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季節の静けさ  作者: 波歌
41/83

日記 33

❀.*・。゜✧0.006-10

ᵕ̣̣̣̣̣̣ 日記 33


翌朝、私は窓の外の小鳥のさえずりで目を覚ました。体は早く動きたがっていたけれど、頭は熱のせいでぼんやりと重かった。天井を見上げ、古い木が油で蜜色に光るのを眺めていた。階下では誰かが裸足で歩く重みが床を伝って響いてくる。たぶんチョウだろう。朝はまだ開ききってはいなかったが、雨戸の端に淡い光が滲み、空気には清らかな香りが漂っていた。

しばらくそのまま横になっていた。掛け布は温かく、その外の空気は膝の裏でひんやりしていた。その対比に戸惑って窓を見れば、開け放たれていて、家が息をするように一方からは熱を、もう一方からは涼しさを運んでいた。外では子どもたちが群れになって駆け出していく音。どこへ行くのやら。

腿の裏にうっすらと湿り気があるのに気づいたのは、身じろぎした時だった。

ようやく起き上がると、髪が片側の頬に少し張り付いていた。床板は乾いていて、足先にさらりとした感触を伝えてくる。ゆっくり立ち上がったのは、痛みがあるからではなく、この静けさを壊したくなかったからだ。

しかし、背筋にはっきりとした熱が降りてきた。波ではなく、確かな確信のように。

階下では、母の茶碗が半分ほど残されたまま、まだ温かさを保っていた。チョウは袖を整え、髪に簪を差し込もうとしていた。急いでいるらしい。扇子を口にくわえたまま、照れたように手を振り、ぐっと簪を押し込み、勢いよく戸口を飛び出していった。

襟元にはもう汗がにじみ、布が濃く染まっていた。

私はまぶたを重くしながらその背を見送った。自分にはとてもあの元気はなかった。静かに朝食をとった。この日は間違いなく息苦しいほどの暑さになる、ともう感じていた。朝に言葉を交わさないこともある。夜も。チョウには彼女の暮らしがあり、私には私の暮らしがある。でも、あんなに急ぐ姿は珍しかった。

机の天板はすでに熱を帯び、腕を置くと皮膚が少し張りついた。

外の暑さは想像以上だった。涼しい風に包まれていても容赦なく叩きつけるような日。果樹園にたどり着くまでに何度も立ち止まらなければならなかった。昨夜の雨で小道はやわらかかったが、熱が土から水分を引き上げ、湿気が体に圧し掛かってくる。石畳は朝の光で早くも乾き始めていた。

日陰にいても汗が肋骨をつたった。衣服は肌にまとわりつき、近すぎるほど。

果樹園までは裏の畑と、壁際に苔の集まる細道を抜けた先。まだ見えぬうちから少女たちの笑い声が風に乗って届いてきた。今年は濃い紫色。いつもの鮮やかな藍ではなく。

近づくと大人の声も混じっていた。みな女性。子どもたちも女の子ばかり。男の姿は一人もない。木陰には敷物が散らされ、女たちが少女たちを見守っている。改めて目を凝らすと、確かに一人も少年はいなかった。

内側の林に入る手前で足を止めた。梅の木々はここで広がり、枝も低く、果実でたわわに重かった。少女たちは前列の木に群がり、低い実に手を伸ばしていた。籠がいくつか草の上に開いている。木陰の湿り気が肌にまとわりつく。

「セイセイ!」とアユミが肩越しに振り返り、笑顔で呼んだ。「ちょうどいいよ、甘いのはもうほとんど残ってない」その名はチョウがつけたあだ名だった。海賊みたいだとからかって。アユミの額は光り、袖を高く結んでも、下草に触れるたびに腕は湿って斑に濡れていた。

「よく言うよ」と私は応じ、木陰に踏み込んだ。低い枝が頭をかすめ、雫が落ちて光を弾いた。

ひとしずくが鎖骨に当たり、少しも涼しくなく、すでに溜まった汗に混じっただけだった。

キリが振り向き、にやりとした。「高い実は残しておいたよ。小さい子じゃ届かないからね」そう言って籠を放ってよこした。強くはなかったが、回転がかかって一度落としかけ、慌てて受け止めた。取っ手はまだ朝の冷たさを帯びて手に押しつけられた。

