もう一人
立ちはだかる重苦しい扉は、やはり重かった。押して開くようだったので、体重を掛けることによってそれほど苦労せずに開けれたのだが。
「ん…………はあ、ったくさっきの女、なんでこんなに重いものわざわざ閉めてってくれたんだ…………よ……」
扉を開けきってから早々に愚痴を吐きだした俺は、その途中に前方の光景にあっけにとられた。
「広い……ですね」
隣で俺の思うことを率直に述べてくれた柊は、そのまま俺の横を離れない。
この部屋の大きさは一見で五十メートル四方といったところだろうか。周囲の壁には短い間隔で、申し訳程度の光を放つ豆電球が取り付けられている。正直、薄暗い。それでもけっこうに辺りの様子が把握できるのは、遥か高く天井に張り付いたライトのおかげか。さっき俺と柊が入ってきた扉以外にはどうやら扉はないようで、窓すら一つもない。周りの壁も全てコンクリートの灰色がむき出しで、本当に素っ気ない造りになっている。
それで今俺の前方二十メートル程の所に人だかりができているわけだが、恐らくさっき見かけた奴らだろう。
「あそこ、行きませんか?」
「うぅん、そうだね」
柊の言葉に従いそこへと歩いていると、自分の歩幅が短くなっていることに気づいた。本能的というのだろうか、どうやら慎重になっているらしい。いや、それとも単に緊張しているだけか。
踏みしめる地面はとてもザラザラとしていた。ただのコンクリートの床ではないのかもしれない。滑り止め加工か? そう思い床を足で軽く蹴ると……
「いてっ!」
キュッという音と共に身体が前へつんのめった。慌てて体制を戻すと、柊が驚きと労りの瞳を俺に向けていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、うん、大丈夫、大丈夫」
恥ずかしさのあまりに、少し自分の顔に朱が差した気がした。
「それにしても、ここ寒いですね」
柊の言うことには俺も同感だ。鳥肌までは立たないのだが、なかなかに堪える寒さだ。やっぱり地下、だからかな? 妙な湿っぽさもそれを助長している気がする。
割と間隔のある人だかりに数メートルまで近づいた時、一つの真っ黒な影が見えた。それが人だと気づいたのはそれが喋り出してからだった。
「もう一人……だな」
本当に長い影のようだった。黒いフード付きのコートに全身を包み込んだそいつは、生の世界に迷い込んだ死人のように見えた。その死人のようなそいつの声は、かなり低いものだった。唸り声と喩えても間違いではないぐらいに……。
「だからさっきっからてめえは、なにゴダゴダわけ分かんねえこと言ってんだよ!」
怒鳴る声の糸を辿ると短髪にピアスの青年がいた。どうやらかなり苛立っているらしい。なにかあったのか?
「…………」
短髪にピアスの憤怒の籠った罵声にも黒フードはその身を微動だにしない。
「あぁ、はいはい、また無視ですか。もうなんなんだよ。てめえはよ……」
気力を失くしたような短髪にピアスは、あからさまに困ったといった風に肩を竦ませた。しかしその小言のような勢いの愚痴は、細く、長く止むことはなかった。