第四話 「入学2」
国立第一大学校。
マテの街の中でも、一二を争う敷地面積を誇る大学校だ。何と言ってもその特色は、勇者を育成するための学校という点に尽きる。生徒の訓練場として森林地帯をその内部に組み込み、さらに座学のための専門校舎をいくつも有している。
アルペンの村よりもでかい、とエルは直感した。
学校は高くそびえ立った塀で囲まれており、内部は見えないようになっている。もちろん、関係者以外は進入禁止となっている。入り口はいくつかあるが、その全てに非番の大学校の教官が門番として立っているのである。よっぽど腕の立つものでも、その門をむりやりくぐるのは難しいであろう。
「お疲れさまです、コモド様」
「おお、ご苦労じゃの」
その門番が、コモドに向かって深々とお辞儀をした。
黒くおおきな門がゆっくりと開く。金属がこすれる音が鳴り響いたが、全く不快には聞こえない。
一直線に開けた道がすこしずつ姿を現した。道の左右には一定間隔に植えられた木がそびえたち、並木道を形成しているのが。緑が視界一杯に広がると、風が吹いたような感覚がした。時期は夏だというのに、空気が涼しく感じられる。
コモドはその道を迷うことなくずいずい進んでいく。少し若々しい老人かと思いきや、エルはその速度について歩くのに意外と苦戦していた。息があがる、とまでは行かないが、これが意外としんどいのであった。
少し鼻息を荒くしながら歩いているエルに気付き、コモドは少し歩みを緩める。
「おお、すまんすまん。歳を取ると歩くのが早くなってしまってな」
「いえいえ、こちらこそ体力がなくてすみません」
「力があるのと体力があるのは別物じゃからの。まあおいおい鍛えていくと良い」
横に並んで歩くエルの肩をぽんぽんと叩く。
「ところで、大学校入学の件なのですが……」
「どうかしたか?」
「私ごときが入学できるんでしょうか。入学の方が楽だとは聞いていますが、ただの田舎のぽっとで勇者ですから」
「できるさ」
コモドは立ち止まると、右手でちからこぶを作りそれを左手のひらで二回叩く。
エルがはっとして老人の顔を見た。老人は右の口角をあげ、にやりと笑うと再び歩き始める。
並木道を抜け、まず目に入って来たのは巨大な校舎であった。
中央部は大きな時計台となっており、そこが建物の入り口になっているようだ。校舎と彼らの間には噴水があり、学生たちが腰をかけて談笑している。
エルにとって、このような近代的な設備は本の中だけの存在であった。水が延々と吹き出す様はとても不思議に見えるのだろう。彼は眉間にしわをよせながら噴水をいろんな角度から観察している。
子供のようにはしゃぐエルを見て、コモドは頭をかかえる。これからはいつでも見ることができる、と説得し何とか噴水から引きはがした。
色々なものに興味を示すエルの首根っこを掴みながら、コモドは受付へと向かう。
「コ、コモド様! お疲れさまです!」
「ご苦労じゃの。ところで、少しお願いしたいことがあるんじゃが」
こそこそと受付の人間を連れて奥の部屋へと消えていく。
おとなしくエルが椅子に座って待っていると、しばらくしてコモドが戻って来た。その手には一枚の書類を持っている。
「いやぁ、エル・タナスくん、だったのう。非常に申し訳ない」
突然コモドが頭を下げる。周囲がどよめいた。当の中心人物であるエルは頭の上に疑問符をうかべながら、突っ立ったままだ。しかし、すぐに自分の状況に気付くと、あわあわとコモドの肩をつかみ体を起こさせた。
「試験には合格しておったのに、こちらの手違いで不合格扱いにしてしまっていた。本当に申し訳ない」
「は、はあ……」
「これが入学手続き書類じゃ。必要事項を記入したらまたわしに渡してくれ」
コモドはひらひらと手を振りながら、再び奥の部屋に消えていく。最後に他の人間に聞こえないような声で、後で家に来い、と付け加えて。
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エルは再びコモドの家に訪れていた。
二度目だからか、先ほどよりは落ち着いた様子である。椅子にからだをうずめ、書類の空欄を埋めていく。
コモドは学校での一件を思い出しながら、エルの前で笑っていた。
「ははは。いや、あれは何度やっても面白いのぅ」
「何度、も?」
「たまにあるんじゃよ。貴族の出にも成績の悪いやつはおるのじゃ。そういう奴らを入学させるのにあの方法を使うんじゃよ」
