男の言葉が途切れる。
石動が突如として、頬を掴み男を持ち上げたからだ。男の顔は、自分の身に何が起きたか分からない様子だった。
「敵わないかもな。でも復讐を達成はできるかもしれない。あいつに重症を深手の傷を負わせることができるかもしれない。それともなんだ」
握る力が強みを増していき、男の顔からバキバキと何かが折れていくような音が聞こえてくる。
その様を見た他の仲間が、止めにかかろうとするがその濁った冷たい目を見て、皆一様に動けなくなっている。
「お前は、結城のこと悔しくないと?」
「くうぁひいです!」
パッと手を離し、男は解放され安堵の息を漏らす。
「他に俺に何か言いたい奴……いる?」
場に静寂が流れ、石動はニカッと笑みを浮かべるとまた椅子に座り、天井を眺めはじめた。
石動には、復讐の鬼が住み着き。彼を変えてしまっていた。
仲間達は、それに気づいていたが。それをどうすることも出来ずにただ、従うだけしかなかった。
●
近崎は、昼休みとなり。手紙に書かれていた小さく書かれた場所に向かおうとするが。その前に彼女の方から、近崎を迎えにきていた。
「あの、すみません。近崎先輩を呼んでもらっても大丈夫ですか?」
入り口で、男子に声を掛け。彼女の存在に気づいた男子達は、まるで落ちた角砂糖に群がる蟻のように群がっていく。
「君、今日転校してきた勾田蜜葉ちゃんだよね!」
「お~! やっべ超かわいい!」
「ねぇねぇ、僕と付き合わない?」
「おまっ! 手出すの早すぎ! ……俺と付き合ってください!」
男子からの猛烈なアピールを受け、苦笑いを浮かべていると勾田は、呼吸を整え再度お願いする。
「あの近崎先輩を呼んでいただけませんか?」
ぴきりと男子達が、石のように固まり。首だけが18
0度回転する形で視線が近崎に集まる。
「え、えっと。何でみんなそんな怖い顔してるんだ?」
ドドドドッと男子からの圧力を感じ、一応呼ばれるまで待っていようと思っていた近崎は、席から重い腰を上げ、教室の入り口に向かう。
「あっ、朝はすみません。いきなり手紙なんか送っちゃって……」
「えっ、あっ。大丈夫だよ……驚いたけど」
頬を赤く染めて、モジモジとしている勾田に近崎も緊張してしまう。
「すみません、先輩を少しだけお借りします」
そういって近崎の手を取り、彼女は駆け出す。
彼女のスピードに合わせるように近崎も駆け出す。近崎の背後からは、男子達の悔しがる声が聞こえた。
そんな二人が駆けていった先は、体育倉庫なはずだった。だが、押し込まれるように近崎が入った先には別の広い空間が広がっていた。
「はぁはぁ、さて。近崎先輩」
「えっ、えっ。あの、この場所の。空間についてのツッコミは?」
いきなり本題に入ろうとする彼女に、近崎は疑問を投げかける。だが、あっさりと彼女は近崎の予想していなかった答えを言った。
「この空間ですか? 大丈夫ですよ。これは私が授業の合間を縫って、密かに空間系の魔法で拡張したものです」
「へっ? えっ?」
近崎の頭の中が、絡まった糸のようにごちゃごちゃになっていく。
「近崎先輩、清連に入るつもりはないですか?」
「えっと……清連?」
「清剣連合機構……。この国を影から支えている暗部の組織です。簡単に言うと正義の味方です」
蜜葉は親指を立てて、ウインクをする。
その姿に可愛いと近崎は思った。だが、すぐにそれを振り払い。今の話を頭の中で、近崎はまとめてみる。
今日会った蜜葉が、正義の味方のグループに所属していて。そのグループに勧誘のことで呼んだ。
何故、自分をと近崎は思う。
「先輩、裏で色々仕事やってますよね?」
ふふっと蜜葉は、笑顔を見せる。
「な、な、なんのことですか?」
「『屍』の頭、結城周太。先輩がやった仕事ですよね?」
近崎は、ピクリと眉を動かす。それを見て、また蜜葉は笑う。
「先輩、すぐ顔に出るタイプなんですね。可愛いです」
「からかうのはやめてくれ、正直照れる」
