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金貸し勇者と貧乏勇者。  作者: けいてぃー
第二章 貧乏勇者と迷い少女
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第十三話 「謀略」

「社長、お帰りなさい!」


 リリスは満面の笑みを浮かべ、シュルクの帰りを喜んでいた。

 それもそのはずである。今のハーゲンティ商会には彼女しかいなかったからだ。先日の一件のせいで、エルまで国軍兵士に連れて行かれてしまっていたのだ。寂しく一人孤独に、客たちのひっきりない訪問に耐えぬく日々はさぞかし辛かったことであろう。

 シュルクは労いの言葉をかけながら、椅子に深く腰掛ける。

 疲れがどっと押し寄せてくる。しかし、休んではいられなかった。彼の不在の間にたまってしまった仕事は山のようにあった。

 ふと、彼は受付の大部屋を見回す。そして、エルがいないことに気付いた。

 青年とは王都ベレスで別れてからそれっきりであった。彼の私用に連れ回しても良かったのだが、それでは時間を取られてしまうだろうと配慮してのことだったが、今の様子を見る限り、エルはまだこの街に帰ってきていないのだろう。何をしているのかとシュルクは眉をひそめる。


「社長、これを」


 背後からリリスに声をかけられ、彼はてっきり紅茶の用意が出来たのかと、器を置く場所を指示するように指でとんとんと机を叩いた。

 そこに置かれたのは、カップではなく透明な袋であった。中には白い粉が入っている。

 彼は見た瞬間に、それが何であるかに気付く。その粉は、マドノルトがよく使っている薬物によく似ていた。


「おい、これ」

「ウバル商会から、社長にと渡されたものです。新しく扱う商品らしいですよ」


 ウバル商会で聞かされた話もシュルクに伝えると、彼はほっと安堵のため息を漏らした。貴族とのつながりがあるのなら、心配はいらなかった。元から違法なものに手を出しているウバルのことだ。上手くやるだろう。

 だが、この粉に関しては余計であった。シュルクは困って頭をかく。もし所持していることが国軍兵士にでもばれようものなら、またあの無機質な空間へと逆戻りさせられてしまう。今度こそはコモドも助けてはくれないだろうし、ウバルに助ける気があったとしても貴族たちが動いてくれるかどうかなど分からない。マドノルトに渡してやるのがいいかもしれない、と彼は考える。


「持って帰る途中に、エルが捕まってしまって……」


 そこで初めて、シュルクはエルが牢屋に連れてこられた理由を知った。


「ああ、だから」

「ということは、会ったんですか! あれ、でも、なんでエルはいないんですか?」

「ベレスで私用があったから、付き合わせるのも悪いかと思って別行動にしたんだ。てっきり帰ってきてるものだと思っていたんだが」


 焦っているリリスをなだめるように、いきさつを説明する。

 彼女は、青年が捕まってしまったことに対して責任を感じているのだろう。心配性で、人一倍責任感が強く、気も強い。それがリリスであった。後輩を守れなかったのがよほど悔しいのか、彼女は唇を噛みしめていた。

 シュルクが少数精鋭を貫いているため、今まで彼女に後輩と呼べる存在はいなかった。一時的に後輩がいたことはあるが、仕事を教えるようなことはしないため、彼女についているという感じではなかった。

 つまり、エルは彼女にとって初めて出来た後輩だったのだ。

 それが一緒に仕事を始めてから数日間で、しかも自分の目の前で捕まってしまったのだ。多少なりともショックは受けるであろう。


「リリスは捕まらなかったのか?」

「あ、はい。お恥ずかしいことに、エルが捕まっている間に逃げることができました」

「詳しく聞かせてくれ」

「ウバルさんからその粉を見本品として預かってから、屋敷を出たらすぐのところに国軍兵士がいたんです。猟犬を連れていました。多分、訓練を受けていたんでしょう、粉の匂いか何かを嗅ぎ取って私たちを追いかけてきたんです」


 シュルクは腕を組んで、険しい目をする。

 袋を開き、鼻を近づけた。シュルクが粉を吸おうとしていると勘違いしたのか、リリスが慌てて止めようとしたが、それを片手で制する。匂いを嗅ぐが、それはまったくの無臭であった。よほど犬の鼻がきくとはいっても、これの匂いを嗅ぎ取れるものなのだろうか?

