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金貸し勇者と貧乏勇者。  作者: けいてぃー
第一章 始まりと旅立ち
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第一話 「邂逅」

 勇者。

 剣を腰に携え、街を守る屈強の戦士。襲いくる魔獣たちを薙ぎ払い、人々に平和をもたらすヒーロー。

 もちろん、皆の憧れの的であった、一昔前までは。


 勇者と一言にまとめても、ピンからキリまである。

 かつては国単位で勇者が管理され、その質の保証は国が直々に行っていた。しかし、年とともにその数が爆発的に増えてしまった。ついに面倒を見きれなくなった国は、その管理を街に任せるようになってしまったのだ。


 そこで新たな問題が発生した。

 勇者の数は街のステータス。小さな街は我先に、と勇者の認定を行おうとする。異常な数の任命書類を国が精査できるはずもない。少しの実力さえあれば、誰でも勇者になれる時代となってしまったのだ。

 勇者という職業の凋落である。


 小さな小さな村。民家は二十軒ほどしかない。住人たちは畑を耕したわずかな稼ぎで質素な生活を送っていた。そんな村に勇者が誕生したのは数年前のことである。

 始まりは街のはずれでの魔獣大量発生事件であった。その数十匹の魔獣を、若い青年が、しかも驚くべきことに一人で追い払ったことにより、青年は一躍ヒーローとしてもてはやされるようになった。

 魔獣退治は彼の十八番となり、気付けばいっぱしの勇者として名を連ねるようになっていたのだ。


「おい、エル! また街の外れで魔獣が出たぞ」


 扉を叩く音が暗い部屋の中に響き渡る。もそりと布団の中から出てきたのはまだ二十歳も迎えていないであろう青年であった。

 青い瞳に、細長い手足。肌は色白く、青い血管がぷくりと浮き上がっているのが分かる。

 彼は布団から出ると、服の上から腹をぼりぼりと掻きむしり、大きくあくびをした。だらしなく見えるその容貌であるが、何故か髪型だけは綺麗に整えられている。


「分かった分かった」


 扉の向こうの相手に聞こえるかどうかの声量で、間延びした返事をする。寝間着のままベッドの横に立てかけてあった剣を手に取った。


「早くしてくれ! 畑が荒らされてしまって何も出来ん」


 少し苛立った様子で中年男性はエルを急かす。目を擦りながら、小走りに彼を誘導しようとする中年男性の後をゆっくりと追う。


 任務は一瞬で終了した。

 そもそも、このアルペンの村の付近に凶暴な魔物が出ることなどはないのだ。四方を大都市に囲まれている、というのが大きな理由であった。周辺の大都市の屈強な勇者達がいつでも目を光らせ、魔獣が出ようものなら片っ端から討伐していく。

 ここ、アルペンの村は大都市の庇護で村人が安心して生活できているような村なのだ。加えて、村民達は大都市の商人に自らの農作物を売りさばいてもらい、生計を立てている。何から何まで大都市によって成り立っている村であった。


