表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/11

2日目 〜あらあら、この田んぼじゃ稲が泣いちゃうわよ~

 朝から集落の中心がざわついている。


 昨日ミニ羊羹を配ったせいか、今日は私の周りに集まる人が増えていた。


 若い男の子たちまで加わり、みんな遠巻きに私を拝んでいる。


 ……定年後にこんな人気者になるとはね。


 でも、みんなの目は本気だ。


 昨日の甘い味が、ただの「おかし」じゃなく何か「未来の証」みたいに思われているみたい。


 年長の女性が近寄ってくる。


 私は心の中で「オオミさん」と呼んでいる――が、私の手を優しく引いて集落の外れへ連れて行った。


 そこは水を張った区画がいくつかあるけど、ただの浅い沼地みたい。


 土は固くてデコボコ、雑草がびっしりで、水の流れも悪い。


 何か植えられている? ……もしかして稲? 苗はひょろひょろで、葉が黄色っぽく元気がない。


「あらあら……これじゃ稲が可哀想に」


 私はしゃがみ込んで、土を指でつまんだ。


 粘土質が強すぎる。


 排水が悪くて根が息苦しいタイプね。


 水位が高すぎて酸素不足。


 雑草も根張りが強くて、苗を食い荒らしている。


 40年現場で見た、初期の低湿地田んぼの典型だわ。


 でも、纒向の時代では既に水路が整備されて、稲作も水田が管理されて水位調整も上手くなっていたはず……。


 ここは違う。


 伝統が色濃く残ってる、もう一つの歴史ね。


 それとも……思っているより時代が古い?


 弥生後期ではなく、中期……もしかして初期だったり?


 周りの人たちが、息を潜めて私の様子を見ている。


 私は立ち上がり、ゆっくり息を吸った。


「みんな聞いてちょうだい。この田んぼ、ちょっと問題があるのよ」


 言葉は通じない。


 でも、ジェスチャーと声のトーンで伝える。


 土を指差して首を振り、雑草をむしって「これダメ!」と顔をしかめる。


 両手で土を柔らかくこねる仕草をし、水を調整するような動き。


 みんな「???」という顔。


 若い男の子の一人が、首を傾げて近づいてくる。


「……仕方ないわね。実演よ」


 私は作業着の袖をまくり上げ、リュックから手スコ(小型のスコップ)を取り出した。


 まず、水門代わりの木の板を動かして水位を少し下げる。


 次に、土を掘り返して空気を入れる。


 雑草は根から丁寧に抜き、脇に積む。

 

「ほら、こうやって土をふかふかにして、水は深すぎないように。根が息できるようにするのが大事なのよ~」


 実演している間、みんながだんだん近づいてくる。


 昨日叫んだ若い娘が、恐る恐る私の横にしゃがみ土を触ってみる。


 隣の若い男の子が、真似して木の棒を握った。


「そうそう! いいわよ~。もっと優しく、優しくね。稲ちゃんは繊細さんなんだから」


 30分ほどで、ひとつの区画がだいぶマシになった。


 水の流れが良くなり、土が柔らかく雑草が減った。


 私は満足げに手を叩き、みんなに親指を立てた。


 オオミさんが私の手を握った。


 その目は昨日より少し柔らかく、でもどこか疲れた色をしていた。


 感謝と、ほんの少しの期待。


 まるで「これで、子どもたちがもう少しお腹いっぱいになるかも」と言っているように。


 私はふふっと笑って、頷き返す。


「これで今年の収穫、ちょっとだけ良くなるはずよ。でも本当はね、もっと良い方法があるの」


 心の中で呟いた。


 ――次は、堆肥の作り方と輪作の大事さ。


 あと、苗の選び方。


 雑種が多いこの時代の稲を、少しずつ選別して強い株を残すのよ。


 だって、少しでも豊かになれば、みんなの暮らしが変わるかもしれない。


 邪馬台国の人たちが、少しでも笑顔が増えるかもしれない。


 ……ちょっと大それたこと考えちゃったわね。


 でも、いいわ。


 65歳のおばちゃんが、古代の農業を少しだけ手伝うなんて。


 昔、学生たちに「現場でこそ学べ」って言い続けたのに、自分は論文にこもってばかりだった。


 今度こそ、ちゃんと教えてあげられる。


 その時、勾玉が微かに温かくなった。


 背中を押すような、優しい温もり。


 私はニヤリと笑って、みんなに声をかけた。


「さあ、次は堆肥作りよ! 草と灰を集めてきてちょうだい。

 ……あら、牛はいないの? じゃあ、人間の……ってのはまだ早いわね。

 とりあえず、落ち葉と雑草で代用しましょう!」


 集まった人達が、再びざわついた。


 でも、今度のざわめきは畏れじゃなくて、期待の音だった。


「そして、次は肥料よ! 堆肥作り!!」


 私は落ち葉と雑草の山を指差して、両手をこねる仕草。


「草と落ち葉を集めて、灰を混ぜて水をかけて……時々かき混ぜて、数ヶ月待つの。

 これで土が栄養たっぷりになって、稲ちゃんが元気になるわ~」


 オオミさんが頷きながら、みんなに指示を出したみたい。


 すぐに若い男の子たちが山すそへ走っていって、落ち葉を籠いっぱいに集めてくる。


 龍王山のふもとは、ちょうど広葉樹がいっぱい。


 クヌギやナラの葉が、堆肥にぴったりよ。


 田んぼと山が近くて、落ち葉集めがしやすい絶好の場所ね。


 みんなで落ち葉を積み上げ、昨日焼いた灰を層状に振りかけて、水を優しくかける。


「熱が出るまで待って、混ぜて、また待って……。自然の力で腐らせて、黒い宝物にするのよ」


 私は手本を見せながら、優しく教えた。


「これで今年は少し収穫が増えるかも知れない。そして来年はもっと良い苗を選んで、稲を強く、たくさん実る苗にするのよ」


 言葉は通じなくても、笑顔と親指立てで伝わるものよ。


 夕陽が山すそを赤く染める頃、堆肥の山がいくつか出来上がった。


 みんなの顔に、昨日より確かな期待が浮かんでいる。

勾玉がまた温かくなった。


 ……ふふ、65歳のおばちゃん、今日も古代の農業革命を少しだけ進めたわね。


 正直やり過ぎかとも思うけれど、もう止まらないわ。


 この村の未来、ちょっとだけ変えちゃおうかしら~。



 またもや歴史との違いに驚きを隠せないおばちゃん。

 何とか弱った稲を改善させようと努力しますが……


 次回は、勾玉を使ってコミュニケーションを試みます。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