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季節の静けさ  作者: 波歌
25/83

日記 19 ☼

❀ ✧0.003-08

ᵕ̣̣̣̣̣̣ 日記 19 ☼


翌日の家は静かだった。

柔らかい、あの「あわい」の静けさ――光が部屋に満ちても、一日の本番がまだ始まらないころ。

私は居間の縁に座り、脚を畳の下にしまい込んでいた。編み目はまだ夜の冷えを残し、膝にひんやりと伝わってくる。台所からは器のかすかな音、引き戸の滑る音。母はもう動いていて、袖を紐でくくり、低い声でチョウに漬物を出すよう頼んでいる。数日前の豚肉を煮た匂いがふっと漂ってきた。

飯台から立ちのぼる湯気が一筋、甘く温かな香りを運び、目が覚めきらない身体の奥をくすぐった。チョウが隣にどさりと腰を下ろし、まだ眠そうなのを隠すように鼻で小さな欠伸をする。漬物の皿が卓に置かれ、器同士のかすかな音が響く。漆椀に味噌が注がれるときの「しゅっ」という音。母が膝をつき、前掛けを揺らしながら加わる気配。

朝はもう来ていたが、まだ私たちはその中に踏み出してはいなかった。

母の所作は穏やかで、急ぎもなく、慣れたもの。今朝の味噌は淡く、玉ねぎと――わかめだろうか――が柔らかく溶けていた。椀を両手で包み、指に温かさを馴染ませてから口元へ。ひと口は静かで馴染み深い。塩気はほどよい。チョウはすでに大根の漬物を半分食べ、効率よく飯を口へ運んでいる。豚肉は別の鉢に入り、湯気を立てながら、各自の匙で混ぜ合わせるのを待っていた。

「寝坊してたわね。」母の声は叱責ではない。箸が軽く音を立て、卵焼きを分ける。「起こしに行こうかと思った。」

チョウは飯を口いっぱいに頬張ったままごもごもと言い、飲み込んでから私を見る。「夜じゅうぴくぴくしてたよ。魚みたいに。」

「してない。」私は反論した。けれど、多分そうだった。夢の中でまた妙な感覚――水ではなく、声の中を泳いでいるようだった――けれど、それを朝食前に話す気はなかった。

米はわずかに甘みを含んでいる――新米だ。芯にまだ少し温かさが残り、私の好きな炊き加減。卵焼きの切れ端を舌にのせ、噛む前に一瞬だけ味わう。豚肉を少し巻き込んで口へ。母の卵焼きはいつだって他の誰よりおいしい。醤油は控えめで、ほんのり甘い。チョウもそう思っている。だが口にはしない。どうしても再現できないのが悔しいのだ。

「食べたら一緒に来てね。」母は袖を整えながら言った。「次の潮の前に縄を確かめたいの。」

「今日は凪だよ。」チョウは椀を空にしながら答える。「必要ないって。」

「それでもね。」母の声の調子に、議論の余地はないとわかる。

私は前の間に目を向けた。天井の梁が淡く影を落とすほどに光は変わっていた。開け放たれた障子から風が入り込み、冷たく湿っている。外ではカモメの声がかすかに回っていた。

「袋を持っていく。」私は言った。頼まれたわけではない。ただ、そうするのが自然に思えたから。海へ向かう、そんな朝のゆるやかな歩みに。

チョウは飯をかき込み、袖で指先を拭いかけてから母の眉に気づき、肩をすくめて濡れ布巾に手を伸ばす。

私はまだ座って、椀に残った味噌の湯気を眺めていた。もう熱は抜けていたが、出汁の香りがやわらかく舌に残っている。大根の最後の一切れを噛み、酢の刺激で思わず瞬きをする。

「私がゆすぐ。」立ち上がり、器を重ねる。

母は何も言わない。ただ、掌を重ねて小さく会釈し、大きな欠伸をしてから腰を伸ばし、また台所へ。

水道からの水は朝一番らしく冷たく、陶器をぶつけぬようにそっと洗う。チョウはすでに脇の間に行き、鼻先でサンダルをつっかけ、「まだ濡れてる」とぶつぶつ言っていた。開け放たれた障子から吹き込む風は潮泥や干した昆布の匂いを含み、岩場の方角を思わせた。

