6日目 〜まだまだ、先は長そうね〜
朝日が射しても、若葉はまだ頼りない。
手にした勾玉は、昨日の熱を芯に纏ったまま静かに脈打っている。
周囲の村との問題だけではない。
この時代、ちょっとした気候の変化でも作物に影響がでて村は苦しむ。
それがこの土地の日常だ。
今日も田んぼまで見て回るけれど、畔もぬかるんで足を取られる。
小さな虫がブンブン飛び、汗が目に入る。
水位を調整し、土を柔らかくして雑草を抜いたおかげで、苗は……なんとか生き延びている。
それだけでも、少しだけ希望が持てる。
一緒に歩いてるオオミさんが、田の様子を見て静かに呟いた。
「去年は半分枯れた。子が二人、飢えて死んだ」
その言葉に、感情より事実が重く響く。
魏志倭人伝には「魚鳥を食す」とあるけれど、田が全滅したら木の実、根、腐った魚、虫まで煮て凌ぐしかない。
それがここでの現実。
私が提案した排水路は、土が崩れやすくまだ不安定だ。
「ここを深くして水を逃がす」とジェスチャーで伝えても、若い子が少し怯えた目で「……神女の呪い?」と呟く。
技術を伝える前に、まず「信じてもらう事」が必要だと痛感する。
雑草を抜く若い子たちの手は荒れ、爪の間は黒く、血がにじんでいる。
稲の成長の具合から、今は5月の後半か6月くらいかしら? この後、梅雨がきて夏の日照り、台風と心配事はたくさんある。
「みんな、本当に頑張ってくれてる。あとは天候が味方してくれることを祈るしかないわね」
粟畑の方は、連作の悪さをなんとなく知っているのか、適度に休耕地を空けている。
でもその空き地は農法のためだけじゃなく、「敵が来たら守りやすくするため」の余白かもしれない。
環濠の堀が多い理由を、改めて思い知らされる。
鉄器の改良や、糞尿を使った堆肥の提案はまだ早い。
外から来た私が口を出すと、すぐに反発されるか穢れ扱いされるか。
根気強く、信頼を積み重ねるしかない。
夕方、ミナちゃんが私を迎えにきた。
平床の建物が立つ広場には、村の住人全員と思われる人数が集まっていた。
あちこちで松明が焚かれ、煙が目に染みる。
豊作祈願の宴……でも皆の顔色は、去年の不作で亡くなった人への祈りと、いつ敵が来るかわからない不安で、どこか重くのしかかっている。
皆の服は汗と泥で汚れ、獣の脂の匂いがする。
誰もそれを気にしない。
気にする余裕がないから。
オクトさんとオオミさんが、私を平床の建物へと案内する。
私は勾玉を胸に当てて、ゆっくり言う。
「私は皆と同じだよ。神様でもなんでもない。同じ地面に座って、同じものを食べる。それでいいかな?」
静かに頷く顔々。
その奥に、少しだけ温かさが戻ってきた気がした。
食事は手づかみ。
泥だらけの指で粟の粥と干し魚を掬う。
埃も虫もそのまま。
気にするより食べられる事の方が重要だから、一粒の粟でも無駄にできないから。
分かっているけれど……私は、どうしても我慢できなくなって手洗いをやってみせた。
灰と川の水で手を擦って見せる。
「これで手を洗うと、病気が減るかもしれないよ」
オクトさんは少し渋い顔をしたけど、ミナは楽しそうに真似してくれた。
小さな一歩だけど、毎日続けていけばいつか定着するかもしれない。
木のスプーンも作ってみせた。
みんな興味津々で触るけど、慣れなくてこぼす。
「神女の道具?」と少し怖がる子もいたけど、笑い声も起きて少しだけ空気が和んだ。
その後、踊りが始まった。
オクトさんや大人たちが、低い声で歌い始める。
古代語の旋律が、火の揺らめきに溶け込む。
他の人たちは疲れた体でよろけながらも手をつなぎ、足を踏み鳴らす。
笑顔の裏に、去年の悲しみと未来への不安がちらつく。
ミナちゃんに手を引かれて、私も踊りに参加する。
この瞬間だけは皆んなで一緒にいられる。
私の知識は、まだほんの少ししか出せていない。
でも、焦らず、少しずつ。
皆を飢えや争いから守りたいという気持ちだけは、変わらない。
神様が許してくれるかどうかなんてわからないけど……。
せめて、私自身が諦めなければいいわよね。
村人との関係は、少しずつ信頼を深めながら。
生きるの厳しさも教えられます。
次回は、オクトさんに連れて行かれた先で見たのは?




