表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『翡翠の勾玉が繋ぐもう一つの歴史』 〜65歳考古学者おばちゃんの古代倭国セカンドライフ〜  作者: カジキカジキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/12

0日目 〜勾玉が、私を連れ戻しに来たみたい〜

「……もう、こんなところで終わり?」


 最後の発掘トレンチを埋め戻す土をスコップでならしながら、ふと呟いた。


 宮前氷見子、65歳。


 埋蔵文化財調査士の資格を持ち、奈良の現場を40年近く走り回ってきた。


 夫は10年前に先に逝き、子供たちも既に独立している。


 定年後は「もう少しだけ、遺跡と向き合いたい」と嘱託で残っていた。


 でも、今日で本当に最後。


 明日からは、ただの年金暮らしのおばちゃん。


「ま、いいわよね。長いこと土まみれで幸せだったもの」


 そう自分に言い聞かせて、ズボンに付いた土を払っていると――

 夕陽に照らされた包含層の端っこで、翡翠の緑がキラリと光った。


「……あら?」


 近づいてみると、完璧な曲線の勾玉。


 宝石質のアップルグリーン、糸魚川産特有の透明感。


 縄文~弥生の最高級品だ。


「こんなのが、まだこんな浅い層に…?」


 心臓がどくんと鳴る。


 これは、ただの出土品じゃないかも。


 標準手順を踏みながら、慎重に取り上げる。


 写真、実測、位置記録。


 全部終わって、掌に載せた瞬間――


 ズンッ!

 

 勾玉がずしりと重くなった。


 重いんじゃない? 耳鳴りと同時に私の視界がズレた。


 足元の土が急にふわっと浮く。


 視界の端で、地層の断面が剥がれるみたいにめくれ上がる。


(これ、地層が逆転してる?……)

 

 乾いた掘削土の匂いが、一瞬で湿った草の青臭さに変わった。

 

 鼻がツンと痛い。


 耳元で、風が草を擦る音が急に大きくなった。

 

 夕陽の色が一瞬青く反転して、視界を白く焼いた。


 まぶたの裏に、40年分の現場写真がフラッシュバックする。


(これ……労災でるのかしら……って今更もう無理よね)


 映像が途切れ、倒れ込んだ先はもうトレンチの底じゃなかった。


 柔らかな草の感触。


 爽やかな風が頬をくすぐり、草の香りがふわりと鼻を抜けていく。


 ゆっくり目を開けると……。


 広大な草の野原。


 整然としたトレンチも、測量器具も、仲間たちの声も何もない。


 ただ風に揺れる草と、遠くの山並み。


 いつものように寄り添う双耳峰の二上山。


 長年見慣れたあの形を見間違えるはずがない。


 顔を右に向けると生駒山の稜線が、夕陽を背にぼんやりと浮かんでいる。


 奈良盆地の西の守り神のような、あのなだらかな山容。


「……ここは、纒向遺跡(まきむくいせき)の近く……?」


 もし二上山と生駒山がこの位置関係で見えるなら、ここはまさに桜井市周辺の奈良盆地東南部。


 発掘現場だった場所?


 でも、南に目を凝らしても――


 箸墓古墳がない。


 全長280mを超える、あの巨大な前方後円墳が跡形もなく消えている。


「……まさか」


 掌の勾玉が、急に熱くなった。


 まるで「よく気づいたわね」とでも言うように。


 心の中で計算が回る。


 古墳築造前、弥生中期から後期?


 魏志倭人伝の「女王の都」が、まだ古墳じゃなくて集落だった時代――


「邪馬台国……なの? 本当に?」


 邪馬台国に憧れた学生時代を思い出して、思わず身震いする。


 ふと、遠くに高床倉庫のシルエット。


 纒向の復元図そのまんまの風景。


「あらあら……嘘みたい」


 集落に向けて歩き出す。


 足取りは意外と軽い。


 これから起こり得る事を考えると、不安より好奇心が私の心臓をドキドキさせる。


 少しすると、草むらの向こうから人の声が聞こえてきた。


 低く抑揚のある古代語……喉の奥から響くような、子音の強い響き。


 万一に備えて、息を潜めて木陰に隠れる。


 数人の若い女たちが、籠を抱えて歩いてくるのが見えた。


 麻布の粗末な服、首に勾玉の首飾り。


 その中の一人がこちらに気づいた。


 視線が、ぴたりと合う。


 若い娘の瞳が大きく見開かれる。


 彼女が叫んだ。


 言葉はわからない。


 でも、意味ははっきり伝わってきた。


「――神か? それとも、鬼かッ!」


 女たちが一斉に身構える。


 誰かが木の棒を構えた。


 そうよね……私の今の格好、作業服に頭にはヘルメット、おばちゃんの必需品農作業用帽子という完全装備のままだったし。


 私は思わず後ずさりながら、勾玉を握りしめる。


 熱い。


 熱すぎる。


 まるで「逃げるな、捨てられたいのか?」と言ってるみたいに。


 私は、覚悟を決めて木陰からゆっくりと彼女達の前に姿を現した。


 ヘルメットと帽子をとりながら。

 

「まぁまぁ、怖がらせてごめんなさいね」


「私は、未来から来たおばちゃんよ。

 ……ちょっと、遊びに来ちゃったみたい」


 もちろん、言葉は通じない。


 彼女達の顔つきがさらに険しくなった。


 手に持った棒を前に突き出し、石を拾って投げようとする。


 慌てて勾玉を持った手を上に掲げる。


 夕陽を浴びて、翡翠が輝いた瞬間――


 彼女たちの表情が変わった。


 驚愕から、畏怖へ。


 棒や石を手離し、後ずさりながらゆっくりと地面に膝をつく。


「……神女かみめよ」


 震える声で、誰かが呟いた。


 私は、呆然と立ち尽くす。


 掌の勾玉は、今度は冷たく「さあ始まるわよ」と言うように静かに光っていた。


 ――これから、私、どうなるの?


 定年したはずのおばちゃんが、古代の空の下で静かに息を吐いた。

 

(のんびり年金暮らしは暫く無理そうね。土まみれの人生、定年しても終わらないみたい)




 読んで頂きありがとうございます。


 氷見子さんがタイムリープしたのは、長年研究していた弥生時代の纒向?

 おばちゃんのコミュニケーションパワーで様々な障害を乗り越えて弥生時代をどう生き延びるのか。

 スローでハードな弥生ライフヒストリーです。


 次回は、弥生人とのコミュニケーションの取り方とは? そして思いがけない纒向の現実。


 面白い、続きが気になると思われましたらブックマーク、フォローをお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