「羽織を持っていきなさい。」母の声。「浜辺はまだ冷える。」

私は顔を上げずにうなずく。「短い方を持ってく。邪魔にならないから。」

振り向くと、母は外衣の紐を締めていた。木の簪を歯にくわえ、手は途切れず動く。その仕度の様子を見るのが私は好きだった。千度も繰り返した動きなのに、まだ静かな安らぎを宿している。

その時、廊下にチョウがどたばたと戻ってきた。小さな手拭いの入った網袋を片手に、もう片手には自分の草履をぶら下げて。「二人とも遅い。最後に着いた人が竿を担ぐからね。」

母の目がすっと向く。チョウは瞬きをし、笑って誤魔化し、石畳を響かせながら庭へ出ていった。私は手を拭き、金色の光に満ちる家の中を抜ける。数週間前よりも少しだけ長く伸びる朝の影。海が待っている。

家からの小径は石垣のあいだを緩やかに下っている。夜の冷えを残す石を踏み、井戸の脇の梅の枝をくぐる。葉は朝の息で艶やかに光っていた。チョウは前を軽やかに歩き、網袋を振りながら鼻歌を歌う。祭で聴いた調べかもしれないが、もう彼女だけの節回しになっている。

母は後ろを歩く。急がず、私たちよりも音を立てない。同じ草履なのに。私は何度も振り返り、そこにいるのを確かめてしまう。知っているのに。

今回は塩蔵小屋の脇を通る坂道を選んだ。扉は開かれ、今は縄や布が少しあるだけ。梁の上で猫が眠ることもあるが、今日は見えなかった。

空は淡く、雲ひとつない青に広がり、広すぎて世界を少し小さく見せる。海からの風は強まったが、鋭くはなく背を押すような風。羽織の端を押さえて歩く。

ここから、潮溜まりの縁が見える。岩の切れ間で光を受ける水面。塩の匂いがはっきりと漂い、砂の温かい匂いも混じる。声が聞こえた。下の浜で誰かが籠や竿を並べているのだろう。まだ早い時間なので賑やかではない。ざわめきと、ときどき笑い声が風に乗って届く。

「刷毛を忘れないで。」母が言った。

チョウは一瞬きょとんとし、ばつが悪そうに笑う。「あ……門に置いてきちゃった。」

「私が取ってくる。」私はすぐ振り返る。

だが母が軽く追い抜き、羽織を片腕に抱えながら言った。「先に行きなさい。あとから行くから。」

母に見送られて、私とチョウは少し町を回った。肉を少し買い足し、用事へ向かう友達と立ち話。真珠がそろそろ尽きそうだ。また潜らなければ。チョウはもう前に出ていたから、広場の脇で鍛冶屋の息子に捕まるのを逃れられなかった。彼は優しい。肩は広い。けれど、何を言っているのかさっぱり分からない。とうとう父親が呼びつけてくれて、彼は仕事へ戻っていった。

チョウを探したが、町の大通りには姿がなかった。いつもの散歩道ではなく、彼女はもう果樹園の先の小径にいて、海の方を細めて見ていた。

坂は下るにつれて急になり、固く踏み固められた土はやがて平たい石に変わる。それらは私が生まれる前から敷かれていたもので、縁には苔が夜露を含んでいたが、中央はすでに陽に温められている。私の足はそれぞれを覚えていた――滑らぬ踏み場、ぐらつく石、しっかりとした石。チョウは先を行き、最後の二つを軽く跳び越え、髪が一瞬ふわりと舞った。

やがて細い高みへ出ると、砂浜の上に低い木柵があり、その先に暗く細かな砂が広がっていた。滑らかな岩の出っ張りや、光を受けて碗のように輝く潮溜まりが点々と続く。

すでに人がいた。二人の女が潮棚にひざまずき、海水で大きな桶を洗っている。少年――ミキオだろうか――が布の日よけを籠の脇に結わえていた。そこには刷毛や布が畳まれて並んでいる。彼はこちらに気づくと軽く頷き、また結び目に戻った。

今日の海は穏やかだった。平らではなく、ゆるやかに脈打ち、崩れずに岸へ寄せては戻る――争う気を失ったように。

チョウは袋を低い岩の縁に置き、黙って中身を広げ始めた。私も隣に膝をつけ、温かい石の感触を感じながら手を動かす。刷毛、油布、青い布に包まれた小さな櫛。瓶がことりと鳴る。

