第七話 「初狩」
エルは夢を見ていた。
アルペンの村を出てから数日間。彼にとってこの数日は良くも悪くも充実した日々であった。自堕落に過ごしていた村での半年間にも匹敵するほどの濃密な経験を積むことができたといっても過言ではないだろう。
その忙しさゆえ、ここ数日間は夢を見ることがなかったのだ。だが、少しマテでの生活に慣れてきた矢先。あの夢が牙をむいて、悪意を以て、彼を襲おうとしていた。
その夢はいつも体を引っ張られるような感覚から始まる。この世界ではない、どこか遠くの世界へと体ごと引きずられるような感覚。非常に不快であった。夢の中とは思えないほどの身体への負荷。体はそれを拒否して目覚めようとしているのだが、頭がその行為を許そうとしない。
気付けばいつも彼は夢の中で目覚めるのであった。
ベッドの上に彼は倒れていた。かちかちと時計の秒針が時を刻む音が聞こえる。そして、それが地獄へのカウントダウンの音であるということを彼は知っていた。
何回この夢を見たことだろうか。彼は飽き飽きとしていた。
この後に何が起きるのか、また、それが不可避であるということ。全て彼は把握している。
せめてもう少し早く目が覚めてくれれば、という彼の懇願もつゆしらず。
すぐさま、耳をつんざくような爆発音がした。続いて衝撃波。空間が歪んだように見えた。
体が吹き飛ばされる。背中を強く壁にうちつけられ、視界が暗転した。
次に気が付いたとき、目の前はすでに炎の海に変わっていた。めらめらと燃え上がる火を見ながら、彼はため息をつく。
体の左側に熱を感じ、右手で左腕があったはずの場所を触ろうとする。空をきる右手。何かにあたるような感触はない。
首を回し、体の左側を見る。床には赤い染みが広がっていた。自分の体の状態を理解した途端、意識がもうろうとした。
ごろりと黒くなった人のような形をしたモノが転がっているのが見えた。
ああ、まただ。また、何も、出来なかった。
力が抜けていく。限界なのだろう。壁に預けた背がずりずりと沈んでいく。
炎が揺らめき、さらに貪欲にすべてを包み込もうと、大きくなっていく。黒いヒトガタが飲み込まれていくのが見えた。いずれ自分もそうなるのだろう。彼はあきらめて目をつぶった。
視界を遮断すると、今度は外界の音がはっきりと聞こえるようになった。警告音だろうか。いくつもの音が重なり合い、不協和音を奏でていた。言葉までは分からないが、人が何かを叫んでいる声もかすかに耳に届いた。
熱い。左足に炎が移ったのかもしれない。だが、それを確認するために目を開く気力もとうに失われていた。
殺してくれ。彼は願う。肩を誰かに叩かれる感覚がしたが、目を開けないのだ。口など開けるわけがない。ましてや、声を出すことなど不可能だ。駄目だな、という声が聞こえて人の気配が消えた。
そこで彼の意識は途切れた。
がばりとエルはベッドから飛び起きた。すぐさま左腕を確認するが、当然のように彼の左手はあるべき場所に存在している。安堵の息が漏れた。
老人は隣のベッドですやすやと眠っていた。叫び声はあげなかったのだろう。彼は安心して、静かにベッドから出る。
彼が初めてその夢を見たのは十歳ほどの頃であった。
まだ少年であった彼にとってその夢は鮮烈であった。若くして両親を亡くしていた彼は、よく育て親である村長に泣き付いていたものだ。その村長も彼が十六になるときにはこの世を去ってしまったが、その頃には彼も立派な勇者となり精神的にも成長していた。
昔は一年に一度程度の頻度でしか見ていなかったのだが、歳をとるにつれて、その回数は確実に増えていっている。
今回などは村を出る数日前に見たばかりであったというのに。何かの前触れなのだろうか、とエルは身を震わせた。
「おやおや、もう起きていたのかね」
コモドが居間にやってきた。エルが立ち上がって挨拶をすると、老人もおはようと返してお茶を淹れ始めた。
香ばしい香りが部屋に広がる。それとともに、不安で波立つ心が穏やかに鎮まっていく。老人は優しげに目尻を下げながらエルを見つめていた。
「何か悪い夢でも見たのかね」