「先輩は、素直ですね」
素直な人は好きですよと続けて言った。
「それで、なんで俺がそれをしてるって知ってるんですか。教えてくださいな」
半ばため息混じりの言い方だった。
「だって、その仕事を依頼したのは私のとこですから。そしたら、先輩がかかったというわけです。本当は、ただの殺し屋がかかったら二つとも潰す気だったんですけど」
まさか、あの仕事の裏にそんな事情があったとはと近崎は思った。もしかしたら、軽く正義の味方と戦うことになっていたのかもしれないと考えたら、少しぞっとしてしまう。
「それで、なんで俺は潰さなかった?」
「先輩のこと調べました、今までも危ない仕事してたみたいですね。社会から危険人物とされる人の護衛からはたまた悪人を退治したりとか」
正直、最近の悪と正義の自分なりの見方で。悪もしくは正義についた仕事をしている覚えはあったが、記憶を失う前の仕事は覚えていない。なので、今の話はここ最近の話ではなかったので、まるで別人の話のように近崎は聞こえてしまう。
「だから、なんだっていうんだ?」
「いえ、つまり先輩は正義側か悪側かがない中立を保っているじゃないですか。なら、正義側についてもらおうと私達の方で決まりまして」
「だから俺を誘いにわざわざ学校に転校までしてきたと?」
「はい! もし、先輩が正義の立場になってくれるなら私は先輩の相棒になることになりますから」
「ならお断りで」
蜜葉は、先程までの表情とは違い、眉間にシワが寄った険しい顔をしている。
「何故ですか?」
「俺には俺の考えで仕事をしたい、だからどっちかにつくなんてことをしたくない」
「そうですか………残念です」
蜜葉は、地面に手をつく。するとそこの空間が暗く歪み、浅葱色の柄巻が見え。柄、全体が姿を現わすとそれを掴み引き抜く。
歪んだ空間から現れたのは、漆塗りされた鞘に刃を隠した打刀であった。
「残念です、先輩とは仲良くしたかったのに」
「なっ、なにを」
抜いた音を置き去りにするほどの速さで刀は抜かれ、近崎の気づいた時には既に首元に来ていた。
「最初は、サービスです。先輩が私を倒せたら諦めます。ですが、私が勝ったら先輩には消えてもらいます」
「くっ!」
すぐさま刀が届かない範囲であろう距離まで下がる。すると蜜葉は、刀をゆっくりと鞘に戻し。いつでも刀を抜ける状態にしている。
「ははっ、こりゃ俺ピンチ……」
「なら、諦めてくれますか?」
「それは嫌だ」
そうですかと地面を踏みつけると音もなく、背後に現れ抜刀しようとするが。あわてて前に飛び込み前転をすることでスレスレで避ける。
「流石に先輩もやりますね、ただの素人なら今のでお別れでした」
「こっちだって、これで生きてるから。危機回避能力は負けねえよ」
近崎は強がってみせたものの、抜刀する瞬間がみえているわけではない。頭の中で必死に考える。刀を抜かせずにこちらの攻撃を当てる方法を。
「駄目だ、分からん。仕方ない、強行突破といきますか!」
ボンと床を蹴りあげ、蜜葉と同様の技術で近寄る。
蜜葉は、それに反応して抜刀しようとする。
その瞬間、近崎が腹から声を張り上げる。
「気づいてないのかよ、さっきお前の後ろに仕掛けた罠に!」
蜜葉は、その言葉に乗せられるように一瞬背後に意識を向ける。だが、そこには何もない。
ただのハッタリだった。
でも、その数秒が蜜葉の命取りとなる。
気づいた時には、近崎の拳が顔面へと向かってきていた。蜜葉は、避けようとするが体がついてこないことに即気づき、殴られると思った瞬間。
「あれっ?」
「へっ?」
ツルッと床で足を滑らせ、前に転びそうになり。反射的に蜜葉は、近崎を受け止めようとしてしまい。ある意味、近崎は最大の一撃を入れてしまう。
床に二人は、寝そべるようにして唇を重ねあってしまう。お互いの息と息が混ざり合い、静寂が場を支配する。
近崎は、すぐ我に返り。蜜葉から離れる。
