妹
会話の糸が自然と切れてしまってから俺は、一人考えごとに耽っていた。それはダイスについてのことでもあり、妹のことでもあった。もしダイスが行われなかった場合は、俺は人の道を踏み外さなければいけなくなる。妹、恵璃華の想いをも踏みにじって。
俺が大学に入って直ぐに、つまりは妹が九歳の時に俺たちの両親は交通事故で亡くなっていた。しかし、少なくとも俺は心を暗くは染めなかった。むしろ俺にとってその事故は、幸運なものだったといってもいいかもしれないのだから。世話こそしてはくれていたのだが、俺達の両親は暴力の塊みたいなものだったから。しかし、毎日俺の身体に刻みこまれる傷なんかはどうでもよかった。ただ毎晩のように泣き疲れて眠る恵璃華の寝顔を見るのが心臓を抉られるよりも辛かった。
恨むべき両親が消えてくれた後、親しい親戚が皆無だった俺達はなんとか俺のアルバイト代で誰にも頼らず二人で暮らしてこれていた。そのおかげか俺達兄妹の絆は強かった。妹が身体にできた痣のことでいじめられていたのを知った時は、そいつの家まで行って妹へ謝罪させたりさえした。両親が残していった、自らの子供への置き土産というには余りにも憎らしく惨い傷痕が妹の身体から消えてからはそういうことも無くなったのだが。
もし、これから同じようなことが起きるというのならば俺はしっかりと断言できる。妹を救うためなら自分の命など惜しまないと。
現在未だ十二歳である恵璃華が重い病気だと知ったのはつい最近のことであった。妹はその一か月ほど前から身体の不調を訴えていたのだが、俺はそれを軽く見ていた。単なる風邪かなにかだろうと思って……。だがその俺にも妹の顔色の変化と共に事態の重さが少しづつ分かってきていた。そして念のために家の近くにある馴染みの係りつけ医に妹を連れていったのだ。だがそこでは俺だけにこう告げられた。【もっと設備の整った病院に行きなさい】、と。その言葉の真意を捉えたくなかった俺はそれでもその医者のいうことをきいた。
そして俺は大手の病院に妹を連れていった。恵璃華は「どうして、大きな病院に行くの? あそこの小さな病院の方がいい」と、駄々をこねるように言っていた。しかしそれを教えるわけにはいかなかった、いや教えることができなかった。俺はあの医者の言葉を深く考えようとしなかったのだから。考えたくなかったのだから。
その大手の病院で俺は妹を医者に診てもらった。結果降りかかってきたものは、俺に現実を突き付けるような絶望的な告知であった。
【若年性拡張型心筋症】
それが恵璃華を苦しめる悪魔の正体。治療をするためには海外の優れた心臓外科医に頼むしかないという。それには莫大な金がかかるとも言った。
そして俺達は見捨てられた。
その後から直ぐに俺は彷徨った。犯罪者へと続く道と、妹が近いうちに死んでしまうということが決定されている道との間を。本当なら直ぐにでもこの手を真っ黒に染めてしまいたかった。だが、それをすることはできなかった。恵璃華を犯罪者の身内にしたくなかったし、なにしろそれを恵璃華が望んでいるとは思えなかったから。
今まで貯めていた貯金でなんとか恵璃華を入院させることができてはいるが、それもいつまで続けることができるのか分からないし、なにしろ素因そのものを取り除かなければ妹の命自体が危険にさらされ続けることになる。いや、一刻も早く治療をしなければ恵璃華はすぐに俺の前から消えてしまう。医者は言っていた。このまま手術をしなければ妹の命は長くても三か月で尽きるだろうと。
俺は金を稼げる仕事を探した。できる限りの手段を使って。しかし犯罪に近いような仕事で稼げる金でさえ、医者に必要だとされた額には程遠かった。そして、もう俺が犯罪の世界の仕事をしようと思い始めた時、それが見つかった。
【ダイス】
だから俺は死に物狂いで金を手に入れる。
若年性拡張型心筋症という病気自体はありません。けれど基にしている疾患はあります。