「ええ、少しばかり……もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ことん、とエルの前に茶飲みが置かれた。彼の顔へと湯気がたちのぼった。夏だというのに熱いお茶を淹れたのか、と言わんばかりにエルは顔をしかめたが、一口飲んでみると適度な熱さになっており、心が落ち着くような気がした。
老人は庭先に立って、外を眺めていた。今まで見えていた老人の大きな背中が急に小さくなったように見える。
コモドはそうやって目を細めながら考え事をすることがしばしばあった。
何を考えているのだろうか。昔のことを思い出しているのだろうか。しかし、エルがいくら思考を巡らせようと、老人の心を読み取ることなどできるわけがない。
朝食をすませ、二人は学校へ向かう準備をする。
彼の体調は万全であった。先週は怪我をひきずっていたが、今日は模擬戦にも参加できるであろう。うずうずと体の奥底から何かが湧き上がってくるのを感じた。腰に差した刀の柄に手をかける。彼は今にもこの剣を振り回したいという衝動に駆られていた。
実技で抜きん出た実力を発揮できるはずだ。そんな己惚れの感情を持っているわけではない。
もちろん、初めの頃はそのような感情も持っていた。彼はただの片田舎の一勇者に過ぎなかったが、それゆえに世界を知らなかったのだ。村の中では一番の実力者。それは紛れもない事実であり、彼の自信、いや、己惚れにつながっていた。
だが、彼の本性は愚直な努力家なのだろう。加えて、彼には己の立ち位置をわきまえるだけの分別があった。
今、彼の心にあるのは向上心である。神の与えたもうた、またとない機会だ。これを生かさず、のんべんだらりと過ごすことなど彼にはできなかった。
彼は胸の前で十字架をきり、誰かに感謝を捧げるように手を合わせた。
それを見たコモドが、奇妙なものを見たかのように、眉間にしわを寄せエルを見た。彼の行動の意味するところが理解できなかったのであろうか。
小さい頃、同じことをして育て親である村長にも同じ反応をされたことがあった。
村長は、神に祈りを捧げるときはこうするんだ、と空に向かって指で星を描いた。そして、彼のような祈り方は見たことがないと首をかしげていた。
それは村長が田舎の出身であり、他の文化に触れ合ったことがないからだ、と小さかった彼は勝手に解釈していた。物心がついたときから十字架をきるのが当然であり、他の街では皆そうしているものだと思っていた。
しかし、どうやらそうではなかったようだ。
都市に住んでおり、経験も豊富であろうコモドの顔を見た瞬間、彼はその考えに至った。
彼の行動は両親から受け継がれたのかもしれない。その顔は今となっては思い出すこともできないが、小さい頃の記憶はその後の人生に大きく影響を及ぼすという。
コモドは特にその行動について問いただすようなことはしなかった。
その方がエルにとっても都合が良かった。その行動について何を聞かれようとも、彼には答えるすべがないのだから。おうむのように、昔からこうしてきたものですから、と繰り返すしかない。
実技は午前中に行われた。
教官は知らない人間であった。コモドの受け持っている講義は上級のクラスであり、まだ下級の彼が受けられるものではない。
模擬戦をするのも、ちょうど良い手頃な相手ばかりであった。実力も自分と丁度同じくらいであろう。コモドに選んでもらった講義であるが、彼の見立てに間違いはなかった。
不満があったとすれば、実剣を使うことができなかったということぐらいであろう。せっかく老人に買ってもらった武器を使えなかったのは心残りであったらしい。彼は講義が終わったあと、広場から少し離れたところにある訓練場で剣を振るっていた。
昼ご飯を食べることも忘れ、無心に藁人形に向けて得物を振る。
すぱりと一刀両断、とはいかなかったが、彼がアルペンの自宅で練習していた頃よりは深く剣が突き刺さるようになっていた。
ふと、エルは背後から視線を感じた。
振り返ると、そこには二人の人物がいた。一人は、朝に別れたコモド。もう一人はあのサキであった。
二人とも金属のごつごつとした鎧に身を包んでいる。