 ただ、大都市の勇者達は弱い魔獣に興味がない。勇者達は魔獣を倒して点数を稼ぎ、国から俸給を得るのだが、弱い魔獣にはほとんど点が付かないためであった。

 そのような討伐依頼は末端の勇者がこなすのである。エルもその一人だ。給料は少ない。だが、この小さな街の中ではそこそこの収入であった。


「ありがとう、ありがとう……ところで、相談があるんだが」


 一仕事を終えたエルに、小太りの中年男性が近づく。エルは魔獣の識別に使われる部位を切り取り、麻袋に詰める。男性がごまをすりながら近づいてくるのに見向きもしない。


「魔獣をお前に報告したのは俺なんだ! 俺にも少し分け前を……」


 日常的な光景であった。毎度のことだが、村人達は彼に金をたかろうとする。

 エルは足にかけられた中年男性の手を振りほどき、地に伏す姿を見下ろす。ポケットに入っていた銅貨を一枚投げ捨てると、その場を去った。

 村人のありがとう、ありがとうという情けない感謝の言葉がねっとりと絡み付くように聞こえていた。


 家に帰り報酬の計算を行う。額を見て彼はがっくり項垂れ、大きく溜め息をつく。やはり、弱い魔獣を狩って稼げる額には限界があるのだ。

 腰に携えていた剣を抜くと、藁人形を強く斬りつけた。さきほどの魔獣の血液がすこし飛び散った。剣は藁に中途半端に刺さり、手を離れても柄は宙に浮いたままだ。

 藁人形も振り抜けない切れ味の悪い剣。質素な食事。その影響が勇者業にも出てしまっているのは明らかであった。昔に比べ筋力が落ちているのはエル自身も痛感している。


「あともう少し、もう少しの辛抱だから」


 ぶつぶつと薄暗い部屋の中で呟くと、もう一度布団に潜り込んだ。

 太陽は間もなく空高く昇ろうとしていた。


 うとうとと微睡みかけた頃。またもや誰かが扉を叩いた。

 エルは布団を頭から被り、丸くなった。しかし、音がやむ気配はないどころか、ますます大きくなっていく。


「アルペン村、登録番号55321番、エル・タナス! 居るなら出ろ!」


 その言葉を聞いた瞬間、エルは猫のように飛び上がって素早く扉を開けた。先ほどとは大違いである。

 彼の目の前に現れたのは甲冑に身を包んだ国軍兵士。手には一枚の紙を持っている。


「今月分の俸給だ。確認しておけ」


 ずい、と紙を押し付けると兵士はそれ以上語ることも無く、くるりと背を向けた。


「待て、待て。王宮に帰るならこの麻袋もついでに持っていってくれ。ずっと置いてると獣臭くてかなわん」

「貴様、誰に向かって口を聞いているつもりだ」


 兵士は振り返るとエルの胸ぐらを掴み、扉に華奢なエルの体を叩き付けた。兵士の顔は甲冑に隠れてよく見えないが、声からは苛立ちが感じ取れる。

 エルは顔を引き攣らせながら、両手を挙げた。片田舎の勇者が国軍兵士に腕っ節でかなうはずもない。


「す、すみません……こちらの麻袋も持って帰って頂けないでしょうか」


 兵士はふん、と鼻をならして麻袋を右手で受け取ると、次に掌をエルに向けた。

 はい、と返事をしてエルは兵士の掌に銀貨を一枚置く。


「良くわかってるじゃないか、奴隷勇者くん」


 兵士は甲高い笑い声をあげ、玄関にあった鉢を蹴り倒した。割れた鉢から土がこぼれ、トマトの実がころころと転がる。運悪く兵士の足元に転がってしまった実は無惨にも踏みつぶされてしまった。赤い汁が飛び散る。

 兵士が去ると、生き延びたトマトを回収し、土を払い落とす。トマトの鮮やかな赤の輪郭がぼやけて見える。エルは肩を揺らしながら小さな嗚咽を漏らした。


 勇者の中でも選りすぐりのエリート、国軍兵士。外国との戦争もない今、国軍兵士は名ばかりの職業であり、その基本的な仕事は勇者への諸連絡と討伐対象物の回収である。

 勇者という職業から運良く国軍兵士となれた者達は権力をふりかざし、勇者達をいびる。そしていびられた勇者達が国軍兵士となり、さも当然かのように末端の者を虐める。負のスパイラルであった。


 手渡された紙を握りしめながら、エルは再び深い眠りへと落ちた。

 

 ###

 

 街は真っ赤な炎に包まれていた。真夜中にも関わらず街は昼のように明るい。悲鳴があちこちからあがっていた。何が起きたのか分からず、青年はうろたえる。

 体が熱い。左腕の感覚が無い。

 大きな警告音のようなものが街中に鳴り響いていた。

 周りを見る。あちらこちらに黒焦げとなり——ヒトであったものが転がっている。

 叫び声も聞こえてくる。

 徐々に警告音が大きくなっていく。けたたましい。青年は耳を塞ぐ。それでも音は小さくならない。


 部屋には目覚まし時計の音が鳴り響いていた。エルは飛び起きて目覚ましを止め、浅い呼吸を繰り返す。額をぬぐうと、掌にべったりと汗がついた。

 最近、彼は悪夢でうなされて起きることが多かった。

 むかつく胃を押さえながら、適当に作った朝食をかき込むと、彼には珍しく服を着替え始めた。せわしなく鞄に大量の簡易食を詰め込む。


 村の外れで馬車をつかまえ、御者に目的地を伝えると彼は村を出発した。

 ダンディン。アルペンの村を囲む四つの大都市の一つである。村の東に位置しており、特に商業が栄えている。常に人の出入りが絶えないにぎやかな街だ。


 街を守る大層な門で検閲を受け、馬車とともに中へと入る。大門をくぐった瞬間に喧噪が彼を包み込んだ。

 大通りには所狭しと露店が並び、商人達が声を張って宣伝を行っている。見たことの無い果実にエルは目を輝かせ、馬車から落ちんばかりに体を乗り出す。その様子を横目で見ていた御者が笑った。