 この粉ではないが、違法な薬物の中には葉っぱのような形状をしたものもある。それは少しだけ独特な甘い匂いがするため、その発見に犬が使われているということは聞いたことがある。だが、これはどうだろうか。

 蛇の道は蛇という言葉もある。これはマドノルトに聞くのが一番良いかもしれない。


「で、顔はばれたのか?」

「おそらく見られているとは思いますが、現物を持っているところを捕まえられない限り、大丈夫でしょう。ウバルさんもそんなことを言っていました」

「そうか――いや、まてよ?」


 シュルクは左手で口を隠す仕草をした。

 この粉を持っていたのはリリスのはずだ。だが、それならば、なぜエルが真っ先に捕まったのだろうか。匂いを嗅ぎ取っていたのならば、猟犬はエルではなく一目散にリリスの方へ向かうはずだ。

 考えろ。シュルクは頭を必死に回転させていた。何かを見落としている。そんな予感がした。


「エルを捕まえたのは犬か? それとも、兵士か?」

「私も必死だったので、後ろの様子までは……でも、彼も私と同じぐらい足が速いようでしたし、鎧を着けている兵士に捕まることはないと思いますが」


 ダンデインからベレスまで輸送されている間に、取り調べを受けたはずだ。彼は何を聞かれたのか。何の罪で捕まったのか。

 エルに話を聞いてみるしかないだろう。こうなると、一刻も早くエルがこの街に帰ってくることを祈るしかなかった。

 彼は一体どこで油を売っているのだろう。

 エルはステンドグラスから外を眺める。空が青い。雲の切れ端一つもない晴天である。だが、あまりにも透き通った空は逆に、全てを吸い込んでしまいそうな、そんな危険をはらんでいるような気もした。


 ###


 青空はどこまでも続いていた。

 その美しい青空の下、舗装された街道を進む二つの影があった。

 それは青年と少女である。少女はぽかんと口を開きながら空を見上げて歩いている。下を見ていなかったからか、小さな石につまづいて転びそうになるのを、青年が慌てて支える。


「大丈夫か……っと、そういえばまだ名前を聞いていなかったな。名前は覚えているのか?」

「シト・リーンと言います。あなたは?」

「エル・タナスだ。今更だけど、よろしく」


 少女を支えていた手をそのまま彼女の手にやり、握手を交わす。シトと名乗った少女は微笑んだ。

 

「ところで、エルさんが住んでいるというダンデインはどんな街なんですか?」

「活気があって、とてもいい街だよ。少し騒がしいけど、すぐに慣れると思う。君が通っていた森の近くにある街なんだ」

「もしかして、あの高い壁に囲まれた街のことですか?」

「そうだよ。門で区切られてるから分からないけど、中にはいるとすごくうるさいんだ。最初は俺もびっくりした」


 少女はきらきらと目を輝かせながら、エルの話に耳を傾けていた。

 本当は馬車でダンデインまで向かおうと思っていたのだが、捕まった時に一銭も持っていなかったことに気付き、こうして二人ははるばる商都まで徒歩で移動しているのであった。背後から馬車が彼らを追い越すたびに、こっそり後ろに乗ってやろうかという気持ちになる。

 だが、ゆっくりと歩いて移動するのも悪くはなかった。おかげで、話しているうちにエルは少女のことを少しだけ知ることができた。

 彼女は生活していくのに必要な知識はしっかりと身につけているものの、それ以外に関してはさっぱりであった。

 まだ幼いというのに、しっかりとした話し方ができ、敬語も使える。初めはそのことに違和感を覚えたものだ。薬草などの知識も豊富であり、何が食べられるもので、何が毒なのかも見分けることができる。それは森で生きていくうえで重要な知識であった。道端に生えている草について聞いてみても、彼女はそのほとんどについて答えることが出来た。

 だが、土地や国についての知識はさっぱりであった。自らが住んでいた街がベレスだということは知っていたのだが、ダンデインについては聞いたこともなかったようであった。

 その知識量の差にエルは驚いていた。

 よく覚えていることが生活に関わることで良かった、とエルは感じていた。もし、それが逆であれば彼女は今頃森で餓死していたことであろう。

 これだけ色々なことを知っているということは、記憶をなくす前は良家で育てられたのだろうか。しかし、そうであれば彼女が捨てられてしまう理由が分からない。

 少女について色々なことを知るたびに、謎は深まっていく。


「それにしても、今日は本当にいい天気ですね」


 少女は走ってエルの前に出ると、空を仰ぎながらくるりと回る。少女の着ているぼろぼろの衣服の端がはためいた。


「君はもしかして、その服しか持っていないのか?」

「お恥ずかしながら、これだけです」

「それなら、新しく服を買わないとな。ダンデインについたら服屋にいこう」


 エルは任せろと言わんばかりに、片手でどんと胸を叩く。少女は再び目を輝かせ、ぺこりとお辞儀した。

 二人がダンデインの街にたどり着く頃には、街はすっかり赤色に染まってしまっていた。店も一日の最後の売り込みをしているようだ。活気に満ちあふれている。

 商人や買い物をする客でひしめく光景を目にして、シトは言葉を失っていた。ベレスでもこれほどの賑わいは見たことがない。

 シトの興奮を横目に、エルは冷静であった。

 商人たちに混ざって街を歩く国軍兵士の姿があったからだ。特に悪いことをしたわけではないが、なぜだか身構えてしまう。そして、彼の目線は自然と兵士の姿を追っていた。シトがエルの裾を引っ張り、見つけた服屋へと誘導しようとしていたが、エルは少女の頭をなでて、立てた人差し指を唇に当てて静かにするように指示する。少女は頬をふくらませたが、青年があまりにも真剣なので、同じように彼の見つめる先を眺めてみた。

