始まりへの回想
始めてのホラーでの連載です。なにかお思いになられましたら本当に気軽にコメントを頂けたら幸いです。
緊張が一滴の汗となり頬を伝う。
震え。耳鳴り。
「四以外、四以外だ!」
自分の声。周りの視線。
汗で濡れきった手にはサイコロ。六の面のサイコロ。それをゆっくり、ゆっくりと投げた。
瞬き。心音。
サイコロは遊びまわるようにクルクルと転がる。そして、なんの前触れもなく動きを止める。
「……三、三だね」
投げ出した手を戻すこともできず、その声に一瞬身体は強張る。だが、少しの間を置いて俺は安堵の息を吐いた。濁った白い息。それは彼女も吐く重い息。
隣で自分に割り振られているダイスをぎゅっと握りしめた柊を見る。次は彼女の番だ。
思えば彼女はどうして【ダイス】に参加したのだろうか。単なる金目当てということはないと思うのだが。いや、俺には他人のことを考えている暇はないのかもしれない。どうしても、どうしても大金を手に入れなければいけないんだ。どんなことをしてでも……。
「よ、よし。いくぞ……」
震えきった声で自身にそう言い聞かせた柊に妹の姿が重なった。容姿だけのせいじゃない。俺はこの娘に会うことになったそもそもの初めを……このゲームの始めを思い返した。
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ネットの掲示板に書き込まれた内容に、眼を引かれた。
【莫大な金を欲する欲深き者、参加を許可する。ゲームの名はダイス、開催地は東京都、日時と詳しい場所は参加の意を示した者にのみ送る】
ネットを使い始めて間もなかった俺はそれに飛びついた。しかし初心者の俺でも、それに信用できる要素などほとんどなかったことはすぐに理解できた。強いてもの傍証としてあったとすれば、隠されるようにアルファベットの羅列に載せられていたメールアドレスぐらいのものであった。
それでも多くの金が要り用だった俺が、すがるようにそこに送ったメールはしっかりと開催者から場所と時刻の詳細を聞き出してくれた。それに加え、うまくダイスをクリアできたのならば莫大な金を手に入れることが【できるかもしれない】ということを強調した内容の文も。
その開催地に俺が脚を運んだのは開催日前日の夜だった。狭い広場のような空間に蟠る酷く汚れた空気に自分の心を映されているような気がした。何かの古び変色したチラシや、所々が破れたどこかのスーパーの袋、亀裂がそこらじゅうに生じている地面、とても居心地の良い場所ではなかった。
しかしそこは藁にもすがる想いで行き着いた場所だった。
もし、ダイスをやるというのが嘘であったのならば俺は妹のために、恐らくはどす黒く汚れた犯罪に手を染めてしまっていただろう。もっとも、その時は未だダイスが行われるのか半信半疑に近かったのだが。
軽く周囲を見渡した後、近くに捨てられたように転がっていた木箱に座った。周囲を囲むようにひっそりと建ち並ぶ小さくて淋しげな建物達に見つめられているような気を覚えながら、俺は星さえ姿を隠した汚らしい空に顔を向けた。生暖かい風が撫でるように頬に吹き付けてくる。半絶望に彩られた俺にはお似合いだったかもしれない。
その時に彼女は姿を現した。小汚い路地裏の奥から、その場にあまりにも似合わない様な青いスカートを風にはためかせて。小柄で気の良さそうな娘、それが第一印象だった。
「寒いですね」
そんなに寒いとも感じていなかった俺は、彼女がこんな場所に現れたことに多少驚きつつも返事を返した。
「ええ、そうですね」
そう言った方が会話がスムーズに進むと思った。しかし彼女はそれからはなにも言わずに俺の方へ静かに歩み寄り、そのまま流れるような動作で俺の横の木箱に座った。
「貴方も、もしかして……いえ、なんでもないです」
突然の彼女の意味深な発言に、俺はこの娘がこんな寂れた所に来た目的を見出した。
「俺はここに【ダイス】っていうのをやりに来たんです。本当にそれができるのか分からないんですけれど」
もしかしたら彼女は俺と同じ理由でここに来たわけじゃなかったのかもしれないが、俺は打ち明けるようにそう言った。仲間が欲しかったのかもしれない。
「え、それって本当ですか?」
彼女は不安に色づけられた瞳を驚きの色に染め換えた。
「本当だよ。たぶんだけど、君もそうなんだよね?」
自信が欠落した声でそう尋ねた。けれど、そうであってほしいと俺は思っていた。
「はい、あの、あれって本当のことなんですよね? ダイスって本当にされるんですよね? でなきゃ私……」
心の中の不安が薄れていった気がした。けれどその弾んだ声に俺は答えることができなかった。