「お客さん、もしかしてダンディンは初めてですか」

「ええ、まあ」

「そうですか。この街は特別栄えていますからな。慣れない人がここに来ると皆そんな反応をするんですわ」


 御者は嬉しそうに語る。人ごみに囲まれ、馬を手綱でなだめて速度を落とす。揺れが多少ましになった。


「ところで、お客さんはここには何をしに?」

「家を探しに。お金がたまったものですから」

「引っ越しですか! いいですねえ。それなら、アイウル商会がおすすめですよ。少々値は張りますが、いい物件をたくさん押さえていますからね。お連れいたしましょうか」

「ありがとうございます」


 エルは深々と頭を下げる。

 人の好意というものに触れるのは久しぶりであった。村人からは金をせびられ、兵士からは奴隷のように扱われる。しかし、そのような生活ももう終わりを迎えようとしていた。希望に満ちあふれた生活が彼を待っているのだ。自然と笑みがこぼれた。彼は露店の商品を次々と指差しながらそれが何かを尋ね、御者と世間話をはずませた。


 そうこうしている内にアイウル商店の前に到着した。少し人気のない裏道に入ったところにある商店だったが、知る人ぞ知る名商店だと御者は力説した。運賃を渡して別れを告げる。

 呼び鈴を鳴らす。エルはすこし緊張した面持ちで、落ち着かない様子をしている。

 現れたのはドレスシャツを着こなした若い男であった。ゆったりとした動きで深々とお辞儀をした後、挨拶をしてから屋敷の中へエルを案内した。

 彼が通されたのは応接間であった。高級そうな家具が並んでおり、この商会が儲けていることが一目で分かる。勧められた菓子と紅茶を堪能していると恰幅の良い男が部屋へと入ってきた。


「はじめまして。アイウル商店を仕切っておりますアイウルです。本日はどのようなご用件で?」

「い、家を探しに……」


 突然のアイウルの登場にエルは慌てる。口に残った菓子の粉でむせてしまい、ごほんごほんと咳を繰り返す。すぐに紅茶で流し込み、胸を叩いた。

 せわしない様子を見てアイウルは上品に笑う。


「ほっほっほ。焦らずとも家は逃げませんよ。ご予算はいくらほどを?」


 エルは貯金額を口頭で伝える。アイウルはにこりと笑いながら髭をなでた。使いの者であろう若い男に小声で何かを伝え、エルの対面の席へ腰を下ろした。

 ずい、とアイウルはエルの顔を覗きこむ。


「ずいぶんとお金を持っていらっしゃいますね。失礼ですが、ご職業は?」

「小さな街の勇者をやっております」

「ほほう、勇者ですか」


 ぴくり、と。アイウルの眉があがった。戻って来た使いの者が分厚い書類をアイウルへと手渡す。ぱらぱらと書類をめくりながら、数枚の紙を机の上に並べた。


「今のおすすめはこちらです。今すぐ家の見学をなさっても問題ありませんが、いかがなさいますか?」


 数枚の中から一枚の書類をエルに差し出す。彼は部屋の間取りと契約金を見て目を丸くした。彼の想像をはるかに超える破格であった。


「そ、それでは、お言葉に甘えて」


 アイウルはにやりと笑うと、また使いの者に耳打ちをする。


「少々遠いので馬車で向かいましょう。お代はこちらが出しますので」


 アイウルの後について外へ出ると、そこには先ほど別れを告げたはずの御者がいた。


「お、またお会いしましたね」


 御者がエルに会釈をする。アイウルは御者とエルを交互に見比べながら、きょとんとした顔をしたが、すぐさま二人の関係を理解した様子で手をうった。


「既にお知り合いでしたか。今日のお客様はなんだか運がいいように感じられます。実は今回の物件も、年に一度にしかないような目玉商品なんですよ」


 馬車で談笑をしている内に、目的の物件にはすぐ到着した。一人暮らしには贅沢な二階建ての家屋。少し古びた赤レンガが味を出している。決して新しい家ではないが、元々はそれなりの身分の人間が住んでいたのだろうと思われる。


