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『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


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486日目 〜新たな繋がり〜

 風が吹くたびに稲穂が揺れて、豊作の喜びが湧き上がる。


 翌日も、額に汗して稲刈りを続けながら人影が消えた山の方に誰とも問わず注意を向けていた。


「あっ、来た!」


 その日の昼を過ぎ、一息入れようと休憩をしていた所で、昨日見かけた場所から数人の人影が現れた。


 昨日は夕暮れで薄暗くぼんやりとしか見えなかったけれど、今は昼の光で現れた人達の姿もハッキリと見える。


 その人達の格好は、概ね私達と同じだけれど、胸に下げた勾玉、手に持つ槍が皆に緊張を走らせる。


 オクトさんが念の為にと持ってきていた手スコの槍を持つ、他の大人も槍を持って待ち構える。


 ゆっくりと、近づいてくる男達。


 人数は3人。


 もしかすると山の見えない所に隠れている人がいるかも知れないと、山の方の注意も忘れない。


 3人が顔がハッキリ分かる位置まで近寄った所で「そこで止まれ! お前達はどこの村の者だ?」とオクトさんが呼びかける。


 最近は皆の話を無意識でも理解出来ていたけれど。久しぶりに聞く、喉から絞り出すような低い声。


「我らは、川向こうの村からやってきた」


 来たわ! 指差す方向は西、あっちは大和川の下流の方向ね。


 纒向遺跡がクニとして広がったのは、大和川流域に存在していた小さなクニを吸収、合併も可能性として考えられていた。


 さらに下流にあった中河内、唐古鍵とも交易で広がってゆく、纒向のその交流の始まりね。


 彼らは、この村の稲を欲していた。


 彼らのクニでは数年続いた凶作で、こうして周辺の村やクニを見て回っていたそう。


 来訪者のリーダーらしき男は、ゆっくりと槍の穂先を地面に向け、両手を軽く広げて無害をアピールした。


 三十代半ばくらいか。日焼けした肌に、額の汗が光る。


 胸の勾玉は、村の者たちが持つものよりやや大きく、青みの強い翡翠だった。


「我らは川下のクニ、中河内の民だ。名をアサヒという」


 オクトさんが槍を少し下げ、しかし完全に収めることはなかった。


「中河内……。大和川を下った先か。洪水の多い土地と聞くが」


「その通りだ。数年前から雨が続き、田が水没し、稲が腐った。去年は干ばつで、今度は冷え込みが厳しく……。子どもたちが飢え、老人たちが倒れている」


 アサヒの声は低く、抑揚が少ない。


 その言葉の端々に、切実さがにじむ。


 後ろの二人は、槍を握ったまま黙ってうつむいていた。


 一人は若い、十七か十八くらい。


 もう一人は年配で、腰に小さな革袋を下げている。


 村人たちは互いに顔を見合わせた。


 オババの死からまだ日が浅く、村全体が悲しみと収穫の喜びの間で揺れていたところに、こんな話が飛び込んでくるなんて。


 豊作の今年が、逆に「羨望」の対象になってしまった。


 子どもたちが稲の束を運ぶ手を止め、好奇心と不安が入り混じった目で来訪者たちを見つめる。


 母親の一人が、そっと子どもの肩を抱いた。


「で、何をしに来た? うちの稲を……奪いに来たのか?」


 オクトさんの言葉に、アサヒは首を横に振った。


「奪うつもりはない。……分けてもらえないか。

 代わりに、持ってきたものがある」


 年配の男が革袋を開け、中から小さな包みを取り出した。


 布にくるまれたそれは、開くと――


 灰白色の結晶の塊。


 塩だ。


「これを……。我らのクニでは、瀬戸内の舟で手に入るが、今年は不作で交易も滞り、塩が足りない村も多い。だが、まだ少し残っていた。これを稲と交換してくれないか」


 村人たちの間にどよめきが広がった。


 塩――


 それは命の源。


 保存食を作り、傷を癒し、夏の暑さを乗り切るために欠かせない。


 村でも干物作りで塩が減っており、冬の備えに不安があった。


 オクトさんが一歩近づき、塩の塊を掌で受け取った。


 重みと、かすかな潮の香り。


 確かに本物だ。


「……本気か? これだけの塩を、ただの稲と交換?」


「本気だ。うちの子どもたちは、塩さえあれば腐った芋でもなんとか食える。

 だが、稲がなければ来年の食い物が完全に終わる」


 アサヒの目が、真っ直ぐにオクトさんを捉える。


 そこに嘘はなさそうだった。


 オオミさんが、ぽつりと呟いた。


「オババが……見てくれているのかもね。実りが違うって、皆で言ってたけど……これは、繋がりの始まりかも知れない」


 オクトさんはしばらく黙っていたが、やがて槍を地面に立て、ゆっくり頷いた。


「分かった。だが、ただ渡すわけにはいかん。

 まずは、うちの稲を少し見せてやる。どれだけ必要なんだ?」


 アサヒの顔に、初めて安堵の色が浮かんだ。


「ありがとう……。五十束でいい。来年の種に回せれば、それで……」


 交渉はそこで始まった。


 村人たちは警戒を解きつつ、はぜかけの稲を少し解き、来訪者たちに見せた。


 アサヒたちは感嘆の声を上げた。


 確かに、今年の稲穂は粒が大きく、黄金色が濃い。


 子どもたちが好奇心に負けて近づき、若い男の槍に触れようとする。


 男は苦笑しながら、槍を預け、子どもに持たせてみた。


 子どもは重さに驚きながらも、笑顔になった。


 夕暮れが近づく頃、最初の交換が決まった。


 五十束の稲束と、塩の塊三つ。


 それに、来訪者たちが持っていた小さな青銅のやじり二つ――鍛冶の技術を示すものだ。


「神女が喜ぶ」


 オクトさんが呟くと、アサヒは頷いた。


「うちのクニにも、鉄を扱う者がいる。もっと良い鉄を、いつか持ってこれるかもしれない」


 別れ際、アサヒが振り返った。


「また来る。

 ……今度は、もっと良いものを。

 うちのクニと繋がりを強くしたい」


 村人たちは手を振り、見送った。


 山の向こうに消える三つの影。


 今日は敵ではなかった。


 むしろ、未来への糸口だった。


 夜、はぜかけの稲が月明かりに輝く中、村の焚き火を囲んで皆が語り合った。


「川下のクニか……。あそこは交易の要だ。

 塩も鉄も、もっと入ってくるかも」


「オババの霊が、橋を架けてくれたのかもな」


 笑顔が戻り、子どもたちが興奮して槍の真似をする。


 オクトさんは空を見上げ、静かに呟いた。


「これが、始まりだな。クニ同士の繋がりが……大きなものになる日が来る」


 収穫の喜びは、ひとり占めではなく、分かち合うものになった。


 新たな繋がりが、静かに、しかし確実に、村を――


 そして周囲のクニを――


 変え始めていた。



 やってきたのは中河内の人でした、皆で育てた稲が人を繋ぎました。


 次回は、交易と新たな心配事が生まれます。


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