 裏路地の方へ入っていく国軍兵士の姿が見えた。エルはシトの手を握り、人ごみをかいくぐってその後を追おうとする。理由は定かではないが、彼はその兵士のことが気になっていた。

 壁に背を当て、顔だけをのぞかせると、少し入り組んだ場所に兵士の背中だけが見えた。話している相手は見えなかった。耳を澄ましてみても、話し声は街の喧噪にかき消されるばかりで、全く届いてこない。

 その様子を見ていた少女がつんつんとエルの脇腹をつついた。


「気になるなら、私があそこを通る振りをして盗み聞きしてきましょうか?」


 少女はとても察しが良かった。エルの様子を見ただけで、彼の願いを的確に把握していたのだ。

 エルはその提案にたいして首をふる。いくら少女とはいえ、それは危険すぎたのだ。捕らえられるリスクを冒してまで聞く価値のある話かどうかも分からない。ただ、嫌な予感――というか、第六感が彼自身を突き動かしていたのは間違いなかった。

 しかし、少女は一歩前に踏み出し、路地に入ろうとする。慌ててエルが手を掴もうとしたが、彼女はその手をするりとかいくぐってしまった。

 鼻歌でも歌いそうな、そんな軽い足取りで路地を歩いていく少女。

 エルは目玉を丸くしながら唾を飲み込む。出来るだけ音は立てたくなかった。その音で自分の存在がばれてしまいそうな気がしたからだ。ごくりという音は喧噪にかき消されることなく、自分の頭の中で大きな音となって反響した。

 顔をのぞかせることすら出来ない。顔を出せば、すぐ目の前に兵士の顔が現れるような気がしていた。

 心臓をばくばくと鳴らしながら身を潜めてから、どれだけの時間が経ったであろうか。彼にはそれが数刻ほどにも感じられた。

 自らの左側にある裏路地の方へと神経をとぎすます。

 そこで不意に、右肩を叩かれて彼は小さな悲鳴をあげてしまった。

 首を振ると、そこには少女の姿があった。青年の悲壮感ただよう顔をみて、少女は無垢な笑顔を浮かべた。

 無音に感じられた世界が、一気に賑やかなものへと戻った。商人の声がやかましい。


「ふふっ。どうしたんですか」

「いや、あれ? さっきそっちの路地から入っていったはずじゃ……」

「そのまま通り抜けて、戻ってきたんですよ」


 あまりにも集中して頭を使っていたせいか、どっとした疲れがエルを襲う。今、彼はまともな思考が出来ていなかった。

 エルを見て笑っていたシトであったが、その顔が今度は青年を心配するような表情へと変わった。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。君は思ったより度胸があるんだね」

「国軍兵士はベレスで見慣れていますから。ところで、ちょっとだけ会話が聞こえましたよ。あと、話していた相手の姿も見ました」


 予想以上の成果に、彼は感嘆の声をあげる。少し奮発して高い服を買ってやらないといけないかもな、とエルは考える。とはいっても、それほど高い服を買うだけの余裕など彼には無いのだが。


「失敗した、と兵士が言っていました。何に失敗したのかは聞き取れませんでしたが」

「会話の相手は?」

「中年の男性です。商人、なんですかね。ネクタイを身につけていました。髪は油みたいなもので固められていて、後ろに向けて寝かしつけてありました」


 その容姿にエルは覚えがあった。

 紳士ウバルである。そんな特徴的な髪型をしている商人はそうそういない。ネクタイまで着けているのであれば、ほぼ間違いなく彼であろう。

 しかし、なぜ彼が国軍兵士と?

 初めての訪問の際に、国軍兵士ともめていたことは覚えている。とても国軍兵士と仲が良いといった感じではなかった。

 さらに、失敗した、という会話である。何に失敗したのか?

 その二つの問いの答えにたどり着くのは、そう難しいことではなかった。

 そういうことだったのか。つまり、ウバルと国軍兵士はグルだったのだ。

 シュルクがいないときを見計らって、リリスとエルを呼んだときから、ウバルは国軍兵士と手を組んでいたに違いなかった。違法な粉を渡したのも、商会を出た時にタイミングよく兵士が現れたのも、全部、ウバルの掌の中で転がされていただけだったのだ。

 かっと体の奥底から血が昇ってくるのを、彼は感じていた。

 そして、冷静になって考え直す。自分が今やるべきことはなんなのか、と。国軍兵士とウバルをとっつかまえること? いや、彼一人で適うはずなどない。国軍兵士は勇者のエリートなのだ。シュルクであればやりあえるかもしれないが、自分にそれが務まるとは到底思えなかった。

 それならば、彼がやるべきことは一つであった。

 シュルクとリリスにこのことを一刻も早く伝える。


「すまん、服を買いにいくのはまた後日だ。やるべきことができた」


 シトは静かに頷く。ここでだだをこねるほど、彼女はこどもではなかった。

 エルは早歩きで大通りに戻る。向かう先は商会であった。シトも彼を見失わないように、駆け足で後を追って人ごみのなかへと消えていった。

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