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『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


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8日目 〜龍の気配、雨の匂い〜

 朝の空気が重い。


 昨日の池での幻視が、まだ胸の奥にこびりついている。


 二つの未来――


 笑顔の収穫と、炎に包まれた絶望。


 どちらも本物になりうる可能性として、私の中に刻み込まれた。


 外はまだ薄暗く、田んぼの水面に朝霧が低く垂れ込めている。


 今日は村の年長者たちから、正式に「雨乞い」の話を聞くことになった。


 オクトさんが昨夜、老婆たちに約束を取り付けてくれたらしい。


「神女なら、龍の声を聞けるかもしれない」と。


 村の外れ、龍王山の麓に近い小さな祠へ向かう。


 ミナちゃんが私の手を強く握って、時折不安げに顔を覗き込んでくる。


「神女……本当に龍様に会えるの?」


 祠は粗末なものだった。


 苔むした石の祠に、古い木の扉。


 中には小さな龍の形をした木彫りが置かれ、埃っぽい空気が淀んでいる。


 周囲を囲むのは、龍王山から流れる小さな沢の水音だけ。


 老婆の一人が、ゆっくりと口を開いた。


「この土地は、古くから龍の息吹で生きてきた。

 烏田川の水は、龍王山の奥、隠れた池から湧く。

 雨が降らぬ年は、龍が怒って水を閉ざす。

 だから毎年、村の者たちは供え物を捧げ、歌い、踊って龍を宥める。

 だが、去年は……不作の後、誰も力を尽くせなかった。

 龍は静かになったまま、雨をくれなかった」


 老婆の目は遠くを見ているようだった。


 私は勾玉を握りしめ、昨日見た二つの景色を思い浮かべる。


「龍様は、怒っているの? それとも、ただ……待っているだけ?」


 老婆たちは顔を見合わせ、静かに頷いた。


「待っているのかもしれん。

 本物の声を聞く者を。

 外から来たお前が、龍の声を聞けるなら……試してみよ」


 その言葉で、皆の視線が私に集まった。


 重い。


 こんなおばちゃんに……。


 期待と疑いと、わずかな希望が混じった視線。


 私は深呼吸して、祠の前に座った。


 勾玉を額に当て、目を閉じる。


 周囲の音が遠ざかり、川のせせらぎだけが響く。


 ……最初は何も聞こえなかった。


 ただの水音。


 風の音。


 でも、徐々に――


 低く、響くようなものが混じり始めた。


 ゴロゴロと、遠雷のような。


 いや、もっと深い。


 地の底から湧き上がるような、息づかい。


 それは怒りでもなく、悲しみでもなく、ただ「渇き」だった。


 土地の渇き。


 人々の渇き。


 すべてが、龍の喉を乾かしている。


 目を開けると、皆が息を殺して私を見ていた。


 私はゆっくりと言った。


「龍は怒っていない。ただ、渇いている。

 雨を待っているだけ。

 でも、私たちの手で水を導き、土を優しくすれば……応えてくれるはず」


 老婆の一人が、ぽつりと呟く。


「それが本当なら……今年は違うかもしれないな」


 その日の午後、村の者たちが動き始めた。


 私が提案した排水路の補強。


 崩れやすい土を石と木の根で固め、水を逃がす道を深くする。


 若い男たちが黙々と土を掘り、女性たちは雑草を抜きながら歌う。


 ミナちゃんも小さな手で土を運ぶ。


 オクトさんは、私の隣で黙って作業を手伝いながら言った。


「龍の声を聞いたのか?」


 私は頷き、勾玉を握った。


「聞こえた。渇きが痛かった」


 夕方、突然空が暗くなった。


 雲が低く垂れ、風が強くなる。


 村人たちは作業を止め、空を見上げた。


 誰もが息を潜める。


 そして――


 ぽつり、ぽつりと。


 雨粒が落ち始めた。


 最初は小さな音。


 田んぼの水面に小さな波紋が広がる。


 やがて勢いを増し、土の匂いが立ち上る。


 皆が顔を上げ、雨に打たれながら静かに笑った。


 ミナちゃんが私の手を握り、濡れた顔で叫ぶ。


「神女! 龍様が……応えてくれた!」


 私は雨に打たれながら、勾玉を胸に当てた。


 龍の渇きが、少しだけ癒された気がした。


 でも、まだ終わっていないわ。


 この雨は一時的なものかもしれない。


 未来の二つの道は、まだどちらにも開かれている。


 ただ、今日だけは――


 村に雨が降った。


 それが、私の小さな一歩だった。



 連れて行かれた祠で、おばちゃんは確かに龍の声を聞きました。


 次回、雨乞いのおかげで降り出した雨ですが……。

 

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