260日目 〜雪解け、息吹〜
柔らかな陽射しが雪を溶かし、新たな芽吹きで春を知らせる。
やっと春がきた。
何とか冬を過ごす事ができた、20日ほど前には空になった倉庫を目の前に呆然となったものの。オオミさんの機転で、残り僅かな食料を上手く使って凌ぐ事が出来た。
倉庫の扉を開けた瞬間、冷たい風が埃っぽい空気と一緒に顔を叩いた。
中は……本当に、何もなかった。
米はとうに無く粟の袋も底を突き、稗の殻がわずかに残るだけ。
干し野菜の籠は空っぽで、底に落ちていたカブの葉の欠片が、風に揺れてカサカサと音を立てた。
村の皆が集まって、ただ呆然と立ち尽くした。
「これで……あと何日持つ?」
誰かの小さな声が、雪の降る外に溶けていった。
その夜、オオミさんが火のそばで静かに言った。
「まだ、終わりじゃないよ。
みんな、ちょっとだけ我慢して。
私が、なんとかするから」
翌朝から、オオミさんは動き出した。
まずオオミさんがやったのは、「穀物を煮るのをやめる」ことだった。
「もうこれ以上煮詰めても、味は出ない。
だったら、穀物は『最後の味付け』に取っておく」
そう言って、残った穀物を一粒ずつ数えながら、小さな布袋に分けた。
1日あたり、村の大人1人分で……たったの大さじ1杯弱。子供は半分。
代わりに、彼女は村の外れの雪の下に埋めてあった「保存山菜」を掘り起こした。
フキの太い根っこ、ワラビの根茎、ヨモギの硬い茎、タラの芽の芯……凍ってカチカチになったそれを、雪を溶かした冷たい水で少しずつ解凍していく。
「急ぐと苦くなるから、ゆっくりね」
オオミさんの手は赤く腫れていたけど、表情は穏やかだった。
解凍した根っこたちは、灰汁が強くてそのままじゃ食べられない。
だから、大きな土鍋に雪水を張り、根っこを入れて弱火で何時間も煮る。
灰汁を何度も何度もすくい取り、ようやく出てきたのは、ほんのり甘くて土の香りのする透明な出汁。
その出汁に、干しキノコの欠片や、秋に残っていた根菜の皮の端っこを入れて、さらにコクを出す。
最後に、布袋から取り出した穀物をほんの少しだけ溶かし込む。
出来上がったのは、ほとんど「スープ」みたいなもの。
でも、その温かさと、かすかな甘みと土の香りが……空腹の胃を、優しく包み込んでくれた。
オオミさんは、秋に獲った鹿の骨を全部回収した。
「みんな、もう出汁出ないって捨てようとしてたでしょ?」
叩き割って、髄の部分を露出させた骨を、別の鍋で丸一日煮込む。
火のそばに座って、時々かき混ぜながら。
夜になると、鍋から立ち上る白い湯気が、部屋中に骨の甘い匂いを広げた。
翌朝には、鍋の底に白く濁った濃厚なスープができていた。
これを野菜の出汁と混ぜると、まるでクリームスープみたいにまろやかになる。
内臓も乾燥させて粉末にし、鉄の味がするそれを少しずつ振りかけた。
「これで、血が作られるよ」
オオミさんはそう言って、子供たちに特に多めに分けてくれた。
食事の時間が来ると、みんなが集まって小さな土鍋を囲む。
スープは薄くて、底が見えるくらい。
でも、オオミさんは決して「少ない」とは言わなかった。
「今日は『春待ちの修行』だよ。
お腹がすいたら、昔話をしよう」
そう言って、オババ様たちの若い頃の話、笑える失敗談、恋の話……
みんなが順番に話す。
薄いスープをちびちびと口に運びながら、笑い声が響く。
空腹の痛みが、ほんの少しだけ遠のく。
「オオミさん、もっと話して」
子供がそう言うと、オオミさんは目を細めて、「じゃあ、次は私が昔、若かった頃の話ね……」と、ゆっくり語り始めた。
最後の1週間
穀物が本当に底をついた日。
オオミさんは、最後の布袋を開けて言った。
「これで、終わり。でも……もうすぐ春だよ」
みんなで最後のスープを飲み干した。
その味は、ほとんど水に近かったけど、骨の髄の甘みと、根っこの土の香りと、みんなの笑い声が混ざって、なんだか……すごく、温かかった。
そして、数日後。
雪が溶け始め、ふきのとうが顔を出した。
オオミさんは、静かに空の倉庫の前で呟いた。
「やっと、春が来たね」
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この辺は、現代の知識では思い付かないところよね。
日の光を反射してキラキラ眩い川の流れ、芽吹くふきのとう。
春を感じて、皆の顔にも喜びが見える。
ただ、まったく何も無かった訳ではない。
オババの一人が冬の間に亡くなった。
歳のせいもあるだろうけど、冬の寒さと飢えに耐えられなかったのだろう。
この時代に老衰で亡くなるというのは稀、殆どは病気や怪我が元になったりだ。
オババの埋葬は、村の外れに代々の村人が埋葬された場所に行われた。
いわゆる甕棺に入れられて、その人に縁のあった物を土器にして一緒に埋める。
「オババ様、何者かも知れない私を受け入れてくれてありがとう。この村をもっと豊かに、皆が飢えなくてよい場所にするから見といてね」
オクトさんが、オババさまの代わりに私が次のオババだと言われた。
ちょっと待って! 私はまだそんな歳じゃ――
いや、この村で他にいるオババ様より私の方が年上だね……。
「神女オババ」
タケくんがふざけてそう呼んでくる。
仕方ない、オババもいっちょ頑張りますか。
やっぱり収穫直前の台風の影響は大きかったみたいです。
オオミさんの知恵で乗り越えた冬でしたが、オババ様……。
次回、春がきて新たにおばちゃんが決意します!