「熱心じゃの」
「フリーケン様、このような者を本当に連れて行くおつもりですか?」
サキは若干不機嫌な様子であった。その目はじっとエルに向けられていたが、彼女の目はエルという人間を見ているわけではない。エルという有機体を通してコモドと向き合っているに過ぎなかった。
「エルくん」
老人とは思えぬ、凛とした透き通る声でコモドは語りかける。
風が老人たちとエルの間を吹き抜けた。ぴんと空気が張りつめる。エルは緊張のためか、いつの間にか姿勢をただしていた。指先をのばし、顎をひいて老人の言葉を待っている。
「君はまだ未熟じゃ。もっと経験を積むべきだとわしは考えておる。そのためには、少々の無茶もしなければならん——サキくんの、A級昇格試験に同行してくれないだろうか?」
A級昇格試験。
国立第一大学校では学生を学年ではなく、そのランクでクラス分けしている。そのランクはF級からA級まで六つに分かれている。彼はまだ入ったばかりでF級であるが、サキは最高ランクであるA級への昇格試験を受けようとしているのであった。
彼女の実力を考えれば当然であろう。むしろ、組み手をした彼からすれば、彼女がB級に甘んじていたことの方が疑問に思えたほどだ。
学校側が指定した魔獣を倒すことが試験の合格条件である。
時期や様々な都合でその討伐対象は変わるが、基本的には国が定めたB級魔獣のうちの一種類である。
昇格試験は卒業試験とは違って、組合でチームを組んで受けることはできない。たった一人でこなさなければならないのである。監督として教官が一人つくことになっている。コモドが今回の指導監督なのだろう。危険が迫ったときに試験中止を命じるのが彼の役目だ。
「サキの監督はコモド教官なのですか? 自分の組合の生徒を……」
「教官にむかって馴れ馴れしくコモド教官とは何?」
サキが些細なことに茶々を入れる。試験前で気が立っているのだろうか。その眼は血走っており、殺気立った雰囲気を醸し出している。やる気は満々、といったところだろう。
「教官の他にも、一人監視員がつく決まりになっておるのじゃ。ともかく、ついて来てくれるな?」
有無を言わさずに連行を強制しようとする。
監視員がつくのであれば、その監視員に対しても試験の受験者以外にも学生が付き従う旨を説明しなければならないのだろうが、そこはあの老人のことだ。うまくやっているのだろう。
###
かちゃかちゃと金属がぶつかり合う音だけがエルの耳に強く響いていた。
マテの街からずっと南にある砂漠地帯。目の前には砂の黄色と空の青色が限りなく広がっていた。
どれだけ歩いても変わらない景色にエルは疲弊していた。加えて、この暑さである。
空気が乾燥しているためか、これほどの防具に身を包んでいても、汗はほとんどと言っていいほどかいていなかった。
砂漠は魔獣の巣窟である。
人がいないというのは彼らにとって最高の居住環境であるからだ。魔獣は凶悪、とはいえど彼らからすれば勇者の方が凶悪な存在なのである。自分たちの富のために魔獣を狩り続ける悪魔。それが勇者だ。
動物や植物に関しては、種が絶滅してしまわないように収穫あるいは狩猟する数について制限が設けられている。しかし、魔獣にはそれがない。狩れば狩るほど人間にとっては都合が良く、絶滅でもさせようものなら人々は両手放しで喜ぶだろう。
とにかく、砂漠には魔獣がひしめいているのだ。それゆえ、凶悪な魔獣というのも生まれやすい。
サンドワーム。それが今回の討伐対象であった。
全長は人の十倍をゆうに超える。普段は砂の中で息をひそめて過ごしているが、得物が自らの上を通ろうとしたときに——ばくりと。ひとのみしてしまうそうだ。別に人を好き好んで捕食するわけでもなく、人が住んでいない砂漠に生息しているため被害報告はそれほど多くない。
エルは先日の休日にちょうど運良くサンドワームの項を読んでいた。
硬い皮膚を持ち、剣などはほとんど通らないと図鑑には書かれいた。そして、特筆すべき点として、その表面に点在している棘が挙げられる。棘から分泌される液には動物を麻痺させる効果があり、浴びてしまえば一刻ほどは動けなくなってしまうらしい。