ほんのわずか。手の温もりで、すぐ鈍くなっていった。

「ごめん」と彼女は笑い、駆け寄って籠を支えてくれた。

空気の間に陽炎が揺れる。キリは頬に張り付いた髪を払った。

「やっぱり私のこと好きなんだね」と私は笑い、声が乾いた喉で少しひびいた。

「木に言わないでね、嫉妬しちゃうから」とキリは返し、幹の樹液を踏まないように軽やかに足を滑らせた。熱で汗をかいた樹皮は滑りやすかった。

さらに奥へ進むと、葉にはまだ雫が重く、内側の列には陽射しが届かず、空気は青く湿った匂いを孕んでいた。石の間には苔が厚く、足が少し沈む。その冷たさは一瞬の慰めで、すぐに足裏にも汗が滲んだ。

腰に籠を当て、静かな朝を抱き込むように身を沈めた。籠の形が布越しに温かく確かに押し返す。

最初に手にした梅は片側だけ日向に温められ、軽くひねるだけで外れた。指で転がし、籠に落とすと柔らかな音を立て、それが意外にも心地よかった。果実の表面には私の汗の跡が薄く残った。

若い子らは木々の間を駆け回り、実を採るでもなく騒いでいた。ある子の妹は袖を洗濯ばさみで留め、籠を真面目に抱えて歩いていた。大人の女たちを真似して。顔はもう真っ赤で、額の汗を手首の甲で拭おうとしては外していた。

他の子たちはもう散っていた。キリは傾いた幹の下に潜り込み、しゃがんで実を採っていて、背に貼り付いた髪は汗で濡れていた。スエンはゆったりと歩き、籠を腰にのせ、余っていた果実摘みを見つけてのんびりと使っていた。葉を一度扇代わりにしてから、また実を摘んだ。

アユミはまた木に登り、気づくと実をキリに放っていた。枝から枝へと移るその軽さは、いつも誰かが怪我をする予兆でもあった。幹に両腕でしがみつき、口で息をしながら、一歩をためらって止まった。

「落ちるよ」とハナが声をかけた。その声は重い空気の中で鋭く響いた。

「落ちないよ。たとえ落ちても誰にも言わない」とアユミは答え、声に笑みを含ませた。でも長い間動かなかった。

「アユミ」とハナは眉を寄せ、両手で膝の籠を抱え込んだまま心配そうに見上げていた。二人は朝の間中そんなやりとりを続けていた。でもそのハナでさえ、もう顔を拭おうとはしなくなっていた。

足元に梅が一つ落ちた。拾い上げて籠に入れる。土は払わなかった。その時になって、私はただ立ち尽くしていたことに気づいた。慌てて動きを速め、残された実に手を伸ばし、まだ採られていない木へと歩いていった。採るうちに調子をつかみ、夢中になった。

指はもう粘つき、果実を重ねるたびに重みも増した。腕は光を受けて艶めいていた。

キリは口ずさみを始めた。もう誰も正しい歌詞を知らない古い収穫歌。ほとんどが鼻歌とあてずっぽうだったが、それが朝をちょうどよくした。ハナも加わり、少し馴染みある調子に変えていった。

「いつだって—誰かが—そう言うんだ—」と適当に合わせて歌い、遠くの年配の女が引き取った。「—あなたは私の人、永遠に—」 そうして私たちの朝は過ぎていった。頷き合いながら歌い続ける。

声は暑さに揺らぎ、幼い子らの大きな声も、やがて節と節の間に静まっていった。

斜面の近く――地面が急に傾き、実がいちばん小さくなるあたりで、私たちは歩みをゆるめた。私は木にもたれて腰を下ろし、一日の重みを背骨に沈めた。空気はここではさらに濃く、指先は果汁で桃色に染まり、べたついていた。

腰巻が背中の下でよれて肌に張り付き、少し身じろぎしたが、楽にはならなかった。

その静けさ――半分影に包まれた中で、スエンが黙って隣に腰を下ろした。髪はほつれ、頬は熱で紅潮していたが、文句は言わない。ただ枝越しに果樹園のはずれ、海へ緩やかに落ちていく崖を見やっていた。胸と肩は光を帯び、籠を膝にのせたまま置こうとはしなかった。