「そ、その……。大丈夫か?」
まるでロボットのように下半身を動かさず、上半身だけ起き上がる。
「私……初めてだったんです」
「えっ?」
蜜葉は、指で唇に触れ先程の感触を確かめるようにそっと撫でまわす。そして頬をほんのりと赤く染めるとか細い声で言った。
「先輩……初めて奪った責任とってもらいますからね」
「えっ、えっとさ。今のは、事故なわけだからさ」
じっと少し潤んだ目で見てくる。
「先輩」
「わ、分かった。責任とる、とります。とらせてください」
蜜葉は、それを聞くとパチンと指を鳴らす。すると元の体育倉庫に戻ってきていた。
「さっきの言葉に嘘はありませんか?」
「あぁ……大事なもの奪ったわけだし……。年長者としてちゃんと責任はとるよ。でもさっきの話は」「さっきの話は一旦保留とします。先輩が自分の意思で動きたいというなら分かりました」
「そうか」
少しホッとする。だが、責任はどうやって取らせられるのだろうと近崎は、内心穏やかじゃなかった。
「ですが諦めたわけじゃありません。先輩が根負けするまで私、先輩に付きまといますので」
「そ、それは……困るかな」
蜜葉の頬をほろりと涙がつたっていく。
「わ、分かった……了承します」
「分かってくれたみたいで良かったです。あと先輩の家に住まわせて下さい。もし、悪い仕事が入ったら即邪魔したいので」
「えっと同棲はやっぱり不純異性交遊ってなるし」
「分かりました……。先輩に乱暴されたって、先輩のクラスメイトさんに言ってきます」
立ち上がろうとした蜜葉の腕をガシッと掴む。
「悪かった、許可する」
「それじゃ先輩、これからよろしくお願いしますね。」
「あぁ、よろしく」
蜜葉は満面の笑みを近崎は、苦笑いを浮かべていた。
近崎は、蜜葉を連れて家へと戻る。帰り道、左海に何と言えばいいか必死に考えていたが。いい案が思い付かず、結局自宅に着いてしまった。
「先輩の家、一戸建てなんですね」
「あぁ、ちょっと待ってて」
「はい、待ってます」
蜜葉を少し離れたとこで待たせ、近崎は深呼吸をしドアを開けると正座をして左海が笑顔で待っていた。
だが、その笑顔からどこか恐怖を感じた。
「おかえりなさい」
「た、ただいま」
「さて、拳骨がいい? さば折りがいい? それともどっちも?」
「こわっ! 左海ちゃん、怖いよその選択肢!」
「えっ? どっちも? もう欲張りだな、でもいいよ」
「言ってねぇ! 一言も言ってねぇ!」
ニカッと笑うと頬をワンツーパンチで殴り、フィニッシュにアッパーを食らわし。そして弱ったとこで腰に腕を回し、へし折るつもりで腕に力をかける。
「ぎゃああぁ! す、すんません! 朝のことなら許して!」
「遠慮するな、目一杯可愛がってやるから!」
「可愛がってない!」
「愛しさ余って憎さ100倍」
「憎いんじゃん、ただそれ憎いんじゃん!」
二人がじゃれあっているとガチャリとひっそりドアを開けられる。
「あの、先輩大丈夫……」
「んっ、女子……高校生?」
二人の目が合い、そして二人の目線が近崎に向けられる。
「娘、お前ただものじゃないみたいだが……。こいつがらみか?」
「えっと貴女は……?」
左海は、ため息を付くと拘束を解き。中に入っていく。
「長話になりそうだ、お茶の準備をする」
「は、はい」
左海は、靴を脱ぎ。動けなくなっている近崎を無視して中へと入っていた。 リビングに入ると部屋の壁紙は白く、真ん中に食事をするためであろうダイニングテーブルがあった。
「紅茶、コーヒー、ほうじ茶どれがいい?」
「えっとなら……ほうじ茶で」
それを聞くと左海は、キッチンにほうじ茶を取りに行く。待っている間、ダイニングテーブルの椅子に座っていると左海がほうじ茶を蜜葉の前に出す。
「ほら、ほうじ茶だ」
「ありがとうございます」
左海は、蜜葉の前の席に立つ。
「それじゃ話を聞かせてもらおうか」
ズズッと左海はコーヒーを飲んでそういった