膝をたたき、涙を流してコモドは笑う。よほどエルの反応が気に入ったのか、彼の慌てふためく姿をしきりに真似している。
「わしも断れんからの。まあそういうやつは基本卒業できずにどっかにいってしまうがな」
エルは完成した書類をコモドに手渡す。頷きながら不備がないかを確認すると、コモドは自分の鞄に紙を突っ込んだ。
「宿はしばらくわしの家を使うと良い。そんなことより、まずは街に慣れることが大切じゃ」
「大都市に住むのは初めてなので、色々と教えていただけるとありがたいです」
「ふむふむ。まずは得物からかの。ずっと気になっておったんじゃが、お主は拳で戦う類の勇者なのか?」
そういえば、とエルは思い出す。剣はあの借金取りに奪われたままである。修理に出してもらっている、と表現する方が正しいが。
「いえ、普段は長剣を使っています。訳があって今は手元にありませんが」
「そうか。じゃが大学校の実践講義で使うこともあろう。予備としても買っておくべきじゃな」
コモドはメモ帳を取り出し、さらさらと流れるように何かを書く。手渡された紙に書かれていたのは武器屋までの地図であった。いくつかの店の場所があるが、コモドはそのうちの一つを指差して印をつけた。
「とくにおすすめはここじゃな。大学校の教官御用達じゃ。きっと気に入る剣があると思うがの。行ってみるか?」
「ぜひ」
エルは一つ返事で快諾する。すぐさま鞄から金貨を取り出し、老人に連れられて家を出た。
大通りから裏路地に入り、人通りが少なくなったところに店はあった。
見たところ客は入っていない。それどころか営業しているようにも見えない。彼も老人と来ていなければ、中に入るのをためらっていたことであろう。
「いらっしゃい」
店内も照明はほとんど付いていない。店の奥にカウンターがあることと、かろうじてそこに人がいることが分かる程度の明るさである。
壁にはところ狭しと武器が飾り付けられている。一般的な武器から、もはや武器なのかどうか分からないフォルムのものまで品揃えは豊富なようである。ガラス棚にも武器がしまわれており、そこには値札のついていない高価そうなものばかりが並んでいた。
店主は不機嫌そうにほおづえをついて座っている。客を客だと認識しているのだろうか。実は目を開いたまま眠っているのかもしれない。それほど動きがなかった。
「好きに見るといい。店主のことは気にするな、いつもああだからの」
コモドはそういうと、自分も好きに商品を見て回る。
エルも長剣が並べられている区画に行くと、品定めをはじめる。値札を見て彼はすこしたじろいだ。そのどれもが非常に高価である。平均で三十金貨程度。高いものになると二百金貨に価格がはねあがる。
「おい、お兄ちゃん」
「は、はい!」
エルは背後から声をかけられ、体を縮めた。背後にはいつの間に近付いたのであろうか、店主が立っていた。
「剣使いか」
「は、はい!」
エルの声がうわずる。
店主はそれを聞いて何も言わずに店の奥にひっこむと、一振りの剣を手に戻って来た。
エルは剣を受け取ると、さやから刀身をぬく。
細い剣であった。エルが以前扱っていたものとは、同じ種類とはいえまったく別物である。刃はかるく反っており、非常に薄い。よくある両刃の剣ではなく、片刃になっており刃渡り部分には波のような模様が入っている。
「こいつを作れる職人は一人しかいなくてな、あまり数は出回っていないのだ。自信をもっておすすめできる品だ」
「高いんですか……?」
エルにとって一番気になる点はそこである。特注品となれば、高価に違いない。
「そうだな、千金貨ほどか」
「千金貨!?」
エルの目玉が飛び出た。すぐさま刃をさやにしまい、店主に返す。
「わしが買ってあげよう」
コモドがすっと現れ、そう言い放つ。さらにエルの目玉が飛び出た。
エルの返答も聞かずに、老人は財布からお金をだす。
この老人は底が見えない。学校の件でもそうだ。いとも簡単にエルを国立第一大学校に入学させた。門番をしていた他の大学校の教官にも敬意を払われていたのだ。
「わしも無駄に歳をくっておらんよ。先が短い老いぼれだ。金など持っていても仕方ないのじゃ」
「いえ、そんなこと……」
「おやおや、まずはお礼ではないのかな?」
「あ、ありがとうございます!」
エルは深々と頭を下げる。コモドは嬉しそうに微笑んでいた。