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最終話 7回目のループの終わりと、始まりのブレンド

 舞踏会での「焙煎事件」から数日後。


 カフェ『クロノス』には、いつもの朝日が差し込んでいた。

 古時計が時を刻む音。湯気が立つ音。


 そして──


「アリス! 城の料理長を解雇して君を雇おうと思うんだが、どうかな!」

「却下です」

「アリス、防犯設備を強化した。窓ガラスを全て防弾仕様の魔導ガラスに変えておいたぞ」

「過剰です」

「……アリス、俺、今日からここの2階に住むことにした。家賃は体で払う」

「不法侵入で通報します」


 ……訂正しよう。


 静寂など微塵もない、いつもの「戦場」だ。


 カウンターには、懲りもせず来店したヘリオス殿下、ジークハルト騎士団長、そして元暗殺者のレンが並んで座っている。


 さらに。


「お姉様! わたくしにもその『モーニング』というのを作りなさい! トマトは抜いてくださいね!」

「フン……アリス、今日のコーヒーは酸味が強いな。豆の選定を変えたか?」


 テーブル席には、なぜか聖女リリアナと、私の父であるローゼンバーグ公爵が陣取っている。


 リリアナは文句を言いながらも毎日通ってくるし、お父様は仕事の合間(サボり?)に必ず顔を出すようになった。


 私の店は、いつの間にか「王都で最も人口密度の濃いVIPルーム」になってしまったようだ。


(……はぁ。私のスローライフ、どこ行ったのよ)


 私は深いため息をつきながら、ドリッパーにお湯を注ぐ。

 あの舞踏会の夜、バルコニーにいた「犯人」──とある男爵令嬢は、すぐに捕まった。


 彼女は「転生者」だったらしい。「なんでシナリオ通りにいかないのよ!」と叫んでいたが、王宮の地下牢で頭を冷やしているそうだ。


 こうして、「断罪イベント」という名の時限爆弾は完全に撤去された。


 本来なら、これで私は自由の身。どこへでも行けるし、何でもできる。


 なのに。


「……アリス」


 ヘリオス殿下が、真剣な顔で私を見つめた。


 その手には、王家の紋章が入った指輪が握られている。


「もう一度、正式に申し込む。……王宮に来てくれないか? 君の淹れるコーヒーがない人生なんて、もう考えられないんだ」

「殿下、抜け駆けはずるいですよ。アリス、俺なら君の店ごと騎士団の敷地内に移築できる」

「俺なら、一生皿洗いをしてもいい」


 男たちが身を乗り出す。


 リリアナが「お姉様が王妃なんて生意気ですわ!」と騒ぎ、父が「嫁にはやらん」と新聞をバサッと広げる。


 カオスだ。


 本当に、面倒くさい人たち。


 でも。


(……不思議ね)


 私は彼らの騒がしい声を聞きながら、不思議と心地よさを感じていた。


 1回目から6回目までの人生。私はずっと孤独だった。

 愛されようと必死で、空回りして、最後は誰にも理解されずに死んでいった。


 けれど、7回目の今。


 私は誰にも媚びず、好きなことをして、塩対応を貫いている。

 それなのに、私の周りにはこんなにも人が溢れている。

 私が淹れたコーヒーを、美味しいと笑ってくれる人たちがいる。


「……お断りします」


 私はきっぱりと告げた。


 全員が「えっ」と固まる。


「私は王妃にもならないし、騎士団の専属にもなりません。私はただの『カフェの店主』です」


 私はサーバーを持ち上げ、それぞれのカップに琥珀色の液体を注いでいく。


「それに……ここで貴方たちの相手をするので手一杯なんですよ。これ以上、仕事を増やさないでください」


 私が苦笑しながら言うと、ヘリオス殿下が、そしてみんなが、ぽかんとして──


 次の瞬間、店中に爆笑の渦が巻き起こった。


「ははは! そうか、振られたか! いや、保留か?」

「手一杯と言われてしまっては仕方がないな」

「……ま、この席が空いてるなら、それでいいや」


 彼らは清々しい顔で、それぞれのカップを手に取った。

 今日淹れたのは、私のオリジナルブレンド「クロノス」。

 苦味、酸味、甘味、コク。


 どれか一つが突出するのではなく、全てが複雑に絡み合いながら、一つのハーモニーを奏でる味。


 それはまるで、この騒がしい日常そのものだ。


 ズズッ。


 全員が同時にコーヒーをすする。

 そして、同時に「ふぅ」と安堵の息を吐く。

 その幸せそうな顔を見て、私は確信した。


 ──もう、ループはしない。


 「タイムカード」を押して退勤する必要なんてない。

 だって、ここが私の居場所だから。


「……おかわり、いりますか?」


 私がぶっきらぼうに聞くと、全員が満面の笑みで答えた。


「「「喜んで!」」」


 ループ7回目の公爵令嬢アリス・フォン・ローゼンバーグ。


 恋愛も復讐も面倒なので全部捨てたら、代わりに最高の「居場所」と「仲間」が手に入りました。


 私の淹れるコーヒーの香りは、今日も路地裏から王都へと広がっていく。


 騒がしくも愛おしい、最高の日常の香りとして。


(完)

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