16日目 〜火は幸いにも災いにも〜
争いの翌朝、村は静かだった。
血の匂いがまだ土に残っている。
倒れた若い男の子は一命を取り留めたが、腹の傷は深く、熱を出してうなされている。
オオミさんが看病を続け、私の縫合した傷口を時々ムクロジの泡で洗ってくれる。
でも、村の空気は重い。
「神女の呪い」「龍が怒っている」と囁く声が聞こえる。
私の治療が「異常」すぎたせいだ。
オクトさんが言った。
「これ以上、村を割るな。まずは守る力が必要だ」
私は、現代から一緒に持ってきたリュックを開く。
取り出したのは発掘作業に使ってた手スコ。
私の旦那は、昔は刀鍛冶をしていた家系を持つ鍛冶屋だった。
亡くなる前に、玉鋼で鍛えたスコップをくれた。
「現場で使えよ、氷見子」って、笑って。
私の手にすごく馴染んで、根本はしっかりとしてるけど刃先や縁は薄くて土を薄く切り取れるくらい鋭くて。
そのスコップを、槍に見立てて改良する。
「許してくれるわよね、彦助さん」
目釘を抜いて、握りを外す。
代わりにオクトさん用に準備した槍の穂先をこのスコップに変えるの。
光を反射するほど磨かれた鉄製で、穂先が20cmもある槍を見たら、驚いてくれるでしょう?
これはあくまで威嚇牽制用で、蓄えてあった種籾と食料を持って隣村へ交渉に向かう。
と言っても向かうのはオクトさんと、他の大人、それにオババ様が一人。
実質の交渉役はオババ様ね。
村を襲わない代わりに、田畑の改良、肥料作成、共同水路の提案。
これらを条件にして休戦を結んで貰う。
オクトさん達が交渉に出掛けている間に、私たちはやる事があるの。
「村を守る力」
鉄をゼロから作るのは無理。
でも、青銅の槍の破片や、昔から村に残る古い鉄片を集めれば、再鍛造できる。
弥生の頃の人は、そうやって鉄器を再生していたんだから。
集落の外れ、川近くの窪地に小さな鍛冶場を急ごしらえした。
深く掘った竪穴を炉代わりに。
底に粘土を厚く塗り、側面を石で囲んで空気を逃がさないようにした。
登り窯みたいに高温は出せないけど、木炭をたくさん詰めて送風すれば、800〜1000℃くらいは狙えるはず。
タケくん達が壊れた青銅槍の破片と、納屋の隅から掘り出した錆びた鉄の欠片を持ってきてくれた。
鉄片は小さくて薄いけど、叩けば刃にできる。
「これで槍の先を補強するんだね」
タケくんが低い声で言った。
私は頷いて、火を起こした。
まず、木炭を炉に山盛り。
村の子供たちが拾ってきた枯れ枝で火を付け、息を吹きかけて赤くする。
次に、簡易なふいごを作った。
竹を二本繋げて筒にし、皮袋を付けて空気を送るふいご。
オオミさんとミナちゃんが交互に踏んで送風してくれる。
炉の中が赤くなり、ジュウッと音を立て始めた。
青銅の破片を最初に入れる。
青銅は溶けやすい。
800℃くらいで柔らかくなるはずだ。
トング代わりの木の枝で破片を掴み、赤く熱されたところで石の上で叩く。
カン、カン。
音が響く。
破片が伸び、薄くなる。
叩きながら形を整え、槍の先端に嵌め込むための溝を作る。
次は鉄片。
鉄は青銅より融点が高い。
完全に溶かすのは無理だけど、赤熱させて叩けば、延ばせて固められる。
木炭の火を絶やさず、送風を強くする。
汗が目に入る。
炉の熱が顔を焼くように熱い。
「もっと風を! ミナちゃん、踏んで!」
ミナちゃんの小さな足が一生懸命に動く。
炉の中がオレンジから白熱に変わる。
鉄片が赤く光り、柔らかくなったところで取り出し、石の上で叩く。
カンッ! カンッ! カンッ!
毎回、火花が散る。
鉄が伸び、形になる。
錆びていた部分が剥がれ鈍い銀色が現れる。
叩いては炉に戻し、熱して叩く。
これを繰り返す。
原始の鍛冶。
熟練の職人じゃないけど、彦助さんの仕事はずっと見てきた。
ただ、叩く。
叩いて、形にする。
ようやく、槍の先端に嵌まる小さな刃ができた。
青銅の破片を巻き付けて補強し、鉄の部分を叩き締めて固定。
粗いけど、元の槍より鋭く丈夫になった。
大人の一人に槍を渡して、試してもらう。
「……悪くない。神女、これで村を守れる」
私は息を切らしながら頷いた。
手が震え、火傷が疼く。
でも、少し軽くなった。
夜、残り火を見ながら思う。
龍の恵みは水をくれた。
知識は手をきれいにし、命を繋いだ。
でも、守るためには火が必要だ。
泥くさい火、血なまぐさい火。
妬みは消えない。
だから、叩くしかない。
勾玉を握りしめ、星空を見上げた。
明日から、もっと鉄片を集めよう。
もっと炉を改良しよう。
村の男たちに叩き方を教えよう。
争いは終わらない。
でも、私たちは戦う。
泥くさく、血なまぐさく。
隣村との交渉も続けながら、万一の準備も怠りません。
次回は、おばちゃん知識である物を作ります。




