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『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


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495日目 〜溢れる笑顔、若者の決意〜

 ザザザザーッ!


 竹で作ったセンバコキだったけれど、思いのほか役に立ったわ。


 皆も代わりたいと次々に試していってた。


 吹子を使った唐箕も、簡単に籾とゴミが分けられてどんどんと保存用の甕に詰められてゆく。


 大変な作業だけれど、皆の顔には笑顔が浮かんでいるわ。


「これで、今年の冬は安心して過ごせるな」


 誰とも問わず、そんな言葉が漏れる。


 けれど、私は思わず言ってしまったの。


「あら、まだまだよ。米だけだと栄養不足になるからお肉や野菜も貯めておかないとね」


「お野菜にがい」


 ミナちゃんの顔が曇る。


「だけど、お米だけだと疲れ易くなったりするから、しっかり食べましょうね」


「取り敢えず、山へ狩にゆこう。塩が手に入ったのだ、干し肉をたくさん準備するんだ」


 オクトさんは、籾のいっぱい詰まった甕を軽々と持ち上げて新しく建てた高床式倉庫まで運んでゆく。


 中河内の民との接触は、不安もあったけれどこの村の将来には必要な事。それが良い結果に繋がると分かっている大人達はその為の準備を始めていたの。


 中河内の人たちは、今回持ち帰った稲を見て、その出来の良さにビックリすると思う。

 そして、種籾をそのまま植えてもダメだと気付く人がいるはず。


 遅くとも種蒔き前にやってきて教えを請うでしょう。早ければ冬の前にやってくるかも知れない。


 口頭で伝えるだけでは足りないだろうと、こちらから私のやり方を知っている人を送る。代わりに塩や銅、鉄の取引ができたら。


 問題は誰を送るかと悩んでいたら。


「俺がいく」


 そう言ってくれたのは、サクくん。


 タケくん、くん、と3人いつも一緒にいた仲良しだけれど、最近はタケくんがオクトさんに指導を受け、くんは私に付いて砂鉄集めをしてくれている。


 それを黙って見ていたサクくんだけれど、彼なりに思っていた事があるみたいね。


 まっすぐな目でオクトさん、私、母親を見ている。


「サク、大丈夫か?」


 サクくんはオクトさんの問いに黙って頷いた。


 思い返せば、最初に田んぼの為の肥料作りでも一番に枯れ葉を集めてくれたり。汗を流しながら発酵の熱を持った肥料をかき混ぜてくれていたわね。


 肥料の具合をひとつひとつ確認して聞いてくる姿も真剣だった。


 田んぼを耕して、空気を入れて、土を柔らかくする作業もずっと見ていたものね。


 私の田んぼ作りの一番弟子はサクくんだった。


「ありがとう、頑張ってね。

 サクくんの作った田んぼで、立派な稲が育つ姿を楽しみにしているわね」


 サクくんの頭に手を置くと。


 サクくんの体がピクリと震えた。


 お母さんがそばに来て「サク」と一言。


 ギュッと抱きしめるお母さん。


 そうと決まれば、私はサクくんに必要な知識を教え込んであげるわ。


 立派な田んぼを作って中河内の人たちに纏向の村は凄いって思わせるの。


 ・

 ・

 ・

 

 中河内の民が住む大きな集落――


 中河内の地は、川の流れが海へと続く要衝だった。


 大和川の水が広々とした湖のような内海に注ぎ、舟が行き交うたび遠く吉備の国や播磨の地、山陰の山々から、さまざまなものが運ばれてくる。


 朝霧が立ち込める朝、河口近くの土手で舟を漕ぐ男たちが大声で呼び合う。


「今日も吉備の舟が着いたぞ! 土器がいっぱいだ!」


 中河内の集落は環濠で囲まれず、開かれた姿で広がっていた。


 南北に長く延びる家々は、まるで川の流れに沿って連なるように並び、広さは纒向の村の三倍以上。


 住む人々は、ひとつの大きなムラではなく、いくつもの小さな集団が寄り集まって暮らしていたらしい。


 その証拠に、土器の山。


 出土する土器の半分近くが、外から運ばれてきたものだ。


 特に目立つのは、吉備の地で焼かれた大きな甕や壺。


 吉備の土器は、全体の七割近くを占める日もある。


 硬く、形の整ったそれらは、ただの器ではなく、交易の証。


 塩の入った甕、海の幸を干した籠、鉄の鏃や銅の鏡の欠片――


 そんなものが、舟から下ろされ土手に積み上げられる。


「これでまた、冬を越せる」


 中河内の民は笑いながら、吉備の土器を丁寧に並べる。


 その向こうでは、こちらの特産――


 川辺で作った塩や、鉄を叩いて整えた道具が、舟に戻される。


 時には、特殊な形の器台や壺も交わされる。


 祭りの道具として、吉備の首長たちが好むものだ。


 中河内の民は、それらを欲しがる相手に渡すことで信頼を築き、さらなる交易を呼び込む。


 と言うのは――私が知っている知識を元に想像する、中河内の将来の姿。


 そんな中河内の集落に、ある日、纒向から一人の若者がやってきた。


 サク。


 背負った籠には、種籾と丁寧に書かれた(いや、描かれた)田んぼの作り方の絵。


 肥料の腐らせ方、水の入れ方、土を柔らかく耕すコツ――


 すべてが、纒向の村で試され、成功したやり方だ。


 中河内の民は最初、訝しげに見つめた。


「遠くの村から、なぜわざわざ?」


 だが、サクが籠から取り出した稲の穂を見せると、息を飲んだ。


「こんなに実が揃って……」


「これが、纒向の田んぼで育ったものか」


 サクは静かに語り始めた。


「うちの村では、皆で笑いながら作った。

 ビタミン不足にならぬよう、肉も野菜も貯え、冬を安心して過ごせるように。でも、それだけじゃ足りない。

お互いに知恵を分け合えば、もっと良くなる」


 中河内の民たちは、吉備の土器を運ぶ舟のように、知識も運ぶものだと気づき始めた。


 サクは、川辺の土を手に取り、耕し方を教え、肥料の匂いを嗅がせ、笑顔で励ました。


「これで、来年の稲はもっと立派になるよ」


 交易の舟が往き来する中、塩の甕と鉄の道具が、そして新しい田んぼの知恵が、中河内と纒向を、静かに、強く結びつけた。


 やがて春、中河内の民は纒向の種籾を植え、秋には初めての豊かな実りを見ることになるだろう。


 そして、その実りは、また新しい舟に乗って、さらに遠くの地へと運ばれていく――


 そんな風に、古代の川は、笑顔と知恵を運び続けた。


 ザザザザーッと、水音が響くように。



 纒向と中河内を繋いだサクくん。彼は立派な大人に育ちました。


 次回は、収穫を喜ぶお祭りの席で、あらあら、まぁまぁ!


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