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『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


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350日目 〜火と人と〜

 二つの村の田植えが終わり、男たちは高床式倉庫の作業に戻り、骨組みに屋根を張ったりしている。


「あら、もうこんなに進んでるの?」


 石器と人力だけでここまで形になるなんて、現代の道具を知っている身には信じられないわね。


「これだけ人数がいりゃ、このくらいは当たり前だ。神女に頼まれた木も切っておいた。後で確認してくれ」


「ありがとう、オクトさん」


 生活用の炭にはクヌギやナラを使っているけれど、鉄を溶かす高温が必要なときは松、特に赤松が理想なのだけど――


 ただ贅沢は言えない。


 それでも今回は松を多めに用意してもらった。


 そして今日、新しく作った炭焼き窯の初の本焼き。


 村で長年炭を焼いてきたクニさんに手伝ってもらって、被せ式でない炭焼き窯での黒炭作りに取り掛かる。


 クニさんはいつもほとんど喋らない。


 見た目は四十を過ぎた背の低い男の人で、両手の指先は炭の粉で黒く染まり、掌には無数の細かい火傷の痕が刻まれている。


 炭の出来を語るときだけ、目が違う。


 まるでそこに炎が見えているかのように鋭く、静かになる。


 窯の中にクヌギとナラの丸太を、私の記憶を元にクニさんの経験と勘で並べてもらう。


「隙間は均等に。空気が偏らないように」


 それだけ言うと、クニさんは黙って頷いて丸太を並べ、枝を上から被せていく。


 言葉は少ないけれど、手の動きに迷いがない。


 火入れが始まると、クニさんは焚き口の前にしゃがみこんで煙突から上がる煙をじっと見つめた。


「……まだだ」


 白く濁った煙。


 黄色に変わり、焦げ臭さが強くなる。


 そして青白く透き通った煙が立ち上り始めたとき、クニさんが初めて小さく頷いた。


「今……」


 焚き口を土で埋め、空気穴を指の幅一本分だけ残して絞る。


 そこからはもう、ただ待つだけ。


 クニさんは窯の側に腰を下ろし、微かに動く煙突の熱を掌で感じながら、微動だにしない。


 まるで窯の中の木材と自分が繋がっているかのように。


 数日後。


 火が完全に落ち着いた朝。


 クニさんが、麻布で顔を覆い煤だらけになりながら窯に潜り込む。


 ゴソゴソと音を立てて炭を運び出し、一本ずつ地面に並べていく。


 私は息を詰めて見守った。


 クニさんが最後の炭を手に取り、静かに叩く。


 カチン、と硬質な音。


 ゆっくり割ってみせる。


 中まで均一に黒く、放射状の美しい菊模様が浮かんでいた。


「……出来た」


 クニさんの声は小さかった。


 でもその一言に、抑えきれない喜びが滲んでいた。


 普段は無表情に近い顔が、ほんの少しだけ緩む。


 煤だらけの頬に、かすかな笑みが浮かんだ。


「クニさん……! 完璧です!」


 私は思わず駆け寄って、クニさんの肩を抱いた。


 お互い真っ黒になりながら、声を上げて笑い合う。


 クニさんは照れくさそうに目を逸らしながら、ぽつりと言った。


「まだ松が残ってる、あれはもっと難しい。

 ……だが、今日のこれをあと何回か繰り返せば覚えられる」


 長かった。


 最初は空気が入りすぎて灰の山。


 二度目は火が弱すぎて生焼けの塊。


 三度目は見た目は良かったのに、火をつけるとあっという間に燃え尽きた……。


 そのたびにクニさんは黙って灰をかき分け、崩れた炭を手に取り、じっと見つめていた。


 そして一言。


「次はこうする」


 言葉はいつも短い。


 でもその一言一言に、何度も炭と向き合ってきた重みが詰まっていた。


「今日はこの炭を竈門に使いましょう。みんなに食べさせてあげたいの、クニさんの焼いた炭で作ったご飯」


 クニさんは黙って頷いたまま、煤だらけの手で今日の菊炭をそっと撫でた。


 その仕草は、まるで我が子を慈しむようだった。


 次は松だ。


 松をしっかり乾燥させ、同じ窯で焼く。


 鉄を溶かす温度に耐えられる、本物の製鉄用炭。


 クニさんなら、きっとやってくれる。


 私は煤だらけのクニさんの横顔を見ながら、そう確信した。


 勾玉が、久しぶりに熱くドクンと脈打った。


 まるで、もっとやれと後押しするように。



 炭焼き職人クニさんの経験とおばちゃんの知識で、見事に炭が完成しました。


 次回は、青々と育つ稲を見ながら思うのは。



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