昼蝉が遠くで脈打ち、正午の熱とともに響いていた。彼女は吐息をつき、こめかみの髪を払った。


「今日はどう? 暑いね」とため息混じりに言う。

私はすぐには答えず、うなずいてから笑った。「私は大丈夫」首を転がして彼女を見た。「スエンは?」 小さな風が流れてきて、私たちを撫でていくのを迎え入れながら。

「んー…いい感じ」花びらが夕暮れに閉じるように、まぶたを落とし、答えというより受け止めるように目を閉じた。「最近、あんまり一緒に来ないね…」

「忙しかったの」私は疲れた声で呟いた。「母さんが奥の野まで薬草を取りに連れていったから」

スエンは分かるようにうなずいた。興奮する気力もなく、「へぇ…」とだけ。汗の雫が頬を伝い、鎖骨へ消えた。私たちは動かなかった。虫の音が周りで強まっていたが、近くはなく、ただ音、ただ夏だった。

「ずっと行きたかった」と彼女は柔らかく言った。「どんな感じ?」

「緊張するよ」と私は正直に言った。「美しいけど、強烈」言葉に手を添えるように、右手を上げ、指先で唇の端に触れ、軽く前へ払う。それから左手を浅い椀のように差し出し、右手でその上に小さな円を描いた。顎を一度軽く叩き、指を緩やかに広げて胸から外へ送る。動きをそのまま空気に残し、何も言わずにうなずいた。――私たちはずっと手話で話していた。

指先には果汁と土が薄い跡を残していた。気づけば、ずいぶん汚れていた。

スエンの目が大きくなり、身を起こした。「本当に声を出せないの? ヒデオが話を盛ってるんだと思ってた」

「本当だよ」と私は静かに言った。「本当に、そうなる」

彼女は夢見るようにため息をついた。「ああ、行きたいな。父さんは狩りにしか連れてってくれないから」瞼を閉じ、想像するように。「マツダ兄弟やリム兄弟の話を聞くのが好き」

彼女の言うのは潰行カイコ✤と溺軌デッキ✤――崩れた道、沈んだ軌道。私たちの怪談だった。子供たちはよく脚色した。デッキの果てに行けば…と、延々。

「カイコまでしか行かなかった」私は気の抜けた声で言った。「でも、すごく不気味だった。オオタの古い中核を通ったと思う」

「それ…慎重すぎない?」

「わかるけど、そういうのって大事だと思うんだ」

「…うん、そうだね…ただ、すごく心配だったんだろうね」

私はうなずいた。「最近はずっとそう。浜辺の道でさえ怖い」

果樹園の端では、年配の女たちが木漏れ日の輪に座り込み、布を畳んで日除けにしたり、草履を脱いだりしていた。幼子を膝に、赤子を布で抱えながら。もう果実摘みよりも、おしゃべりに夢中のようだった。

女たちの肌は汗に光り、一人が鉢を額に当ててから隣へ回した。

スエンがうなずいた。「ね、ちょっと怖いよね?」

その時、アユミが頭上の枝から逆さまにぶら下がった。「やっほー!」膝で枝にぶら下がり、背を反らし、髪が頬に張り付いていた。「重い列をやらされてるの」声は半分だけ囁きを装っていた。「おばさんたちはおしゃべりに夢中だから」

私たちは一斉にそちらを見た。何が起きている?

キリは木の根に片足をかけて高さを稼いでいた。どこへ? 特に意味もなく、退屈そうに揺れているだけ。「みんなどこ行ったの?」と女たちを見ないまま呟いた。声は小さく、届かないように。

「スンファまでいない」とハナの声がアユミの上から降りてきた。

思わず笑った。「高所恐怖症、克服したの?」と私は親しげに微笑んだ。

「た、たまたま大丈夫なだけ」

アユミは彼女に笑みを投げかけたが、そのまま枝をよじ登り直し、「籠なんて運ばないからね」と文句を言った。梅はまだたくさん残っている。さらに奥には文旦や橙も。

するとハナが少し体をずらし、誰も見ずに言った。「前にもこういうことがあったよね」声は静かで、ほとんど独り言。「あの秋、覚えてる? 雪風獣セッカフジュを聞いたとき…」キリが揺れを止め、スエンが顔を傾けた。誰も答えなかった。


