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季節の静けさ  作者: 波歌
46/83

日記 48

ஐ.❀ ✧0.009-01

ᵕ̣̣̣̣̣̣ 日記 48


夜更け、私は一人で縁側に座っていた。数時間、膝を折り、軒から滴る水の音に耳を澄ませて。温かい雨は数時間前に過ぎたのに、庭の石を包むように霧が残り、細い糸のように小道から立ち上っていた。

その先に広がる大地は、現実味を失うほど鮮やかな緑に覆われていた。翡翠、エメラルド、月明かりを水のように受け止める若葉の淡い輝き。霧は畑を低く流れ、丘の斜面をゆっくりと這い上り、触れるものすべての輪郭をやわらかく曖昧にしていく。木々でさえ眠たげに見え、枝は水分を含んで重く、その姿は銀の靄に溶けていた。虫の声が催眠のように続き、森の奥で一度だけ梟が鳴いてから沈黙する。世界全体が雨上がりに目覚めたばかりのように静かで、呼吸をしていて、神聖でありながら親密でもあった。手に油と薬草の匂いを残したまま、しばらく立ち尽くし、「癒し」というものに形があるなら、きっとこれなのだろうと思ったのを覚えている。

その夜遅く、母が帰ってきた。袖は湿り、髪は少しほどけて。チョウはその後ろを歩き、両腕で布と薬草の束を抱え、頬を赤らめていた。二人は遠い町まで出かけていたのだ。道が細くなり、家々が山肌に寄り添うように建つあたり。そこからは、山の向こうに広がる平原の村々がきらめくのが見える。柔らかな草と広大な牧草地が果てしなく続く場所。たんぽぽ野原のさらに向こう。

母はかつてこう言った。あの平原に私たちは大きな集落を築いたのだと。いまは跡形もなく、残った部材は必要に応じて別のものに使われてしまったけれど。それはまだ道具に縛られていた時代のこと。贈りギフトによってその束縛から解き放たれ、家はもはや定住を必要としなくなった以前のこと。私は一度だけその平原へ行った。幼い頃、祖父母に会うために。若さを取り戻した姿で。


その大集落は「天守舎あまもりや」と呼ばれていた。天を護り続ける住まい。神々が去ったとき、天守舎の人々も共に去った。私たちはその場所を「高天たかまなる天」と呼ぶ。


家の中から足音がした。束のかすかなぶつかる音。戸の閉じる音。私は立たなかった。祖父母の話は母にとって難しい題だったから。二人ともすでに「高天」へ昇っていた――失われたのではなく、たださらに奥深くへ行ったのだ。母はそれを「高められた意識」と呼んでいた。


私たちの世界は「低天」に属す。ある神々の領域であり、私たちに与えられた場。


人は老いなくなったが、それでも季節は体を通り抜けてゆく。「永遠でさえ成長する」と言われる。母や父にとって、それは一番つらいことかもしれない。悲しみではなく、家族が際限なく広がっていくような感覚。愛は薄れないが、個別のものとなり、かつて近しかったものが、やさしくも途方もない広がりを持つようになる。正しい折り方を知っていれば、まだ訪ねることはできる。けれど、ほとんどの人はその頃にはもうしない。



私たちは幸運だった。母には行く術があった。ただ、「高天」から戻ると母はしばらく沈黙する。それは「行かないこと」よりも「手放すこと」の方が苦しいからだという。母はそれを「異なる種類の至福」と表現した。


子どもには違う。私はただ「とても幸せだった」という記憶しかない。


だからこそ母には一人になる時間が必要だとわかっていた。私は動かずに、霧の漂う月明かりの田畑を見つめ続けた。雲の河のような光景。



月が低く垂れ、雲に覆われてその光が拡散し、静かで重さのない輝きに変わった頃、ようやく二人が縁側に出てきた。小さな灯籠を手にし、その光は霧に溶けて水中の火のように揺れた。足音は湿った板に吸い込まれ、やわらかい。何も言わずに私の両側へ腰を下ろし、その体温が重なる。夜の様子は変わらない。けれど沈黙が私たちを受け入れ、少し満ちた。

夜気が肌にまとわりつき、やがて雫となって流れ落ちる。地と木はまだ温もりを残し、その淡い光は家の隅々を満たして私たちの顔を穏やかに照らす。母とチョウと私は心を込めた会話に身を寄せた。好奇心と温かさの入り混じる雰囲気。言葉と感情の繊細な舞。

