500日目 〜祭り、思い出〜
パチパチ、パチッ。
広場を優しく包み込む松明の炎が、揺らめく光で皆の顔を赤く染め上げる。
時折弾ける火の音が、手拍子や笑い声と溶け合い、心を弾ませるメロディを生み出していた。
収穫の季節がようやく終わり、倉庫は穀物や果実で溢れんばかり。
豊かな恵みに感謝の気持ちが胸いっぱいに広がる中、今夜は隣村の人たちも加わって、盛大な祝いの宴が繰り広げられていた。
食事が終わり、中央の大きな松明を囲んで、人々が輪になって踊り始める。
薪木を叩く太鼓のようなリズム、土器を鳴らす軽やかな音が夜の空気に溶け込む。
見知らぬ若い子たちも混じり、ぎこちないながらも互いの視線が絡み合う。
頰を赤らめ、そわそわした様子が愛らしくて、思わず微笑んでしまう。
ああ、こうして新しい命が繋がれ、村の絆が深まっていくのね……。
心が温かくなる、そんな時。
若い男女の2人がオババの側に歩み出てきた。
二人がオババの前に跪き、震える手で小さな包みを差し出している。
私の胸が、なぜかドキドキと高鳴る。
「あれは何?」
隣で顔を真っ赤に染めたミナちゃんに小声で尋ねると、彼女は目を輝かせて囁いた。
「婚姻のお願いをする印を捧げているんです……!」
オババが静かに頷くと、二人の顔に安堵の笑みが広がり、互いの瞳を見つめ合う。
あの純粋な喜びの表情に、私の心も優しく溶けていく。
まぁまぁ、なんて素敵なの!
胸がじんわりと温かくなる。
オババがゆっくり立ち上がり、皆に声を張り上げる。
「この二人が婚姻の印を持ってきた。ワシが認めたぞ。この二人は今日から夫婦となる。皆も、心から祝ってやってくれ!」
その言葉に、広場全体が一気に沸き立つ。
歓声が空を震わせ、木や土器を叩く音が激しく響き渡る。
手拍子のリズムが速くなり、既婚の女性たちが輪になって踊り出す。
新婦さんも恥ずかしそうに輪の中へ引き込まれ、皆と一緒に体を揺らす。
ああ、なんて幸せそうなの……。
見ているだけで、私の目頭が熱くなる。
踊りが一段落つくと、隣のミナちゃんが立ち上がり、私の手を優しく握る。
彼女の小さな手が、温かくて愛おしい。
「神女、ヨイヨイ」
「良い良い? あっ、ヨイヨイ! ヨイヨイね!」
去年の収穫祭で踊った、あの懐かしい盆踊り。
胸に甘い懐かしさが込み上げる。
私は前に出て、すっと腕を上げ、声を張る。
「月が〜、でたで〜た〜、月がぁでた〜、あヨイヨイ!」
皆が一斉に「ヨイヨイ!」と大合唱。
隣村の人たちは最初ポカンとしてたけど、すぐに笑顔で加わり、広場が一体となって歌い踊る。
あの声の響き、皆の笑顔……。
心が解放され、喜びが体中を駆け巡る。
この夜は、いつもより長く、村の人たちの明るい笑い声が響き渡っていたわ。
踊り疲れて、松明の熱で火照った頰を冷ますため、少し離れた場所に座り込む。
ふと顔を上げると、満天の星空に輝く美しいお月様。あの柔らかな光が、私の心を優しく照らす。
「彦助さん……」
胸がキュッと締め付けられるような、甘く切ない想いが溢れ出す。
私たちが若い頃──と言っても、私と彦助さんが出会ったのは30を過ぎてからだったから、そう若くはないのだけれど。
あの頃の思い出が、鮮やかに蘇る。
彦助さんは鍛冶師として師匠に厳しく鍛えられ、私は大学で教授の手伝いをしながら助教授を目指していた。
お互い忙しくて、逢う時間さえ惜しかったのに、何とか隙を見つけては一緒に過ごした。
心の支えだったわ。
「結婚するのは独り立ちしてから」
彦助さんはその言葉を胸に、鍛冶師として独り立ちした時、私を迎えに来てくれた。
でも私は助教授になったばかりで、一番忙しい時期。
普通なら、すれ違いで別れてしまうところよね。
でも、彦助さんは違った。
「すぐに一緒に住めなくてもいい。でも、もしどこかで氷見子さんを好きになる男が現れたら困るから。これを着けておいてくれ」
そう言って渡してくれた、この指輪。
彦助さんが自分で打って作ったもの。
専門でもないのに、こんな小さな輪に、心を込めて。
指に嵌めた瞬間、温かな愛情が体中に広がったわ。あの感触、今でも覚えてる。
それから2年待たせてしまったけど、私たちはようやく籍を入れ、夫婦になった。
15年しか一緒にいられなかったけれど、あの時間は私の宝物。
毎日が、穏やかで満ち足りた幸せだった。
若い二人の姿を見てたら、そんな思い出が胸に蘇って、涙がこぼれそう。
嬉しいような、寂しいような……。
「彦助さん、元気ですか? 私は、定年してゆっくり過ごすつもりが、まだまだ土いじりが続きそうですよ。あなたも、きっと笑ってるわよね」
お月様が、優しく微笑んでいるみたいに見えて、心が静かに満たされた。
ちょっと、おばちゃんも彦助さんとの事を思い出してしんみり……。
次回は、冬を乗り越えて皆が待ち焦がれた春がやってきます。