雪風セッカフジュ✤。その名を聞くのは久しぶりだった。でも意味はすぐ分かった。みんなも。何年かに一度しか姿を見ない幻の獣。モモンガの親類のように、果実を食べ、山奥に棲む。これも怪談のひとつ。セッカフジュは無害だ。真紅に光る眼さえ気にしなければ。ある朝、庭の門の脇に座っている。人の半分ほどの高さで。塀や屋根や柱の上に。何日も動かず――。

臆病だから、人里に落ちてきてただ…座り込むこともある。潜むように。


スエンが振り向き、アユミは木の上で凍りついた。

「見たの?」アユミがゆっくり尋ねた。

「梅がしょっぱかった年。男たちがみんな『狩りに行く』って言って子どもを連れてった年」ハナはうなずいた。声は柔らかく。

「でも今年は?」アユミが迫り、枝を反らして彼女を見上げた。ハナは首を横に振った。

…私たちは動かず、耳を澄ました。

果樹園の向こうで鳥が一声、鋭く短く鳴き、それから数度くり返した。まるで静けさを問うように。空気は低く押し込められ、空は色を失い、雲は黒々と腹を広げ、山にぶつかって霧を生み始めていた。陽を遮るには足りず、ただ鈍い灰色を漂わせ、果実の色をすべてくすませた。まるで誰かが一日の縁を指でこすったように。

音はなかった。でもハナの顔には奇妙な影が浮かんでいた。恐怖というより、痕を残す記憶に触れた顔。セッカフジュを語るとき、みんながする顔だった。

現れる時も去る時も、誰もほとんど見ない。ただある日そこにいて、霧の中や柵越しに、あるいは視界の隅に。子どもがよじ登っても大人しく、ただ静かに見つめる。雲のように柔らかな毛並み、整った姿。光を吸う紅い目。

「誰も傷つけないんでしょ」とスエンが自分に言い聞かせるように呟いた。

「ただ不気味なだけ」とアユミがまだ逆さにぶら下がりながら言った。でも腕は枝を握って緊張していた。「その年…いとこの家の門に一晩中座ってたんだって。全然動かなくて。でも誰も眠れなかった」

「泣き声…」とキリが囁いた。

「泣くんじゃない」ハナは静かに訂正した。まだ耳を澄ませながら。「ただ、呼吸の音。でも怯えると…脈打つの。すすり泣くみたいに。…」やかんが沸かない時の音を真似した。ため息と笛の間のような。「耳に引っかかって、赤ん坊がぐずる」まるでデッキに子どもを連れ去る幽霊みたいに、不気味だった。

「やめてよぉ――!」アユミが神経質に笑った。

ハナはくすくす笑い、枝の間をさらに低くすり抜けた。「ちょっと可愛いじゃん」

「ははは! 可愛く――は――ない――」とキリが笑う。

「可愛いってば」とハナは食い下がる。

雷がゆっくりと遠くで転がった。空一面に息を吸い込むみたいに――低く、温かく、幅広く。私の視線ははるか南東へ引かれる。南の山並みが、さらに大きな山脈へと繋がるあたり。雲は低く垂れ、稜線の明るい灰色に体を擦りつけるように流れている。垂直の岩肌には水筋が走り、泡立つ房のように銀色にきらめいて落ちていた。下の斜面には樹々が密に群れ、その梢はまだ濡れて光っている。

「あそこ、抜根ばっこん༶と密狩みっかり༶が出てる」と私は斜面の茶と白の斑点を指さした。密狩✤は、蝙蝠と鹿が混ざったみたいにしなやかで、つかみやすい小さな足が可愛い。より大きい抜根✤――根こそぎ熊鼬みたいな――に狩られる側だ。「あれが出てるなら大丈夫、だよね?」


