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三題噺

別れの言葉を教えて下さい

作者: 壱厘

 カツンと一回、振り下ろされたトンカチ。杭は少しずつ棺桶に埋まっていく。職人の手元が狂って作業が遅れれば、その分少しの猶予があたえられるのだろうか。愚かな空想は、しかし、絶えず響き続ける鉄の音に遮られた。

 寒い雪の日。淡い太陽の下で、雪が輝いている。棺を埋めるための墓穴と、その前に立ち並ぶ喪服の人々だけがこの白い世界の中、浮き上がっているかのように見えた。

 喪服たちの中央に一人の少年が、ぎゅっと口を一文字に結んで立っていた。棺の中に眠るのは、少年の母親だ。少年は赤い目をしていたが、その目に涙は浮かんでいない。少年の心にはもはや、それを潤す涙すら残ってはいないのだ。

 杭を打つ音は定期的に響き、そのたびに少年の顔は陰る。けれど、決して目は逸らさない。

 少年の脳裏には、あの懐かしい日々が思い起こされていた。


『シオンはあっちに置いてね』


『ブーケ造るの手伝ってちょうだい』


『あれ? それって……。

我が息子にも春が来たのかしら』


 花の香の似合う女性だった。街角の小さな花屋の主。決して余裕のある生活ではなかったが、少年と二人で笑顔で暮らしていた。それがどうしてこんなことになってしまったのか?

 それは誰にもわからない。悪魔にだってわかりはしないのだ。




 杭は打ち終わり、最後の別れのときがきた。少年が思い出すのは、一人と一つで寄せ鍋を食べたこと。あの家があんなに広かったんだと、はじめて気付いた日のこと。

 鍋は母親の好物だった。だから、少年も好きだった。でも、あれほど冷たいものが鍋だっていうのなら、もう二度と食べたくない。いや、少年の好きだった鍋はもう二度と食べられないのだ。

 一歩二歩三歩。棺は意外なほど近くにあった。

 少年は地面にひざを突き、小窓から母親の顔を覗き込む。そして、聞こえる筈もないのに、呟いた。


「生きてるみたいとかよく言うけど……嘘じゃんな、あれ。

母さんはどっからどう見てもっ、ああ、死んでるよ……」


 少年は立ち上がり、棺を見下ろす。さあ、別れの言葉を言わなければ。


「     」


 ありがとう。口は動いた。声は出ない。


「           」


 僕のことは心配しないで。口は動いた。声は出ない。

 少年は何度か口を動かすが、どうしても声は出なかった。


「さようなら」


 最後の最後でやっと声が出た。情けない、弱々しい声だった。

 雨が頬を伝って足元の雪を溶かす。少年は、晴天の冬空を見上げた。


 別れの言葉は届きましたか?



いきなり鍋の話が出てきてすいません!

「ハートフルなお題で鬱」が目標だったのですが、鍋がうまく噛み合わせられなかったです。要修行ですね。


短編連作なつもりの三題噺第四弾です。多分ビルの話の少年と同一人物です。あの話よりも前ですね。連作を気取っておきながら、つながりが見えないという謎形式です。もう一つのアレとのつながりは他で補完したいと思うので割愛します。

もういっそ一つの連載小説に纏めてしまうべきでしょうか。


友達が少ない作者にお題を提供して下さる方いらっしゃいましたら、お気軽に感想からお願いします。


後書き長々と失礼しました。

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