28日目 〜あなたの初夏が、ここにある〜
初夏を思わせる強い陽射しが、逞しく育った緑の稲と競うように照りつける。
空はどこまでも高く、風はまだ梅雨の湿り気を帯びていない。
隣村での指導は、ようやく一区切りついた。
水田の改良法、堆肥の作り方、そして共同水路の計画――
竹製水車と竹樋を村まで通す案を、長老や大人たちに認めさせた。
とはいえ、隣村の大人たちは最後まで疑心暗鬼だった。
「そんなもので本当に水が上がるのか」
「また失敗したらどうする」
「うちの村の竹を無駄にする気か」
正直、昨日までの水車組の進捗も遅々として進まず、私自身、心の中で何度もため息をついていた。
それでも、毎日隣村へ通い続けた。
以前作った堆肥を分け与え、作物の生育の違いを実際に見せ、言葉だけではなく結果で説得するしかなかった。
「あとは水車が完成すれば……この人たちをあっと言わせられるのに」
その日の指導を終え、オオミさん、ミナちゃんと村への帰り道を歩いていると、村境の木陰で、タケくんがソワソワしながら立っていた。
「あっ! やっと来た! 早く早く!」
タケくんが駆け寄り、私の手をぐいっと掴む。
「ちょっと、ちょっと! どうしたの?!」
走りながら、タケくんが興奮した声で叫ぶ。
「水車! 水車が回ったんだよ! 本気で、ちゃんと回ってる!」
私たちは顔を見合わせ、思わず足を速めた。
川辺に近づくと――
カラン、カラン……ザーッ……カラン、カラン……ザーッ……規則正しい水車の音と、水が竹樋を流れ落ちる爽やかな音が響き合う。
太い竹で組まれた大きな輪が、川の流れに押されてゆっくり、しかし確実に回っている。
外周に取り付けられた竹筒が、下で水を掬い、頂上で静かにこぼす。
その水は、継ぎ目を粘土と藁で固めた竹樋を伝い、村の田んぼの方へ細く、でも途切れなく流れていく。
オクトさんをはじめ、大人たちは何も言わずに水車の動きを見つめ、固まっていた。
ミアケさんは腕を組み、口元に笑みを浮かべている。
オババ様は静かに頷き、目を細めている。
タケくんが大声で叫ぶ。
「連れてきたよ! 神女様たち! 見て見て、ほんとに上がってる!」
「すごい……! すごい、すごい! オクトさん、やったじゃない!」
私が思わず声を上げると、オクトさんが照れくさそうに頬を染めながら、でも誇らしげに胸を張る。
「いや……みんなだ。失敗ばっかりで、何度も壊れて、腹立って投げ出したくなったけど……
神女の設計図と、タケの奴らの斜め切りアイデアがなかったら、ここまで来れなかった」
ミナちゃんが目を輝かせて竹樋に手を伸ばす。
「冷たい! 水がちゃんと流れてる……これで水汲みしなくていいんだね!」
オオミさんが静かに呟く。
「子供たちが、こんなに喜ぶ顔を見るのは久しぶりじゃ……」
私は水車のそばに立ち、ゆっくり回る輪を見つめる。
失敗の跡があちこちに残っている。
縄の巻き直し跡、割れた竹の補修、粘土の厚塗り……
でも今、この瞬間、それはすべて「成功」の証だ。
オクトさんが私の肩を軽く叩く。
「隣村の連中にも、見せてやろう『ほら、言った通りだろ』って、胸張って言える日が来た」
私は笑って頷く。
「ええ。明日、みんなで連れて行きましょう。
きっと、あの人たちも……同じ顔になるはず」
オババ様がゆっくり歩み寄り、穏やかな声で言う。
「一つ、また一つじゃのう。
まだ梅雨は来ぬ。まだ収穫は遠い。
だが、今日という日が、皆の心に根を張った。
あなたの初夏が、ここにあるわよ」
水車の音が、川のせせらぎと混じり合い、初夏の風に乗って村全体に広がっていく。
カラン、カラン……ザーッ……
それは、希望の音だった。
水車! 回りました! オクトさん、タケくんも頑張ったね。
次回、水車のお披露目です。




