140日目 〜雪の足跡、冬の贈り物〜
冬の訪れは早かった。
台風の傷跡が残る村に、霜が降り、田んぼの水面が薄氷で覆われるようになった。
「弥生時代まで寒冷期が続いてたから、寒くなるのも早かったのね」
この辺の意識も甘かった、もう少し秋の余韻と冬の準備が出来ると思っていたのに。
意外だったのは竪穴式住居が思っていたより温かだったこと。
掘り下げた地面が地熱を伝え、床に藁を敷いて毛皮で湿気を防ぐ。
これもリアルに体験しないと分からない事ね。
高床倉庫に上げた籾米は少ない。
干した山菜や塩漬けの魚も、春まで持つかどうか……。
「オクトさん、米が足りない……子供たちがお腹を空かせてる」
サキが火のそばで子を抱きながら、弱々しく言った。
「わかっている。米だけじゃ冬は越せない。粟はいつも通りと聞いたが、狩りをして肉も準備しなければ」
サキさんや他の皆も頷いた。
「そうだな。冬は動物が動き回る。雪で足跡が残るから、追跡しやすい」
「でも、雪山は危ない。寒さで体も動きにくいし獣の反撃で死ぬ者も出る」
「だからこそ、みんなで協力するのよ。一緒に動いて安全第一にね」
翌朝、狩猟隊が出発した。
オクトさんが隊を率い、タケくんに他の大人も混じって私もついて行く。
65歳のおばちゃんが役に立つのかって? 現場作業とフィールドワークで鍛えた足腰はまだまだ健在よ。
山道を登る。
雪がくるぶしまで積もっている、息が白い。
皆、藁で編んだ雪靴を履き、竹の槍と弓矢を携えて進む。
石鏃の矢尻は鋭く研いである、縄文・弥生風の道具だったのを改良もしてある。
「足跡だ」
タケくんが雪に残る足跡を見つけた。
動物の蹄の跡が、深く刻まれている。
「これは鹿の足跡だ。昨夜くらいの物だな、群れで移動してるようだ」
オクトさんが周囲を見回す。
「猪の跡もあるぞ。根を掘った跡だ。腹が減ってる証拠だな」
オクトさんが皆に説明する。
「鹿は草食だから、雪の下の枯れ草を探してる。猪はドングリや根っこを掘り返す。
どちらも冬は体力が落ちてるから、獲りやすい。
でも猪は牙が鋭いから、絶対に近づきすぎるなよ」
最初の獲物は、鹿だった。
雪原の端で、群れが枯れ草を食べているのを見つけた。
風下からゆっくりと近づき、弓を構える。
「今だ! 一番後ろの弱ったやつを狙え!」
タケとオクトさんが同時に矢を放つ。
一本が命中。
鹿がよろめき、逃げようとするけれど足がもつれて転ぶ。
「追うぞ! 逃がすな!」
皆で駆け寄って、槍で仕留めた。
血が雪を赤く染める。
「これで肉が取れる。皮も剥いで、毛皮にしよう」
次は猪の罠だ。
オクトさんが事前に見つけた場所に、穴を掘るよう指示をする。
雪の下に深い穴を掘り、枝と葉で覆い、誘い餌にドングリを置く。
「オクトさん、これで本当に猪が落ちるのか?」
タケくんが不安げに聞いた。
「落ちるさ。猪は好奇心旺盛で、餌を見つけると突進する。
落ちた猪は暴れるからな、すぐに槍でトドメを刺すんだ」
翌日、確認に行くと――
穴に猪が落ちていた。
暴れる音が響く。
「いた! みんな、槍を!」
オクトさんが先頭に立ち、槍を突き刺す。
心臓を狙った一突き。
猪の咆哮が山に響き、そして静かになった。
「でかい……これで肉がたっぷりだ」
タケくんが興奮して頬を真っ赤にして喜んでいる。
猪の足を持ち上げると、頸動脈を切って血抜き。
それが済んだら内臓を取り出しそのまま落とし穴へ捨てる。
心臓と肝臓だけは雪で冷やして持って帰り、皆の晩御飯になる。
終わったら太い枝に吊るして担ぎ、途中の川で汚れを落として水に浸けて暫く冷やす。
ずしりと肩に食い込む木の枝、しかしこれだけの肉が食べられるかと思うと皆も自然と笑顔になる。
私は皆の槍を持っているだけだけど。
村に戻ると、オオミさん達が待っていた。
「無事でよかった……!」
ミナちゃんが駆け寄ってきた。
「さあ、皆んな手伝え! 肉を薄く切って干すんだ! 燻製にして、冬の保存食にするぞ」
サキが肉を切りながら言った。
「去年の冬、肉がなくて木の皮を煮て食べた……今年は違うね」
「違うさ。鹿の皮で新しい服を作って、暖かくして。
骨は煮出してスープに。髄まで食べ尽くすぞ」
狩猟は数回に分けて行った。
鹿三頭、猪二頭。
それで、村の全員に肉を分け合えた。
夜には、火を囲んで皆で肉を焼いて食べた。
脂が滴り、香ばしい匂いが広がる。
「オクトさん、ありがとう……」
無事に狩が終われた事に感謝して頭を下げる。
「みんなの力だ。狩りも、処理も、保存も。
一人じゃできない」
トキオが笑った。
「オクトさんの知恵がなかったら、今年の冬は越せなかったかもな。
台風で稲がやられて、でも狩りで補えた」
ミナちゃんが子を抱きながら言った。
「春になったら、また田んぼを直そうね。
今年はもっとたくさん実るように」
オクトさんが頷いた。
「そうだな。
冬を越せば、春が来る。
神の雷は過ぎ、畑は涙を流したけど……
今度は雪が、命の恵みを運んでくれた」
雪の足跡は、村に冬の贈り物を残した。
私たちは、なんとか飢えを凌いで春を待てる。
弥生時代は、またまだ現代より寒かったようですね。
としても狩が上手くいって良かった。
次回、待ち侘びた春の到来ですが?




