2日目 〜あらあら、この田んぼじゃ稲が泣いちゃうわよ~
朝から集落の中心がざわついている。
昨日ミニ羊羹を配ったせいか、今日は私の周りに集まる人が増えていた。
若い男の子たちまで加わり、みんな遠巻きに私を拝んでいる。
……定年後にこんな人気者になるとはね。
でも、みんなの目は本気だ。
昨日の甘い味が、ただの「おかし」じゃなく何か「未来の証」みたいに思われているみたい。
年長の女性が近寄ってくる。
私は心の中で「オオミさん」と呼んでいる――が、私の手を優しく引いて集落の外れへ連れて行った。
そこは水を張った区画がいくつかあるけど、ただの浅い沼地みたい。
土は固くてデコボコ、雑草がびっしりで、水の流れも悪い。
何か植えられている? ……もしかして稲? 苗はひょろひょろで、葉が黄色っぽく元気がない。
「あらあら……これじゃ稲が可哀想に」
私はしゃがみ込んで、土を指でつまんだ。
粘土質が強すぎる。
排水が悪くて根が息苦しいタイプね。
水位が高すぎて酸素不足。
雑草も根張りが強くて、苗を食い荒らしている。
40年現場で見た、初期の低湿地田んぼの典型だわ。
でも、纒向の時代では既に水路が整備されて、稲作も水田が管理されて水位調整も上手くなっていたはず……。
ここは違う。
伝統が色濃く残ってる、もう一つの歴史ね。
それとも……思っているより時代が古い?
弥生後期ではなく、中期……もしかして初期だったり?
周りの人たちが、息を潜めて私の様子を見ている。
私は立ち上がり、ゆっくり息を吸った。
「みんな聞いてちょうだい。この田んぼ、ちょっと問題があるのよ」
言葉は通じない。
でも、ジェスチャーと声のトーンで伝える。
土を指差して首を振り、雑草をむしって「これダメ!」と顔をしかめる。
両手で土を柔らかくこねる仕草をし、水を調整するような動き。
みんな「???」という顔。
若い男の子の一人が、首を傾げて近づいてくる。
「……仕方ないわね。実演よ」
私は作業着の袖をまくり上げ、リュックから手スコ(小型のスコップ)を取り出した。
まず、水門代わりの木の板を動かして水位を少し下げる。
次に、土を掘り返して空気を入れる。
雑草は根から丁寧に抜き、脇に積む。
「ほら、こうやって土をふかふかにして、水は深すぎないように。根が息できるようにするのが大事なのよ~」
実演している間、みんながだんだん近づいてくる。
昨日叫んだ若い娘が、恐る恐る私の横にしゃがみ土を触ってみる。
隣の若い男の子が、真似して木の棒を握った。
「そうそう! いいわよ~。もっと優しく、優しくね。稲ちゃんは繊細さんなんだから」
30分ほどで、ひとつの区画がだいぶマシになった。
水の流れが良くなり、土が柔らかく雑草が減った。
私は満足げに手を叩き、みんなに親指を立てた。
オオミさんが私の手を握った。
その目は昨日より少し柔らかく、でもどこか疲れた色をしていた。
感謝と、ほんの少しの期待。
まるで「これで、子どもたちがもう少しお腹いっぱいになるかも」と言っているように。
私はふふっと笑って、頷き返す。
「これで今年の収穫、ちょっとだけ良くなるはずよ。でも本当はね、もっと良い方法があるの」
心の中で呟いた。
――次は、堆肥の作り方と輪作の大事さ。
あと、苗の選び方。
雑種が多いこの時代の稲を、少しずつ選別して強い株を残すのよ。
だって、少しでも豊かになれば、みんなの暮らしが変わるかもしれない。
邪馬台国の人たちが、少しでも笑顔が増えるかもしれない。
……ちょっと大それたこと考えちゃったわね。
でも、いいわ。
65歳のおばちゃんが、古代の農業を少しだけ手伝うなんて。
昔、学生たちに「現場でこそ学べ」って言い続けたのに、自分は論文にこもってばかりだった。
今度こそ、ちゃんと教えてあげられる。
その時、勾玉が微かに温かくなった。
背中を押すような、優しい温もり。
私はニヤリと笑って、みんなに声をかけた。
「さあ、次は堆肥作りよ! 草と灰を集めてきてちょうだい。
……あら、牛はいないの? じゃあ、人間の……ってのはまだ早いわね。
とりあえず、落ち葉と雑草で代用しましょう!」
集まった人達が、再びざわついた。
でも、今度のざわめきは畏れじゃなくて、期待の音だった。
「そして、次は肥料よ! 堆肥作り!!」
私は落ち葉と雑草の山を指差して、両手をこねる仕草。
「草と落ち葉を集めて、灰を混ぜて水をかけて……時々かき混ぜて、数ヶ月待つの。
これで土が栄養たっぷりになって、稲ちゃんが元気になるわ~」
オオミさんが頷きながら、みんなに指示を出したみたい。
すぐに若い男の子たちが山すそへ走っていって、落ち葉を籠いっぱいに集めてくる。
龍王山のふもとは、ちょうど広葉樹がいっぱい。
クヌギやナラの葉が、堆肥にぴったりよ。
田んぼと山が近くて、落ち葉集めがしやすい絶好の場所ね。
みんなで落ち葉を積み上げ、昨日焼いた灰を層状に振りかけて、水を優しくかける。
「熱が出るまで待って、混ぜて、また待って……。自然の力で腐らせて、黒い宝物にするのよ」
私は手本を見せながら、優しく教えた。
「これで今年は少し収穫が増えるかも知れない。そして来年はもっと良い苗を選んで、稲を強く、たくさん実る苗にするのよ」
言葉は通じなくても、笑顔と親指立てで伝わるものよ。
夕陽が山すそを赤く染める頃、堆肥の山がいくつか出来上がった。
みんなの顔に、昨日より確かな期待が浮かんでいる。
勾玉がまた温かくなった。
……ふふ、65歳のおばちゃん、今日も古代の農業革命を少しだけ進めたわね。
正直やり過ぎかとも思うけれど、もう止まらないわ。
この村の未来、ちょっとだけ変えちゃおうかしら~。
またもや歴史との違いに驚きを隠せないおばちゃん。
何とか弱った稲を改善させようと努力しますが……
次回は、勾玉を使ってコミュニケーションを試みます。




