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『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


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260日目 〜雪解け、息吹〜

 柔らかな陽射しが雪を溶かし、新たな芽吹きで春を知らせる。


 やっと春がきた。


 何とか冬を過ごす事ができた、20日ほど前には空になった倉庫を目の前に呆然となったものの。オオミさんの機転で、残り僅かな食料を上手く使って凌ぐ事が出来た。


 倉庫の扉を開けた瞬間、冷たい風が埃っぽい空気と一緒に顔を叩いた。


 中は……本当に、何もなかった。


 米はとうに無く粟の袋も底を突き、稗の殻がわずかに残るだけ。


 干し野菜の籠は空っぽで、底に落ちていたカブの葉の欠片が、風に揺れてカサカサと音を立てた。


 村の皆が集まって、ただ呆然と立ち尽くした。


「これで……あと何日持つ?」


 誰かの小さな声が、雪の降る外に溶けていった。


 その夜、オオミさんが火のそばで静かに言った。


「まだ、終わりじゃないよ。

 みんな、ちょっとだけ我慢して。

 私が、なんとかするから」


 翌朝から、オオミさんは動き出した。


 まずオオミさんがやったのは、「穀物を煮るのをやめる」ことだった。


「もうこれ以上煮詰めても、味は出ない。

 だったら、穀物は『最後の味付け』に取っておく」


 そう言って、残った穀物を一粒ずつ数えながら、小さな布袋に分けた。


 1日あたり、村の大人1人分で……たったの大さじ1杯弱。子供は半分。


 代わりに、彼女は村の外れの雪の下に埋めてあった「保存山菜」を掘り起こした。


 フキの太い根っこ、ワラビの根茎、ヨモギの硬い茎、タラの芽の芯……凍ってカチカチになったそれを、雪を溶かした冷たい水で少しずつ解凍していく。


「急ぐと苦くなるから、ゆっくりね」


 オオミさんの手は赤く腫れていたけど、表情は穏やかだった。


 解凍した根っこたちは、灰汁が強くてそのままじゃ食べられない。


 だから、大きな土鍋に雪水を張り、根っこを入れて弱火で何時間も煮る。


 灰汁を何度も何度もすくい取り、ようやく出てきたのは、ほんのり甘くて土の香りのする透明な出汁。


 その出汁に、干しキノコの欠片や、秋に残っていた根菜の皮の端っこを入れて、さらにコクを出す。


 最後に、布袋から取り出した穀物をほんの少しだけ溶かし込む。


 出来上がったのは、ほとんど「スープ」みたいなもの。


 でも、その温かさと、かすかな甘みと土の香りが……空腹の胃を、優しく包み込んでくれた。


 オオミさんは、秋に獲った鹿の骨を全部回収した。


「みんな、もう出汁出ないって捨てようとしてたでしょ?」


 叩き割って、髄の部分を露出させた骨を、別の鍋で丸一日煮込む。


 火のそばに座って、時々かき混ぜながら。


 夜になると、鍋から立ち上る白い湯気が、部屋中に骨の甘い匂いを広げた。


 翌朝には、鍋の底に白く濁った濃厚なスープができていた。


 これを野菜の出汁と混ぜると、まるでクリームスープみたいにまろやかになる。


 内臓も乾燥させて粉末にし、鉄の味がするそれを少しずつ振りかけた。


「これで、血が作られるよ」


 オオミさんはそう言って、子供たちに特に多めに分けてくれた。


 食事の時間が来ると、みんなが集まって小さな土鍋を囲む。


 スープは薄くて、底が見えるくらい。


 でも、オオミさんは決して「少ない」とは言わなかった。


「今日は『春待ちの修行』だよ。

 お腹がすいたら、昔話をしよう」


 そう言って、オババ様たちの若い頃の話、笑える失敗談、恋の話……


 みんなが順番に話す。


 薄いスープをちびちびと口に運びながら、笑い声が響く。


 空腹の痛みが、ほんの少しだけ遠のく。


「オオミさん、もっと話して」


 子供がそう言うと、オオミさんは目を細めて、「じゃあ、次は私が昔、若かった頃の話ね……」と、ゆっくり語り始めた。


 最後の1週間


 穀物が本当に底をついた日。


 オオミさんは、最後の布袋を開けて言った。


「これで、終わり。でも……もうすぐ春だよ」


 みんなで最後のスープを飲み干した。


 その味は、ほとんど水に近かったけど、骨の髄の甘みと、根っこの土の香りと、みんなの笑い声が混ざって、なんだか……すごく、温かかった。


 そして、数日後。


 雪が溶け始め、ふきのとうが顔を出した。


 オオミさんは、静かに空の倉庫の前で呟いた。


「やっと、春が来たね」


 ・

 ・

 ・

 

 この辺は、現代の知識では思い付かないところよね。


 日の光を反射してキラキラ眩い川の流れ、芽吹くふきのとう。


 春を感じて、皆の顔にも喜びが見える。


 ただ、まったく何も無かった訳ではない。


 オババの一人が冬の間に亡くなった。


 歳のせいもあるだろうけど、冬の寒さと飢えに耐えられなかったのだろう。


 この時代に老衰で亡くなるというのは稀、殆どは病気や怪我が元になったりだ。


 オババの埋葬は、村の外れに代々の村人が埋葬された場所に行われた。

 いわゆる甕棺に入れられて、その人に縁のあった物を土器にして一緒に埋める。


「オババ様、何者かも知れない私を受け入れてくれてありがとう。この村をもっと豊かに、皆が飢えなくてよい場所にするから見といてね」


 オクトさんが、オババさまの代わりに私が次のオババだと言われた。


 ちょっと待って! 私はまだそんな歳じゃ――


 いや、この村で他にいるオババ様より私の方が年上だね……。


「神女オババ」


 タケくんがふざけてそう呼んでくる。


 仕方ない、オババもいっちょ頑張りますか。




 

 

 

 

 

やっぱり収穫直前の台風の影響は大きかったみたいです。

オオミさんの知恵で乗り越えた冬でしたが、オババ様……。


 次回、春がきて新たにおばちゃんが決意します!

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