261日目 〜生きる決意〜
春の陽射しはまだ優しく、冷たい風が頰を撫でる日々が続く。
けれど、もう待てない。
この村で生き抜くために、やらなければならないことが、山のように積み重なっている。
田を耕す。
去年はただ種を蒔いただけだった。
今年は違う。
苗代を作り、一つひとつの苗を丁寧に育て、田植えをする。
それだけで、草取りの苦労は半分になる。
種の選別も済ませてある、収穫はきっと去年より増えるだろう。
村の皆が笑顔で稲を植える姿を想像するだけで、胸が熱くなる。
畦を高く築き、水路を巡らせる。
水が命の稲作で、これを怠ればすべてが無に帰す。
だからこそ、土を踏み固め、水の流れを整えるその一歩一歩が、未来への約束になる。
木炭も今のかぶせ式から炭焼き窯に作り直す。
共同調理場の窯が皆に喜ばれたように……いや、失敗したら燃料を無駄にするかも知れない。
それでも。
良質な炭を焼き、土器の焼き上がりを美しく強くする。 そしてその先へ。
もっと高温の窯を作り、鉄を溶かし、ガラスを溶かす。
朝鮮半島から入ってきた鉄器や、ガラス玉を――
この村で、私たちの手で作るんだ。
この近辺は砂鉄が取れる産地として歴史的にも有名だった場所、三輪山付近を流れる川を掬えは砂鉄が取れるだろう。
ガラスは現代のような透明のソーダ灰ガラスでなくていい。
植物灰と石灰石、鉱石の混じったガラスなら出来るはず。
村を守るための武器にも、手を加えたい。
オクトさんに渡した手スコの槍はそのままに。
もっと遠くから見えて、敵を威嚇できるものを。
でも、私の心は決まっている。
争うためじゃない。
守るため。
飢えから、寒さから、悲しみから、みんなを守るため。
土器の品質を上げ、炭を焼き、鉄を鍛え、交易を広げる。
この村から、周りの村々へ手を差し伸べ、やがて「クニ」として栄える。
争いではなく、手を繋いで稲を育て、野菜を分け合い、誰も飢えない世界を。
無茶な夢だと、自分でも分かっている。
いや、無茶を通り越して、妄想に近いかもしれない。
でも、夢を見なければ、ただ死ぬだけだ。
この冬、あの空っぽの倉庫の前で、凍える指で最後のスープをすする時、オババ様が静かに息を引き取られた時、私はもう、黙っていられなかった。
目の前で大切な人が、飢えと寒さに耐えきれず逝くのを、二度と見たくない。
二度と、あの絶望を味わいたくない。
私の知識が、未来をどう変えるかなんて、もう考えない。
今更、後戻りなんてできない。
私はここで生きている。
この村で、この人たちと。
冬の厳しさを、骨の髄まで味わって、ようやく吹っ切れた。
胸の勾玉が、熱く、強く脈打っている。
まるで、私の決意に呼応するように。
ただ、私がもう逃げられないように、締め付けているだけかもしれない。
「おばちゃん、やっと重い腰をあげたのね」
勾玉の声がからかうように、でもどこか冷たく響く。
そうだよ。
約束したんだ。
おばちゃんはこの村のコーディネーターになる。
みんなの笑顔を守るために。
みんなが飢えを知らない未来のために。
――でも、笑顔なんか、最初から望んでいない。
生きていれば、それでいい。
それ以上は贅沢だ。
もう、迷わない。
この春から、私たちは歩き出す。
命を、未来を、繋いでいくんだ。
(涙がこぼれそうになるのを、歯を食いしばって堪えた)
皆さま読んで頂きありがとうございました。
これで第一部完となります。
厳しい冬を超え、悲しい別れもありましたがおばちゃんの2年目の春がスタートします。
第二部まで、暫くお待ち下さい。
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