人
目の前には所々が錆びつきオレンジがかっている扉。奥はどうやらすぐ階段になっているようだった。暗くてあまりよく見えない。だがそこの湿っぽさはよく分かる。流れてくるんだ。冷たい風が。
その中に吸い込まれていく人たちはそれぞれがそれぞれの容姿をしていた。
まず先立ってそこを下って行ったのは黒髪、短髪、長身、そして右耳に際立つピアスが印象的な男。背はおよそ百八十センチはあるだろう。その厳つい顔は腕っ節の強さを具現化しているかのようだ。それでも、彼が着こなすラフな服にはダメージは入っていなかった。そのせいか割と好感が持てた。歳も恐らくは俺と同じぐらいだろうし。
次に階段を踏みしめていったのは二人組の若い女。扉が開く前からずっと二人で固まっていた。姉妹か友達か、どちらにしても親しい中であることには間違いないだろう。どちらの服装もジャラジャラとしたものだった。派手なピンクやら薄い黒やらが入り混じっている軽そうな上着。膝よりかなり上まで見えてしまうぐらい短い紺のスカートには所々わざとつけたのか傷がついていた。どちらも全く同じ服装。短絡的だが俺はこのタイプは好まない。
彼女らが完全に視界から失せた時、次の人物がそこへと踏み出していった。その人物は一番初めに階段を下っていった人より幾分か背が高く思われた。目測だが百八十五センチぐらいではないだろうか。無精ひげがもみあげから顎まで続けて蓄えられているその顔と、筋肉隆々の肉体はプロレスラー……いや違う、総合格闘技の選手を連想させる。それは俺の先入観と偏見のせいかもしれないが。着ている服は漆黒のシャツ一枚に傷つきの長いダボダボな黒のズボン。俺よりは少しばかり年上だと思う。この人には、その化け物じみた体格故か、たじろぐほどの威圧感を受けた。
そのすぐ後に戸口を潜っていったのは長髪に身を包む清楚な感じの女だった。黒のワンピース以外は何も身に着けていない。なにか異質な雰囲気が受けられる。完璧な黒の髪に隠された顔、その上部にある眼を見たとき、自分の心拍数の増加と共に背が凍り付くのを感じた。……あれは狂った眼だ。何も映してはいなかった。ただその女の内面のみが浮き出ていた。血走った眼。それほどまでに金が欲しいのだろうか。俺と同じような境遇でここにいるのかもしれないが、あそこまでの眼になることは俺にはできない。
そして【その後】に俺と柊が暗闇へと進んだ。腐りかけているのではと思ってしまうほどに朽ちたドアには、突貫でつけたかのような荒っぽさが見られた。半開きのその戸を奥まで押そうとしても地面に擦れて、とても開けることはできなかった。
そこから眼下に延びる灰色の階段に歩を進めると、足元には苔さえ生えていそうな程、ひんやりとした湿気が広がっていた。横幅の狭い階段の一段一段はよく見えないのだが、それらを踏んだ時にびちゃと水音がすることからやはりかなり湿気が溜まっているのだろう。呼吸をするたびに湿っぽさとカビ臭さが喉を刺激する。どうやら空気の巡りが悪いようだ。
下り始めて十秒後ぐらいだろうか、かなり下の方で『ギー』というなにかが軋む音が聞こえた。もしかしたら一番初めの人がようやく降り終えて、そこにある戸か何かを開けたのかもしれない。
その音が聞こえてから約三分後、天井から滴り落ちた水滴が隣で階段を降りる柊に当たった時、俺は重苦しい扉のようなものを暗闇の中に捉えれた。
「さっきの女、わざわざ扉を閉めていってくれたんだな」
先ほどの金属音が扉を閉める時の音だったと解った俺は、少し腹立ち気味にそう言葉を漏らした。
「……そう、みたいですね」
柊は顔に落ちてきた水滴を袖で拭いつつ苦笑いを浮かべていた。