一人の少年が、夜を駆けていた。
様々な眩い街灯に照らされた彼は、まるで物語の主人公に見える。
息を切らしながら、走る先は友のいる場所。
彼は、ここらでは有名な不良のグループ『屍』に所属している。
名前を石動玄太郎という。
友は、そのグループの頭をしており。石動が必死に走っているのは、その友人が危機に瀕しているからだ。
「結城っ!」
そこには、二人の男の影があった。
一人は、その友人であり。もう一人は、見知らぬ男だった。
「くんじゃねぇっ! こいつは、俺が片付けるっ!」
結城の思いに呼応するように、手がまるで松明のように燃えさかる。
「炎系の呪文か……」
見知らぬ男は、小さくそう呟く。
「くらいやがれっ!」
ブォンと拳を振り上げ、火の閃光が闇夜に残像となってのこる。
男は、其れをまるで何事もなく最小の動きでかわす。
「悪いな、俺も仕事だ。お前らは、グループで人生謳歌するためにしてるんだろうが……。俺は、生きるためにやっている」
男は、火のついた手を握ると。結城の手から一瞬にして、火が消えていく。
「な、なんで……」
「お前は、自分の力で死ぬんだ」
パッと手を離すと男は拳を握り、結城の腹を抉るほどの一撃を入れる。
結城の腹に腕が貫通する。
口から血を吐き、体から徐々に力が抜けていく。
「結城っ! お前っ!!」
石動は、殴りかかろうとするが男の蹴りによって吹き飛ぶ。男は、結城から腕を引き抜くと事切れた人形のように力なく倒れた。
「仕事は、終わった。あとは、君はどうする?」
男は、その暗がりからスポットライトを当てられたかのように光が男の顔を捉え、素顔をさらす。
その顔は、優しいまるで女のような顔立ちだった。
まるで先程、結城を殺した人物とは思えないほど。彼からは、清廉潔白な汚れを知らない雰囲気を醸し出していた。
「ぐっ……うぉぉぉっ!」
石動は、その一瞬の迷いを振り払い。彼に再度、殴りかかる。
だが、その拳は一歩届かない。
首を捕まれ、地面に足が付けず。息ができない。
「やめた方がいい。君は、まだ俺より弱い。だから次会うときまでにでも。強くなれ」
ぽいっとまるで丸めたティッシュのように地面に投げ捨てる。
「げほっげほっ! お前……名前は?」
「俺? 俺の名前は、近崎至道。君にとっては、復讐する相手だ。しっかり覚えておけよ」
彼は、近崎はふっと笑みを作ると暗闇に溶けるようにどこかに消えていった。
石動は、彼が消えたのを確認すると。その男らしい顔を涙でぐしょぐしょに濡らした。
そして、胸の中で誓う。
必ず、あの男を殺し敵を討つと。
近崎が、道をとぼとぼと歩いていると。背後から、カツンカツンとヒールを踏み鳴らす音が聞こえる。
「おいっ、至道。なんで殺さなかったんだ?」
後ろを振り返るとそこにいたのは、まるで死人のように真っ白な肌、人形のように整えられた顔をした一人の小学生くらいの少女だった。
「あっ、左海ちゃん!」
近崎は、まるで水泳選手のように彼女に飛び込んでいくが。頭を捕まれ、終始真顔のまま地面に叩きつけられた。
「お前は、本当に。まったく甘えん坊か」
「いやいや、男なら女を愛するのは当たり前。だから俺が左海ちゃんに抱きつこうとするのも当たり前」
「何を訳の分からないことを言ってるんだ」
グリグリとヒールの靴で頭を踏まれる。
「痛っ!! 痛いって!! だが、俺はそんな痛みのある愛でも受け入れる! あとパンツ見えてるぞ?」
彼女は、不覚にもスカートを履いているのに近崎を踏んでいた。そうなると必然的に見えてしまったりするのは当然な訳だが。
彼女は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべると地面が沈むくらい思いっきりの一撃で彼を踏んだ。
「お前という奴はこのっ! このっ!」
「や、やめっ! 変なものに目覚めちゃう!」
「はぁはぁ……。それで、何であんなことしたんだ?」
頭を上げ、土を払い。真剣に左海に向き合う。
「今回の敵は、『屍』の頭。屍なんていや、魔法を悪用してる悪ガキ連中だけどさ……。彼らにとって。アイツにとっては、良い友人だったんだろ。なら社会にとっては、正義でも屍にとっては悪だ。悪ならちゃんと正義の味方として名乗らなきゃな」
「悪か、悪者を退治したというのに」
「俺は、正義の味方じゃないし悪の手先でもない。世界はさ、悪と正義の天秤が取れてこそ。成り立つものだと思うんだ」
ふんっと左海は、鼻を鳴らす。
「なら次は、正義に味方するのか?」
「あぁ、勿論。俺は、俺の見えてる世界が好きだ。だからさ……バランスを取るためにそうしますよ」
「なんて自分勝手な自己中心的な奴だ。お前は、悪だよ」
「そりゃどうも」
二人は、笑みを浮かべながら暗闇に静かに溶け込むようにして、消えていった。