〜オババ様〜
その者、白き衣を纏いて枯れ果てた野に降り立つ。
神女が最初にワシらの前に現れたのは、そんな姿じゃった。
背格好はワシらに近く、じゃがふっくらとした体つきは腹を空かせたことのない者の証。
大きな勾玉を胸に当て、話しかけてくる。
その声に害意はなく、常に優しく語りかけてきた。
オクトが許し、既にミナがべったりと寄り添い、オオミまで。
ワシらは思う。
「神女ならば、龍の声が聞けるはずじゃ」と、龍の祠へ案内した。
神女は勾玉を額に当て、祈った。
突然、周囲の音が消え、耳が痛むほどの静寂が訪れた。
ほんの一瞬の出来事じゃった。
神女が顔を上げる、確かに龍様の声を聞いたようじゃ。
夕刻から雨が降り始めた。
皆が神女を讃える。
じゃが、今度は雨が止まらなかった。
良い雨は恵みじゃ。
だが多すぎる雨は災いになる。
せっかく芽を出した稲が流され、これ以上降れば山さえ崩れる。
あの女は災いの元か!?
そうかと思うと神女は田へ入り、自ら土を掘り始めた。
溜まった水を外へ流すため、堀の土を掻き出す。
若い男どもも手伝い始め、何とか水が引き始めた頃、雨が小降りになった。
これで、どうにかなったのか?
翌日、水浸しの稲は弱り、葉が黄色く萎れ、根が腐りかけていた。
「さらに水を引いて、灰を撒くのじゃ」ワシの言葉に、真っ先に動き出したのも神女じゃった。
我を通さず、知る者の言葉に従う女。
夕方までかけ、田を救った。
まだ手は抜けぬが、この女が本気であることは伝わった。
数日後、神女を鬼だと聞かされた隣村の男衆が村を襲い、怪我人が出た。
大きな怪我、ましてや腹を刺されたとなると神に祈るか諦めるしか無い。
それを、神女は奇妙な術で手当てを施し命を取り留めた。
じゃが、行き過ぎた術は人々に訝しみを生む。
それでも、神女は治療を続け男は元気になった。
神女は他にも「ムクロジで手を洗え」「ハシを使え」と口うるさく言う。
面倒じゃと思ったが、食事に砂が入らぬ。
慣れれば、こちらの方が良いと気づく者も出た。
ワシらも薄々分かっておる。
土は恵みじゃが、混じる物が変われば害になる。
体に入ってはならぬ物もある。
手を洗う、ハシを使う。
それは、害を口に入れぬ術じゃな。
稲についても細かく指図するが、聞かぬ者もおる。
じゃが、昨年より稲がしっかり育っておるのを見れば、やって良かったと思えてくる。
秋、収穫間近に大風が来た。
稲が倒れ、水に浸かれば食えぬ。
ここでも神女が一番に田へ入り、稲を起こし始めた。
完全に倒れたものは少し早いが穂を切り収穫した。
村の者総出で当たったが、それでも守り切れぬ稲は少なくなかった。
冬を迎え、食い繋いだ蓄えも底を尽くす。
もうワシに思い残す事はない、次代の生に繋ぐとしようか。
「ワシの分は良い。子供らに回せ」
何日も食べておらぬ。
じゃが、空腹は感じぬ。
感じるのは、この村の将来だけじゃ。
神女が導いた豊穣と安定。
村々を繋ぎ、子供らが笑顔で過ごせる世。
ワシはその姿を見られぬまま逝く。
じゃが、後から来るオババよ。
その時に教えておくれ。
この村が、笑顔でいっぱいになった姿を。
オババ様の願いは皆の笑顔。
次にオババが聞くのは、そんな幸せな村の話しだといいですね。