同行しているだけのエルにも危険はあるということであった。対象がサンドワームと聞いたのは出発してからであったため、引くに引けず今に至る。いざとなればコモドが同行しているのだ。彼が助けてくれるであろう。
監視員を含めて、四人で何もない砂漠を歩く。
砂漠にたどり着いたばかりの時はぽつぽつと会話もあったが、今では誰も口を開こうとしない。
魔獣の探索が難航していたからだ。
まとわりついてくる下級の魔獣達も少しずつ彼らの体力を奪っていく。
サキの表情にも少々疲れが見える。
「そろそろ一旦休憩してもいいでしょうか」
サキは歩みを止め、その場に腰をおろした。同じようにエルも腰をおろしたが、コモドと監視員は立ったままで遠くを監視している。コモドは当然だが、監視員もかなりの手練のようだ。二人の目はまだぎらぎらと光っており、疲れを感じていない様子である。
水分をとって一休みする。が、鎧の臀部から伝わってくる熱に耐えられず、エルとサキもいつの間にか立ち上がっていた。
今まで、金属鎧をまとって歩き回ったことがなかったためエルは知らなかったが、これが案外体力を削る。持ち歩く荷物もその一因になっていた。
試験はその内容によっては数日間にわたって行われることもある。
中々姿を見せない希少種である場合だと、一月もかかってしまうとコモドから聞かされていた。サンドワームは希少種ではないため、運が悪くない限りは一日で片がついてしまうそうだ。
「身を低くしろ」
突然コモドが声を落として指示を出した。いつものおっとりとした話し方ではない。
試験監督が指示を出してもいいのだろうか、という疑問はすぐさま氷解した。かたかたという車輪の音が少しずつ近付いて来ているのだ。まだそれが何であるかは分からないが、盗賊や追い剥ぎであれば少し厄介である。二人の教官がいかに歴戦の勇者であったとしても、相手の数によってはねじふせられてしまう可能性もある。
地平線からすこしずつ音の正体がその姿を現した。
一台の馬車と、それを取り囲むように歩く五人ほどの護衛。身なりもしっかりとしており、心配していた盗賊の類ではないことが分かるとエルは少し安心した。
商人の護衛車であろう。砂漠を超えた南の先には港湾都市がある。わざわざ砂漠を通って北へ向かう理由は分からないが、急いでいる商人がいるのかもしれない。安全に通ることさえ出来れば、砂漠は最短ルートだ。
「護衛車のようじゃな。問題なかろう」
コモドがそう言うと。
体を震わせるような。地響きが聞こえた。
明らかに馬車のものではない。確かに地面が揺れている。
すると、遠くの方で砂が舞い上がるのが見えた。
地から現れたのは異形の形をした虫である。獲物を飲み込むためにぱっくりと空いた口。鋭い牙。
間違いなく、サンドワームであった。
護衛車の中から人が出てくるのが見えた。鎧は着ていない。商人であろう。だらしなく肥え太った肉体を振るわせながら走っている。
護衛の男達がサンドワームに向かおうとする前に、魔獣が先に動いた。
口を開けたまま、高く空まで体を昇らせる。そしてそのまま一気に商人へと目がけて頭をおろした。
ぱくり。
あっけなく商人が飲み込まれていった。サンドワームが通った後には砂の穴ができたが、すぐにさらさらと他の砂がなだれこんで穴は塞がった。
地響きはまだ続いている。彼らを食べ尽くすまでサンドワームの動きは止まらないだろう。
「いくぞ。このような状況じゃ。被害を最小限に食い止めねばならん。試験は中断じゃ」
四人は顔を見合わせ、それぞれの武器を手に駆けた。
###
暑い。
シュルクは汗を拭きながら、馬車の中でうなだれていた。その横に座っているリリスはもはや放心状態である。ときどき水を飲んでいるがそれ以外のときにはぴくりとも動こうとしない。
暑さを加速させる要因として、目の前の商人の存在もその一つとして数えられる。
見ているものまで不快にさせるような、でっぷりとした肉体。その横には二人の奴隷を侍らせており、団扇であおがせているのだが、それでもその顔からは噴水のように汗が吹き出ている。