背後から、母の足音が坂を下ってきた。軽やかで揺るぎない。手には刷毛、肩には小さな布。もう笑顔を浮かべている。

「油は忘れなかったかしら?」見れば分かっているくせに。

「全部!」チョウは胸を張った。

母は岩の縁に腰を下ろし、裾の埃を払う。「いいわ。今日はうってつけ。」

潮の匂いと砕けた海藻の香り。頭上をかもめが音もなく広げた翼で過ぎてゆく。遠く、鐘の一声が風に溶けて消えた。まだ始まっていないのに、空気はすでに満ちていた。

母は瓶に指を浸し、掌で温めるとチョウの腕をとらえた。「じっとして。」

チョウは微笑をこらえながら従う。油は陽を受けて金色に光り、柑橘と松の香りを放った。彼女はうっとりと目を細め、今にも眠りそう。

私は自分の脚に塗った。袖をまくり、肌に広げると、べたつかずにすっと染み込む。太陽の温かささえ深く浸透していくよう。

「前よりいい匂い。」

「皮と若枝を足したの。」母は答える。「段畑の上に増えているから。」

「この匂いの中に住みたい。」チョウが吐息混じりに言い、三人で小さく笑った。浜辺は静かに保たれるべきだと、自然と声を抑えて。

坂の上から誰かの呼び声がした。強くはない。応じる声も。粉挽き小屋の娘、腰に上衣を結び、隣には筒を抱えた少年。いずれ十人ほど集まるだろう。

母はチョウの肩を終えると、櫛を手に髪を撫で上げ、ゆるく結んだ。

「伸びたわね。今季は腕も長い。」

「ほんと?」チョウは驚く。

「ええ。足首に合ってないもの。」からかいを含んだ微笑。

私は布を差し出した。「これ。」

母は手を拭いながら言う。「今日は控えめに。ゆっくり馴染ませなさい。水は見た目より冷たいから。」

そう、海は決して季節に従わない。浅瀬でも陽射しの下でも。少しずつ受け入れさせねばならない。岩場に目をやると潮位が上がり、海百合はまだ閉じているが、もうすぐ開くだろう。

海が蒼く誘っていた。私たちはその冷たい抱擁へ足を踏み入れる。胸の奥で期待が震える。

水の下では声は消え、身振りだけが語る。チョウの手が合図し、私たちはさらに沖へ。動きは揃い、踊るように。


昔からそう。別の部屋にいても、彼女が手を上げれば私も上げる。私が動けば彼女も。笑えば、そこに彼女の笑み。意図せず同じ仕草をなぞる。不思議なほどに。あの日は一日中そうだった。


水は私たちを包み、潮のやわらかな流れが肌を撫でる。色と形が織りなす海の錦。光を滴らせる魚群が走り抜ける。

チョウが珊瑚を指さす。精緻な編み目はレースのよう。そっとなぞれば、ざらりとした繊細さに心打たれる。

彼女の示す海底の裂け目へ潜ると、そこは光る生物たちの宇宙。点々と舞う光は銀河のよう。

群れのイルカがすべり過ぎる。チョウは目を輝かせ、真似をして踊る。私は微笑む。水中でも彼女の輝きは隠れない。

海藻の簾が入口を飾る大きな洞窟。差し込む光が壁を照らし、水滴が静かに音を立てる。まるで聖域のよう。

クラゲが群れ、透きとおる身を脈打たせて光を放つ。私たちは見惚れ、沈黙のまま心を通わせる。

やがて浮上を決め、海の銀河に別れを告げる。陽光が頬を照らし、地平を金に染める。視線を交わす。胸は感謝で満ちていた。

母はもう竿ではなく網を使っていて、籠には蟹が詰まっていた。布を掛けると、まだ空に爪を振っていた。

家に戻ると、私たちは息せき切って海の冒険を語った。母は微笑み、頷き、静かな喜びを瞳に宿す。

その時わかった――姉妹の絆は言葉を越え、仕草や沈黙、共有した体験の深みの中に編まれている。

夕陽が空を薔薇と金に染め、私たちの声は笑いと交わり、ひとつの調べとなって響いた。家族の調和の歌として。




【とじ✿】♡


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