抜根はほとんど不死身。あいつらがいるだけで、海沿いの尾根に他のものは近寄らない。…もし抜根が引き返したら? そういうことだ。


流れる雲が、森の一角だけを不意に燃やすように照らした。手が天を割ったみたいに、切り開かれた陽の筋。不動の濃い影と並び、そこは不気味なほど静かだった。頭上を押し寄せる雲の厚い呼吸と、隠れた滝のかすかな奔流だけが響く。鳥たちはその光の縁、霧の下端をかすめ、上昇気流に乗っていた。

背後で、乾ききった土に足跡が押しこまれる――踏むたびに日焼けした草と土がくぐもって砕け、薄い葉片がぱり、と微かに鳴る。上ではアユミとハナが枝をずらし、見通しをよくする。葉が漆紙みたいに不規則に鳴り、風よりも人の動きで揺れている音。

あちこちで作業が再開される気配が、柔らかな衣擦れで戻ってきた。斜面の上でも下でも、別々の節で歌いだす女たちの小さな群れ。私はため息をつき、立ち上がる気力をかき集める。まだひどく暑い。動くまで忘れていたくらい。

膝をついて、低い実を仕分けし始め、スカートに押しつぶさないように気をつける。

スエンは籠を持ち直し、また私の隣に腰を落とした。肘を膝にのせて。「新しいことじゃないからね」

私は彼女を見る。

「この季節は」と彼女。「前にもあった」

「男の人たちがいなくなること?」

彼女はうなずいた。

近くでアユミが顔を上げる。「でも誰も何も言わないよね」

スエンは小さく肩をすくめ、手元を見たまま。「たぶん怖がらせたくないんだよ。余計な詮索もね。でもいつもこの頃」

「何が?」とキリ。

短い沈黙。背後で女たちの呼吸まで聞こえるような間。

スエンは声を落とした。「大きいのが」

私は瞬きをする。「大きいの?」

「知ってるでしょ」と彼女は顔を上げ、真面目な目で私を見る。「暑くなりすぎた時、遠い畑を横切っていく“あれ”」

「そんなの、嘘でしょ」とハナが弱く言う。けれど確信はない。

「あなたたちはすぐ忘れる」背後の、ぱり、と乾いた音が止んだ。

無意識に振り向くと、年配の女が数歩後ろに立っていた。名は知らないが、何度か見かけたことがある。袖を括り、たらいで何かを浸しているのをよく見る人。脇に布切れを挟み、裾は濡れて、肘まで果汁でぬるりと光っている。町では新しめの母親、けれど声は古株――三枝さえぐさ

「今日は塩のしおのひだよ」と彼女は言った。視線はまっすぐ。険しさはなく、ただ落ち着いている。湯気場からずっと下りてきたのだろう。蒸し気と甘い香りが、調理小屋から漏れる匂いみたいに彼女から漂ってくる。女たちが洗い、選り分け、刻み始めている匂い――梅の皮の酸っぱさ、温めた砂糖の鋭さ、まだ煮上がらないジャムの深くゆっくりした匂い――それがまるで夏そのもののように私たちを包んだ。

しばらく誰も答えなかった。言葉は聞き覚えがあるのに意味がすぐに結びつかない。木の上からひょいと逆さにぶら下がったアユミが、熱さに投げやりな腕を垂らしながら尋ねた。「それ、なに?」

女は脇の布を直し、ずっと言いたかったことを口にするみたいに言った。「こんなふうに湿気が強い時に起きるんだよ――梅が柔らかくなり始める頃ね」私たちは皆、耳を傾けた。雲がまた動き、はじめてはっきり涼しい風が通り、木々がざわめく。私は片手で腰の籠を支えながら聞く。彼女は眩しさに半眼を保ったまま続けた。「木が何かを放つのさ。実そのものじゃない――空気の中の何か。目には見えないけど、男の子たちをそわそわさせる。男たちは汗が止まらなくなって、集中できなくなる。だから、無意識に荒くならないうちに出ていくのさ」


一拍。敷物の上で誰かが落ち着かない様子で身じろぎした。


「女にも効くよ」と彼女は付け加えた。「ただ、違う効き方。今日はみんな休みを多めに取ってるろ? 空気が体から塩を引き抜くのさ、皮膚を通して。飲んでも食べても、抜けていく。特に男はね。筋が攣って、頭が働かなくなる。混乱する。年によって強弱があってね。だから海の方へ出ていく…無意識に荒れないように…」