リリスの言葉に耳を傾けて相席などにせず、専用車両を借りればよかった、とシュルクはため息を吐く。
彼は港湾都市ザリチュから太陽の街マテへと向かっている最中だが、とくにザリチュに用があったわけではない。
マドノルトの『追跡』で例の青年と一番早く会えるとの予言があったのがこの経路だったのだ。
だが、彼は今更になって自身の選択を後悔していた。
護衛はつけているものの、大して役に立ちそうもない。そこらをよく徘徊している下級魔獣なら倒せるであろうが、上級魔獣が出てくれば太刀打ちできまい。そうすれば自分で対処する他ないだろう。
もう一度ため息をついたとき、彼の思考を読んだかのように地響きが起きた。馬車が止まる。
「な、なにごとだ!」
太った商人が声を上げて立ち上がる。彼は馬車の窓から外を覗き込み、ひっ、と声を上げた。
巨大な魔獣を見たのであろう。あわあわと慌てふためきながら、その巨体は馬車をゆらす。
ちらりとシュルクも外を確認する。サンドワーム。B級の中でもランクとしては下の方だが、やっかいなのは傷を負うと体を地に隠すという習性であった。しとめるなら一瞬できめなければいけない。
肥えた商人は血迷ってしまったのか、馬車の扉を開いて外に逃げ出してしまった。
結末は容易に予想できたし、その通りになった。
気付けば商人の姿はなくなっていた。
「ちょっと、何事ですか」
リリスが異常事態に気付いて我に返る。我が道を行くとはこのことだろうか。どこまでもマイペースな人間である。
「ちょっと面倒なことになったぞ。もしかすると——」
そう言いかけたとき。
辺りに甲高い鳴き声が響いた。威嚇のものとは少し違う。状況がおかしいことに気付いたシュルクは馬車から降りる。リリスも後に続いた。
サンドワームは一本の棒となって天高く直立していた。恐らく、体が麻痺して硬直しているのだろう。
「護衛がやったんですかね?」
リリスがきょとんとして尋ねる。しかし、護衛たちも武器を手にしたままきょとんと魔獣を見上げていた。
そのとき、地平線の向こう側から一本の矢が飛んでくるのが見えた。
その矢は的確にサンドワームの頭部にある柔らかな中枢部を射抜いた。再び、耳を塞ぎたくなるような鳴き声が砂漠に響く。
同時に、遠くから三人の人間が走って近付いてくるのが見えた。三人とも鎧を身に着けて準備万端といった様子だ。
勇者であろうか。魔獣を狙っているあたり、盗賊でもなさそうである。
シュルクは首をかしげて目を細める。勇者であろうと、わざわざサンドワームを狙って討伐にくるような物好きはいない。そもそも、砂漠に討伐にやってくる勇者などいない。
三人のうち、一人だけがこちらに向かってくる。残り二人はサンドワームに向かっている。止めをさしにいったのだろう。
「大丈夫ですか!」
甲高い声が聞こえた。
その音から感じる違和感。シュルクは近づいてくるその姿を確認する。そして違和感は確信に変わった。
見つけた。
シュルクは小さく呟いた。
その青年は、間違いなく彼の探し人であった。
細長い体。青い目。色白い肌。短いながらもさらさらとした髪の毛。
にやりと。フードからのぞくシュルクの口角が片側だけあがった。
シュルクはその青年に狙いを定めると、馬を思わせる速さで駆けた。
###
まだ力量が足りないと判断されたエルは生き残りの護衛を命じられた。
サキが矢で動きを封じている。B級魔獣を二人もの教官が相手するのであれば十分だ。
「大丈夫ですか!」
精一杯、声を張り上げて安否を確認する。
護衛たちは予想外の出来事からか、剣を手にしたまま立ち尽くしていたのだが、その中でも一人だけがこちらに向かっているのが見えた。
フードをかぶっている。護衛車に乗っていた商人のようだ。それにしては大きな体をしているが。
徐々に距離がつまるにつれて、エルはこちらに向かう男の姿に見覚えを感じ始めていた。
二人の距離が馬車一台分になったとき。その男が誰であるかということに彼は初めて気付いた。
フードからのぞく大きな顔の傷。見覚えのある顔だった。
シュルク・アルト。
忌々しいその名前が、彼の頭に浮かんだ。