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『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


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〜ミナ〜

 私の名前はミナ。


 この村は、川が幾度も氾濫して運んだ土と、遠くから流れ着いた人々が寄り集まってできた場所。


 おじいちゃんの話では、昔はもっと深い森に住んでいて、もっと寒い年が続いた後に人が少しずつ下りてきたと聞いていた。


 粟は細々と実るけれど、渡来人に教わった「稲」という作物は、根が水を欲しがりすぎて枯れてしまった。


 今年も種を蒔いたけれど、芽が出るかどうかもわからない。


 夜になると、川の音が村全体を包んで、まるで誰かがずっと囁いているような静かな村。


 その日もいつものように一日を終えて、川で土器を洗っていた。


 仲良しのサキと、村の女たちを束ねる皆から慕われるオオミさんも一緒だった。


 夕陽が水面を赤く染め、影が長く伸びて、私たちの足元で揺れている。


 洗い物を終えて、濡れた手を布で拭きながら村へ戻る道――


 木々がまばらに立つ、いつもより少しだけ空気が冷たい場所で。


「……あれ」


 最初に気づいたのは私だった。


 白い。


 あまりにも白い、何かがそこにあった。


 布の固まりのように見えて、でも布ではない。


 人の背丈ほどもあるそれが、風もないのに微かに揺れている。


 いや、揺れているのは布ではなく、空気そのものだったのかもしれない。


 周りの木の葉が、ざわ……と一瞬だけ息を潜める。


「――神か? それとも、鬼かッ!」


 私の声が、乾いた喉から飛び出した瞬間。


 ヌッ……と。


 その白い塊が、ゆっくりとこちらに向きを変えた。


 頭部らしき部分が持ち上がり――


 そこに顔があるはずの場所が、ただの影のように黒く落ちている。


 なのに、目がある。


 いや、目ではない。


 何か、深い、底の見えない湖のようなものが、私たちを見ていた。


 「!?」


 女たちが一斉に息を呑む。


 オオミさんが洗濯棒を握り直し、サキが石を拾い上げ、誰かが低い唸り声を上げた。


 でも、誰も動けない。


 足が、地面に縫い付けられたように重い。


「……まぁまぁ、※◯せて△◯※な※※◯ね」


 声がした。


 言葉ではない。


 言葉の形をした、風のうねり。


 優しいのに、どこか遠くから響いてくる。


 胸の奥が、ぞくりと震えた。


「◯△は、※◇◯※か※◯おば◇◯※よ。

 ……ちょっと、◯※◇△※ちゃ※◯◇◯みたい」


 意味はわからない。


 なのに、なぜか涙が出そうになる。


 懐かしいような、悲しいような、恐ろしいような――


 そんな、名前のない感情が、喉の奥で渦を巻く。


 訳が分からずオオミさんが洗濯棒を突き出し、サキが石を構える。


 そのとき。


 鬼――


 いや、あの白い影が、ゆっくりと腕を上げた。


 掌に、何かが光っている。


 それは。あまりにも大きな勾玉だった。


 翡翠の色が、夕陽を浴びて溶け出すように輝く。


 村のオババ様たちが大事に胸に下げているものよりも、ずっと、ずっと大きい。


 まるで、夜空に落ちた一粒の月が、緑に染まって地上に降りてきたよう。


 光は脈打つように明滅し、周囲の空気を震わせる。


 木の葉が、ざわざわと鳴り始めた。


 川の音が、遠くに退いていく。


 世界が、急に静かになった。


「……神女」


 オオミさんの声が、掠れて落ちた。


 それは、命令でも、驚きでもなく――


 ただ、長い間待ち望んでいた何かが、ようやく来たことを認めるような、祈りのような響きだった。


 勾玉の光が、私の胸に下げた小さな勾玉に呼応するように、微かに共鳴した。


 その瞬間、白い布の奥から、かすかな香りが漂ってきた。


 森の奥の、誰も踏み入れたことのない湿った土と、

どこかで咲いている、名も知らぬ花の匂い。


 そして、とても古い、でも今この瞬間に生まれたばかりのような命の匂い。


 それが、私たちと神女との出会いでした。

 


ミナちゃんが神女(氷見子さん)に初めて出会った日の物語でした。

 今では娘のように神女にベッタリなミナちゃんですが、最初に「鬼か!」と叫んだは彼女だったのですね。


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