私たちはすぐには口を開かなかった。三枝も、求めてはいなかったのだと思う。言うべきことは言ったとでもいうように小さくうなずくと、来た時と同じ静けさで木々の間へと戻っていった。


その年の終わりに、私たちをこの話に入れるかどうか、静かな論があったと知る。私たちは大きくなりつつあったが、まだ道のりは長かった。


まもなく風が戻り、果樹園をやわらかく撫でた。涼しくはないけれど、動きがある――欲しいのか迷わせる種類の動き。それでも仕事はある。何人かが作業を再開し、手と籠のリズムが少しずつ戻る――最初は不揃い、やがて一定に。誰かが笑った。大声ではなく、ここにいるよと告げるだけの笑い。

ハナが木から降り、アユミも続いたが、私たちは別々に散った。私はしばらくハナと。アユミとキリは別の方へ。

「また会えてよかった」と、スエンが三枝の後を追いながら呼びかける。

私は笑って手を振った。「こっちこそ、スエンさん! また後でね!」

見上げれば、梅はまだそこに、私たちを待っている。暑さも去っていない。むしろ動き始めた今また圧し掛かってくる。でも、さっきまでの張り詰めはほどけ、小さな生活の律が、手仕事のうちに繋がってゆくのを感じた。

塩の日のことも、雪風獣セッカフジュのことも、男たちの狩りのことも、それ以上は話さなかった。必要がなかった。年配の女たちはまた布と鉢に戻り、子どもたちは遊びに戻った。果樹園はいつも通り――木陰に満ち、忍耐強く、仕事と静かな色彩に満ちていた。

私たちは働き、そして日が進んだ。


何年か後、ポンロウがこの地域でそれに拮抗する草を見つける――止翠草しすいそう✤ 。静まる緑の薬草。「冬は雪、夏は香」と言うとおりに。


日が高くなるにつれて光は強まり、木漏れ日の斑が果樹園に落ちた。笑い声と葉擦れが絡み合う。私たちは黙々と、籠を甘やかな実で満たしていく。籠がいっぱいになると、村の逞しくて優しい男の子たちが手伝いに来てくれて、収穫を村へ運んでくれた。

彼らは長くは留まらなかった。籠を担ぎ上げ、いくつかの静かな微笑みを交わすだけの間。裸の胸、引き締まった体つき。歩きぶりは皆、下り坂を行くようにしなやかで緩やかだった。顔には酢で湿らせた布を緩く巻き、熱気で湿ったまま。それについて誰ひとり言葉にせず、蒸し小屋の辛さを口にすることもなく、ただ皆そうしていた。こんな日の習いだった。



山腹には小さな鏡が星のようにきらめき、岩肌に散っていた。畑にいる者たちへの応答のように。そこには、男の代わりに立ち、侵入を見張るため丘へ上った少女たちがいた。


家へ呼び戻す声となって。


子どもを育てるのに村が要るのなら、魂を育むには民が要る。誕生から誕生へと途切れなく受け継がれる習俗、文化、癖、思考を与えるために。


収穫を抱えて家路につくとき、私は土地と人々への深い繋がりを感じずにはいられなかった。伝統に根ざし、互いに支え合う我が村――その結束は日々の暮らしに染み込んでいた。

夕暮れの風は低く入り込み、果樹園を通り抜けるとき神聖な囁きのように響いた。梅畑をため息のように渡り、草を一方向に傾け、また逆に揺らす。光は柔らぎ、木々の紫を和らげ、葉の裏をすべて捉えた。苔の上には金の波紋が一瞬走り、水面の下を指でなぞったようにきらめいた。

空気は熟れた果実と陽に温められた古木の匂いを淡く含み、虫たちの声も次第に薄れて丘の折り重なりに沈んでいった。畑全体が光を帯びて見えた――半分影に沈む梅、滑らかに撫でられた草、海際に桃色を残す空。