「中も見せていただけますか?」


 扉を開けてもらうように急かす。アイウルは親指をたててウインクをすると、鞄から茶封筒を出してエルに手渡す。エルはわくわくとしながら、その中に指を突っ込む。しかし、何も手にひっかかる感触は無い。

 眉間に皺を寄せて茶封筒を探るエルを見て、おかしいと気付いたのかアイウルもその中を確認する。


「な、何も入っていない……?」


 すぐに鞄の中を探り、他の所有物を調べる。しかし、アイウルの鞄の中からめぼしい物は出てこなかった。

 アイウルは額に汗を浮かべながら、掌をすりながらエルにへこへこと頭を下げた。


「すみません、すみません。どうやら鍵を忘れてきてしまったようです……」


 再び頭を深く下げると、地面に膝をつこうとする。周りには通行人も居る。何事かと少し周辺がざわつき始めた。

 エルは慌ててアイウルを立たせる。街に来てさっそく厄介事はごめんである。


「いいんです。ここが十分いい物件だということは分かりましたので」

「そ、それでは契約していただける、ということでよろしいんですか!」

「ええ、とりあえず一度商店に帰りましょう」


 馬車へと戻ろうとした時。二人の行く道を遮るように一人の男が現れた。薄いマントに身を包んだ怪しい人物。フードから覗く顔にはいくつもの傷が刻み込まれていた。

 エルは体を斜めに構え、剣の柄に手をかける。

 商人の前に巨体が迫った。アイウルも中々体は大きいが、それとは違った威圧感を放っている。間違いなく武術に長けた者の体つきだ、とエルは気付いた。


「よう、アイウル。久しぶりだな」

「お、お前!」


 男の顔を確認するとアイウルは後ずさりした。アイウルの額には大粒の汗が浮かび上がり、着ているシャツの襟にもシミが出来ていた。

 アイウルを守らなくては、とエルは一歩前に出る。


「そこのマッチ棒はどけてろ」

「初対面のくせにマッチ棒とは中々失礼なやつだな。何者だ」


 たしかに、彼は一見線の細い男に見えるが、その見た目の割に力は強い。彼も自らの力には少し自信がある。


「別にお前に用はない。そこの詐欺師を捕まえに来たんでな」

「詐欺師……?」


 二人から視線を向けられたアイウルはひっ、と小さな悲鳴を上げる。男は逃げようとするアイウルの襟を素早く掴むと、地面に叩き付けた。


「汚えな。汗でべたべたじゃねえか」


 男はアイウルの服で汗の付いた手をなする。ベルトを掴み直すと、ゴミ袋を扱うかのようにそのまま引きずり始めた。


「た、助け」

「おい、待てよ」


 エルが呼び止めると男は足を止めた。振り返らず、溜め息をつくのが聞こえた。エルは剣を抜きながら男に近づく。


「お前にどんな事情があるかは知らないが、俺は契約の途中なんだ。連れて行くならそれからにしてくれ」

「おめでたい頭をしたマッチ棒だな」


 何度も侮辱されて黙っているほどエルも温和な人間ではなかった。威嚇をするように剣の腹を地に当てる。かきん、という金属音が響いた。

 男は掴んでいたベルトから手を離す。アイウルはぼろ雑巾のように道に崩る。もはや逃げる力すらもないようだ。


「お前も騙されかけてたんだよ。少しはものを考えながら喋れマッチ棒」


 フードから覗く目がエルを威圧する。底なし沼のような目であった。黒よりも深く、全てを吸い取ってしまうような、不思議な色をしている。

 剣に怯える様子もなく、男はエルに近寄る。エルはたじろぎ、つい目を背けてしまった。

 ふん、と男は鼻を鳴らすと再びエルに背を向けた。エルは剣を振るどころか、その場から動くことも出来なかった。


「それじゃ、俺行くから」


 そのままアイウルを引きずると男は裏道へと消えていってしまった。

 

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