夜は少しずつ深まり、柔らかな銀の静けさが板や障子を包み、すべてを神聖なほどやわらかく見せた。時折、葉が揺れる音や縁側のきしみが、まだ時間が進んでいることを知らせる。やがて私たちは畳に座り直し、膝を折り、灯籠の明かりは低く揺れ、まるでそれも聞き耳を立てているようだった。空気には灰と柑橘の香りが混じり、淹れたばかりのもの、もう飲み終えたもの。笑い声まではいかないが、よく微笑んだ。言葉は途切れ、また拾われ、まるで瓶に捕まえた蛍のように。授業ではなく、けれど何かが開いていく始まりのようだった。

大半は小さな話題だったが、やがて母の技の話になった。知らない薬草の説明。知っているものの細やかな違いの復習。母は自分の行いに名をつけなかった。ただ感じさせた。手が温まること。指を当てると沈黙が深まること。痛みが知らぬ間に去ること。呼吸や肌の模様、人が痛むときに視線がどこへ逃げるか、そうしたことに気づくよう言った。体は骨に物語を隠していて、私たちの役目は優しく耳を傾けることだと。癒しとは多くの場合、静かなことに気づくこと。急がないこと。直そうとしないこと。まずは傍にいることから始まると。人がまた立ち上がれる強さを見つけるまで、ただ一緒にいるだけでいいと。

やがて静けさが訪れたとき、私は台所に立った。彼女たちのために、温かなものを少し。弱火で保たれていた鍋のご飯。味噌と根菜の煮込み。薄切りの焼き魚と、蒸して柔らかさを戻した鹿肉。重くはないが、歩き疲れを癒すには十分。さらに、梅干しを少しだけ並べた。チョウが疲れたときに好む、鋭く明るい味。大したものではないけれど、家も待っていたのだと感じてもらいたかった。

食べ終えると、それぞれに蜂蜜を落としたお茶を淹れた。生姜と柚子皮を軽く煮出したもの。湯気が灯籠の光に絡み、開け放した障子から差し込む霧に溶けていく。会話はほとんどなく、ただ夜気の中で手に温もりを持つための茶。ゆっくりとすする二人の肩が緩んでいくのを見守った。ようやく動きを止めた人のしぐさ。

食器を片づけ、茶はまだ温かい。チョウは肘を板に置き、リボンは一日の重みで垂れていた。母はそばに座り、袖を押し上げ、指先は私の近くに軽く置かれていた。私たちは灯籠を節約するために蝋燭を点し始めた。

空気は満ちていたが、重くはない。食後の余韻が静かに膨らみ、何か言葉にならないものが立ち上がろうとする気配。

高空で彗星が雲の奥を渡り、かすかな色の輝きを机の上に落とした。毎年この時期には、こうして静かに、美しく現れるのだ。そのとき母は布を畳んでいた。目を上げたとき、彼女の視線は空にも私にも向かわず、空を見ているチョウを捉えた。そして次に、彼女の視線は私へ。私が母を見ているのを捉えたのだ。母は息を吐いた。やわらかく、思案するように。

清世せいよ」と母は静かに言った。「時々思うの。あなたができることは、本当はあなたそのもののほんの一部にすぎないんじゃないかって」

私は瞬きをして、屋根の向こうに漂う星を見上げていた視線を引き戻した。「え?」

母は首を傾け、手にした布をまだ畳んでいた。「その贈り物のこと。はっきりと感じ始めたのはいつ? ただの力じゃなくて、その移ろいを。いつもそうだった? ずっとそこにあった?」

私はゆっくり息を吐き、湯呑の縁に小さな欠けを見つめて頷いた。「海のそばで始まった。岬の、大きな平らな岩が連なるあたり。ひとりで行って、飛んでみたんだ――遊びのつもりで。そしたら、すぐには落ちなかった」私は半ば笑って顔を上げた。「空中にいた。ただ一瞬。でも違和感はなかった。ただ静かで、空が私を抱いてくれているみたいだった」

チョウが姿勢を正し、目を丸くした。「浮いたの? 本当に? 空に?」 その時ふと気づいた。彼女は初めて聞いた人のように驚いてはいなかった。ただ好奇心に満ちていただけ。彼女はいつだって、物事に少し軽やかに触れていく。母の目が一瞬チョウに向かい、私の目もそうした。でも二人とも何も言わなかった。

