485日目 〜溢れる笑顔、秋の収穫〜
田んぼは、まるで大地が黄金の絨毯を広げたかのように輝いていた。
稲穂は重く垂れ、風がそっと撫でるたびにさらさらと音を立て熟れた実りの重みを誇示している。
ひとつひとつの粒に、春の田植えの汗、夏の水管理の苦労、そして何より、先日逝ったオババの面影が染みこんでいるようだった。
昨日まで村は静まり返っていた。
オババの甕棺が、畦道をゆっくりと運ばれていく。
棺の蓋には、彼女が愛した山桜の小枝が置かれ、風に揺れていた。
村人たちは黙って見送り、誰もが同じ言葉を胸に秘めていた。
「オババ、この景色を毎年見せられるように、ちゃんと守るからね」
墳墓は村を見下ろす丘の上にあり、そこから見える田んぼは、まるでオババの視界そのものだった。
(ここは珠城山古墳群の辺り? 弥生時代のお墓が、後の古墳時代の珠城山古墳に繋がっているの?!)
久しぶりに考古学者の意識が顔を出した、けど今はオババの葬儀だけに集中しなきゃ。
棺が納められた瞬間、遠くで鴉が一声鳴き、秋の空に溶けていった。
あの鳴き声は別れの合図ではなく、むしろ「また来年もここにいるよ」と告げるような、優しい響きに聞こえた。
そして今日。
朝靄がまだ残るうちに、村人たちは石包丁を手に田へ入った。
稲刈りは、単なる労働ではない。
命の循環を、手で確かめる儀式だ。
根元から石包丁で稲を切る……ザクッ、ザクッと切られて倒れた稲は、まるで疲れ果ててようやく休める老人のように、静かに横たわる。
その匂い――青く生々しい茎の香りと、熟した籾の甘い匂いが混じり合い、鼻腔をくすぐる。
深く息を吸うたび、肺の奥まで秋が満ちていく。
子どもたちは倒れた稲を運び、大人たちは黙々と、しかしリズミカルに進む。
腰を曲げ続けるのは辛いが、その痛みさえも愛おしい。
なぜならそれは、生きている証だからだ。
去年より明らかに多い稲穂を見ながら、誰ともなく笑みがこぼれる。
「今年は実りが違うな」
「オババが見てくれてるからだよ」
言葉は少なくとも、視線は交わり互いの疲れた背中を労わるように肩が触れ合う。
年寄りは若い者に石包丁の使い方を教え、若い者は年寄りの腰に手を添えて支える。
そんなさりげない仕草の中に、村の絆が凝縮されていた。
刈り取った稲は、丁寧に束ねられる。
藁の感触はざらりとしていて、指先に心地よい摩擦を残す。
束ね終えた稲を肩に担ぐと、ずっしりとした重みが背骨に伝わり、同時に達成感が胸を熱くする。
運ぶ先は、竹で組んだ簡素な柵——はぜかけだ。
黄金色の稲が一列に並ぶさまは、まるで田んぼが自分の子どもたちを誇らしげに並べて見せているようだった。
陽が昇りきると、汗が額を伝い土に滴る。
子どもが竹で作った水筒を回し、皆がごくごくと飲む。
水の冷たさが喉を通り抜け、身体の芯まで染み渡る瞬間、誰かがぽつりと呟いた。
「今年の冬は、大丈夫そうだな」
誰も答えなかったが、全員が頷いたように見えた。
午後になると、風が少し強くなった。
干された稲がざわざわと揺れ、籾がわずかにこぼれ落ちる。
それを子どもたちが拾い集め、笑いながら母親に渡す。
母親はそれを掌で包み、そっと籠へ集める。
その仕草は、まるで未来への種を預かっているかのようだった。
夕暮れが近づくと、田んぼ全体が茜色に染まる。
はぜかけの稲は逆光に透け、ひとつひとつの粒が小さな灯火のようにきらめく。
遠くの山はもう影となっていたが、その足元、ある場所だけが光を浴びていた。
そこに数人の人影の見つけて、オクトさんが顔を上げる。
「誰だ?」
隣村とは方角も違うし、あちらも今日は稲刈りでこちらを気にする暇もないはず。
オクトさんが他の大人にも声を掛け、数人で人影の方へと近寄ってゆく。
手を止めて心配そうに見守る村人たち。
半分ほど距離を詰めたところで、人影の方が山へと消えていった。
暫く待っていたけれど、もう現れそうにないと分かるとオクトさん達も戻ってきた。
「何だったのかしら?」
「分からない、が用心だけはした方がよいな」
稲は柵に干してあり、まだ稲狩りが終わっていない田もある。
もし悪意のある人たちがやってきて、これらを盗んで行ったら……。
気がつくと、収穫に浮かれていた皆の顔から笑顔が薄れ、人影が消えていった山を睨んでいた。
村人総出での稲刈り、今年は豊作で皆も笑顔だったのですが、突然現れた人影は……。
次回、交渉