その夜、大地は呼吸しているようだった。足裏の草を撫でる風が微かな律動を刻み、私がその肺の中を歩んでいることを思い出させた。

先には村の台所が賑わい始めていた。火床で煮詰まる梅ジャムの香りが一筋の帯となって立ち上り、私を包む。長い部屋に集まり、確かな手つきで種を木鉢に落とし、蒸気と共に笑い声を上げる。語られるのは料理の工夫や半ば忘れられた昔話。知恵はお玉のように母から娘へ、叔母から姪へと渡される。その果実と物語の香りの中に、季節は自らの一部を来たる冬のために残してゆく。

時折、声の間に静かな間が落ちる――誰がいないかに気づく沈黙。男たちは山道を進み、弓を背に、網を畳んで何週間も帰らないことがある。私たちは季節の仕事に少し余分な甘さを忍ばせる。陽に干した梅を草で包み、杉の蝋で封じたジャムを棚の奥に隠し、梅蜜の餅を涼ませて四角く切る。それぞれに榛の葉や彩られた小石を添えて。帰還の折に見つけるための、ささやかな気遣い。彼らが不在でも、村は彼らのために生きている証として。

母は女たちに混じり、梅を切り割って種を外していた。私は近づき、「お母さん、今日は豊作だったよ」と誇らしげに言った。「梅の木たちが、まるで喜んで踊っているみたいだった」

母は目を細め、誇りを宿して微笑んだ。「清世、お前の土地への繋がりは贈り物だよ。それを大事にしなさい。自然の恵みは私たちを養うだけじゃない。魂を養ってくれるのだから」

その言葉に私はうなずいた。海辺の村の鮮やかな日々の織り目――友の笑い声も、収穫の労も――それらは人と自然の調和、そして命を繋ぐ大切な結び目を教えてくれていた。

夕陽が村を金色に染めるころ、私は簡素な瞬間の美しさに慰めを見出した。梅の木は夕風にやさしく揺れ、感謝と忍耐の秘密を囁いているように思えた。その夜、眠りに落ちるとき、私はその秘密を胸に抱いた。村の律が、時を超えた生命の舞を導き続けてくれることを信じながら。【とじ✿】♡

ᵕ̣̣̣̣̣̣思い出 — ⧉

ꕥ ー⠼⠉

いくつかの夜、崖から風が吹き下ろし、雲が野原を低く覆うとき、父さんとの夜を思い出す。はっきりした何かではなく、ただその感覚。空気が肌を冷やすけど刺すことなく、湿った樹皮と、錫の古い水のようなかすかな金属の匂い。

私たちが小さかった頃、チョウと私は発作を起こした。何だったのか分からなかった—ただ、胸が締め付けられ、顔が赤くなるまで咳き込み、腕が重すぎるように感じただけ。彼らはそれが花粉の何かだと言った。光が変わるときに咲く何か。

母さんにとって、それは無力な時間だった。回復の才能を持っていても、免疫はなかった。

その当時、治療法はなかった。だから、私にそれが起こると、父さんは私を毛布にくるみ、「ボッカ・ベッダ」—使わないときに石で支えていた古い漂流トラック—に連れて行った。それは地面のすぐ上を、息のように静かに浮かぶことができ、私たちは冷たく開けた空気の最後の野原を越えて滑り出した。

父さんはあまり話さなかった。ただ私が彼の膝に横になり、頭を彼のコートに預け、息をさせてくれた。

そこから見る空はいつも広く見えた。星は暗い皿に振られた塩の粒のようだった。葦がトラックの船体に擦れる音は、柔らかく金属的で、私はそれが私の代わりに話していると思った。だって、私には話せなかったから。

眠りに落ちた記憶はない。ただ、楽になる瞬間。息が痛むのをやめ、肺の奥で引き裂かれる感覚が止まり、ポンと音がするのも止まる。涼しい夜が再び私を満たし始める。父さんの手が私の肋骨の上に静かに置かれている。その手の重さが私に安全を教えてくれた。

今でも、夜の空気が変わるとき、つい外に出てしまうことがある。ただその感覚を味わうために。耳を澄ますために。トラックはもうなく、野原は荒れ放題だけど、今でもその古いエンジンのハム音が聞こえる気がする。

私のどこかは、今でも外での方がうまく息ができると思う。


【とじ✿】♡


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