私はすぐに話を収め、小さく頷いた。「毎回じゃない。ただ、無視できないくらいには。ほかの誰にも話してない。言っていいのかわからなかったから」

チョウは瞬きをした。「私たちが姉妹だから? だからなの?」 私は思わず目を細めた。止める前に。母はにやりと笑っていた。チョウは気づかない。

私は肩をすくめた。「珍しいよね? 一つの家族に二つも贈り物があるなんて。ややこしくしたくなかったんだ」 本当は、注目を浴びるのが苦手だった。チョウは大好きだったけど。私は――苦手だった。

「でもね」と母はやさしく答えた。「確かに珍しい。あなたの年齢で? 本当に珍しいの。多くの家族は何季も待って、ようやく一つの贈り物が現れるくらい。そしてその多くは最初から完成しているわけじゃない。規律が必要。繰り返しが必要。少しの学び、時にはたくさんの学び。新しい出会いを通して繰り返し育まれることもある。しばしばね」彼女は一息置き、私たち二人を見た。「あなたたちは良い直感を持っている。信じなさい。贈り物は準備が整ったときに来る。同じ理由で来るとは限らない」 チョウは頬を赤らめた。私は笑ったが、母はそれ以上探らなかった。

庭を渡る風が土と稲藁と葉と海の匂いを運んできた。灯籠の炎が揺れ、光が板の上で震えた。チョウは顔を上げ、黙って立ち上がった。縁側をそっと歩き、灯籠を短くずんぐりした蝋燭に替え、手慣れた仕草で火を点けた。炎は外気に負けず、穏やかで小さな光となり、私たちをより近づけるように感じられた。夜もまた落ち着いたようだった。私は背を少しもたれ、肩の緊張を解いた。母が驚いていなかったこと――それが救いだった。

チョウはすぐに回復して、首を傾げた。「毎回同じなの? それとも違う?」

私は考え込んだ。「違う。…気まぐれっていうか。風が助けてくれるみたいに感じるときもあるし、ただ強く飛んで運を祈ってるだけみたいなときもある」

母は柔らかく笑った。「まさにそんな感じね」 少し身を乗り出し、低く落ち着いた声で言った。「贈り物にはそれぞれのリズムがあるの。道具みたいに扱えるものじゃない。潮の水のようなもの。行き来して、あなたの中の何かに従うの」

それは納得できた。感じられないときもある。でも感じられるときは誠実だった。手を伸ばすのではなく、耳を澄ますような感覚。

私たちはしばらく話し続けた。問いと半分形になった思考のあいだを、ゆっくり漂うように。蝋燭は短くなり、家は静まっていった。口に出せずにいた奇妙なことをようやく話して、心の重さが軽くなった。少し孤独を抱えていたのだ。けれど今、二人と共にいることで、それは重荷ではなくなった。

やがてチョウが私の腕を軽く叩き、立ち上がった。「おやすみ」と呟き、湯呑を温かいまま残して部屋に入っていった。母と私は縁側に残り、湯呑の温もりを手に抱きながら、蝋燭の揺れる光を挟んで話した。小さなこと。道中のこと。私が留守の間にしていたこと。行き場を急がない会話。

少し経ってから、母は立ち上がり、軽く伸びをした。そして私を抱き寄せた。片腕を肩に回し、あたたかく、確かに。「清世」と母は耳元で囁いた。「あなたは愛されている。いつも。どんな形があなたの人生に現れても、それはあなたの一部。私たちの一部。恐れなくていい。ただ共に歩きなさい。私たちはここにいるから」

私は母の肩に顔を埋めて頷いた。少し目頭が熱くなった。そのやさしさに不意を突かれた。「うん」と静かに、でも確かに答えた。「…ありがとう、母さん」 母は滅多にこういうことを口にしない。できないのではなく、言葉を選び抜くから。

霧が冷えはじめ、私たちは茶器を片づけ、灯りを吹き消した。胸の奥に何かが芽吹いた。確信ではない。けれど、その近くにあるもの。外の夜は深く、静かだった。村の向こう、木々の列と断崖と広い海を越えたその先で、空が待っていた。



【とじ✿】`♡



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