3日目 〜言葉は通じなくても、心は通じるものね〜
朝の光が高床住居の隙間から柔らかく差し込んでくる。
私はゆっくり体を起こし、掌の勾玉を眺めた。
今日は昨日より、少しだけ温かい。
周りを見ると、昨日より人が増えていた。
私が勝手に「オオミさん」と呼んでいる年長の女性、ミニ羊羹に興奮した若い娘(彼女の名前はまだわからないけど、発音を聞いて「ミナ」みたいだった)、それに田んぼを手伝ってくれた若い男の子たち。
みんな、私の周りに輪になって座り、じっと見つめてくる。
「おはよう、みんな」
私がニコッと笑って手を振ると、ミナが恐る恐る手を振り返した。
小さな進歩ね。
「さてと、今日は何を教えようかしら」
私は立ち上がり、みんなの視線を集める。
まずは田んぼの改良の様子を見に行きたいけど……その前に、もっと基本的なことが必要だわ。
私は自分の胸をポンと叩いて、ゆっくり発音した。
「ひ・み・こ」 そして、みんなを指差して首をかしげる。
「あなたたちは?」 オオミさんが最初に反応した。
自分の胸を叩いて、ゆっくり言った。
「おお……み」
「あ、オオミさん! そうね、じゃああなたはオオミさんね」
私が嬉しくて手を叩くと、オオミさんも照れくさそうに笑った。
その笑顔に、疲れが少し溶けたみたい。
次にミナが真似して、胸を叩く。
「み……な」
「ミナちゃん! かわいい名前ね~」
ミナは顔を真っ赤にして俯く。
周りの子たちも、次々に自分の名前を教えてくれるようになった。
「た……け」
「さ……き」
「く……ま」
みんな、ぎこちないけど一生懸命。
私は一人ひとりの名前を繰り返して、覚えたよ~と親指を立てる。
でも、ここからが本番。
私は地面にしゃがみ、土を指で軽くつついた。
両手で稲の苗を植える仕草をして、首を振る。
「ダメ」
次に、昨日やったように土をふかふかに掘り返す仕草。
水をそっと流す仕草。
そして大きく頷いて、両手を広げる。
「いい! たくさん!」
みんな、最初は「???」という顔。
でも、私が何度も繰り返すうちに、タケくんが立ち上がって真似をし始めた。
土を掘る→水を調整→稲を植える→大きく頷く。
私が「そうそう!」と手を叩くと、周りから小さな歓声が上がった。
「じゃあ、田んぼを見に行ってみましょうか」
私が田んぼの方を指さして頷くと、皆も分かったのかゾロゾロと歩き始めた。
田んぼに到着すると、昨日水位を調節して雑草を抜き、土を柔らかくした田んぼの稲が心なしか元気になっている気がした。
それでもまだまだ足りない。
「見ててね」
来る時に用意した木の棒を持って田んぼに入る。
「よっ!」
木の棒を土に突き刺して、グリグリしたら抜く……この作業を間隔を空けながら続ける。
私が何回かやってみせると、若い男の子達が木の棒を持って同じ事を始めだした。
目の前にも、手を出してくる子が一人。
「タケくんだっけ? やってくれるの?」
棒を手渡すと、パッと笑顔になって棒を突き刺す。
「あっ! 稲ちゃんには触らないようにね。少し離れた場所を柔らかく、暗渠排水させるのよ」
私が田んぼから上がると、オオミさんが近寄ってくる。
ジッと私の目を見て「私たちも何かできる事はありませんか?」と聞いているみたい。
「じゃあ、オオミさん達には、この村で他に育てている食物を教えて貰えるかしら?」
何とかジェスチャーで「植えて、抜いて、食べる」とやって見せたら通じたみたい。
粟はあるわよね、それから量は少なかったけど豆があった、大豆? 小豆なのかしら? まだ原種の名残が強く残っている豆ね。
この村で育てているのはこれくらい。後は季節ごとに自然の物を収穫しているみたいね。
「大体わかったわ」
主に弥生時代中期で育てられていた環境とほぼ同じね。
稲作だけは遅れているようだけど、だけとコレだけじゃ全然足りない。
稲も勿論だけど、豆はもっと増やしましょう。
タンパク質を増やさなきゃね。
それから、村で育てられそうな食物ももっと増やしたいわね。
その為には畑も広げなきゃいけないけれど……。
「んー」
私が難しい顔をして悩んでいると。
ミナちゃんが恐る恐る私の作業着の袖を引っ張った。
自分の首にかけた小さな勾玉の首飾りを指差して、私の掌の大きな翡翠勾玉を交互に見る。
「……?」
私は自分の勾玉をそっと掲げ、ミナちゃんの小さなものと並べてみた。
同じ翡翠、同じ曲線。
でも大きさが全然違う。
ミナちゃんが目を輝かせて、私の勾玉にそっと触れようとした。
でも、途中でビクッと手を引っ込める。
私は微笑んで、自分の勾玉をミナちゃんの手に乗せてあげた。
ミナちゃんが固まる。
そして、急に涙目になって、私の手をぎゅっと握り返してきた。
「……かみめ」 震える声で、そう呟いた。
私は優しく頷いて、ミナちゃんの頭を撫でた。
「うん。神様かどうかはわからないけど……みんなの力になりたいおばちゃんよ」
言葉は通じていないはずなのに、ミナちゃんはゆっくりと頷いて、涙をこぼしながら笑った。
その瞬間、掌の勾玉が、ほんの少しだけ温かくなった。
まるで「よくやったわね」と、静かに褒めてくれているみたいに。
――言葉が通じなくても、心は通じるものね。
65歳のおばちゃんは、古代の朝の光の中で、小さな、でも確かな絆を感じたわ。
おばちゃん、勾玉の力を使って村の人と通じ合う事ができました。
次回は、えっ勾玉の声?!




