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季節の静けさ  作者: 波歌
24/83

日記 18

❀ ✧0.003-07

ᵕ̣̣̣̣̣̣ 日記 18


私は、朝がいつもの形に落ち着いていく音に目を覚ました。

部屋の空気は重く湿っていて、夏の嵐の前に肌へまとわりつくような熱気が微かに唸っていた。伸びをすると、筋肉がゆっくりと心地よく伸び、まるで猫が昼寝から目を覚ますように四肢がほどけていく。

畳は藁と土の匂いをわずかに放ち、湿気を吸った繊維が少しふくらんでいる。家に染みついた馴染みの匂いの下には、昨夜の火の残り香が漂っていた。木の梁にはまだ炭の鋭さが残り、窓は少し開け放たれているのに、入ってくる風は生温く、押し寄せる熱気をかき混ぜるには力不足だった。

横を向くと、チョウの寝息がゆるやかに上下していた。毛布の大半を蹴飛ばし、片脚を布に絡め、腕は無造作に布団へ投げ出されている。木の壁に映る淡い朝の光が肌を撫で、金色にやわらかく染めていた。彼女はまだ、あまりにも安らかだった。

私は腕を上げ、手首の曲線や細い指の線、掌を広げたときの張りを見つめた。

――変わっただろうか。

日によって答えは違った。腰の曲がり具合、腕を上げたときに浮かぶわずかな筋の陰影、鎖骨の稜線が少し鋭くなった気がすること。そんな小さな変化を感じることもあれば、今日のように昔と変わらぬままだと思うこともあった。

脛をなぞり、滑らかな肌を確かめる。膝を過ぎ、筋と骨の間の窪みを越え、肩にまで触れ、やわらかな肉を押した。

私はずっと小柄だった。繊細だと、人はよく笑みを交えて言った。壊れないように大事に飾っておくもののように。だが私は壊れやすくはなかった。

身軽で、踊り子や曲芸師のようにしなやかだった。軽さと均衡が力となり、声高に示す必要のない強さだった。

髪を梳きながら、その重さが水のように指の間を滑り落ちていくのを感じた。かつては身体のことをそれほど気にしていなかった。ただ走り、登り、息を吸って世界を受け止める器としての身体。だが今は、どうしても気づいてしまう。

机の上の櫛を手に取ろうとした。だが指先は空を切った。

――苛立ちがかすめる。

私はチョウの方へ向いた。「櫛は?」

「んん…」彼女はうつ伏せに転がり、声は枕に吸われる。

肩を突く。「チョウ。」

「なに?」毛布を頭まで引き上げ、甘えるように声を上げる。

「私の櫛。」

眠たげに目を瞬かせ、記憶を探るようにゆっくり言った。「ああ、それね。昨日、使った。」

胸がきゅっと強ばる。

ただの櫛。些細なもの。なのに、なぜか重く響いた。

「どこにあるの?」思わず鋭い声になった。

チョウは大きく伸びをし、あくびをしながら起き上がる。「机に置いたと思う。」

「思う?」

彼女は目をこすり、眉をひそめる。「なんでそんなに大事なの?」

私は息を吐き、立ち上がる。「大事じゃない。」

なのに胸は締めつけられていた。

三歩で机に近づき、探る。長年の手触りで磨かれた木の天板は温かい。隅には茶渋の跡を残す器。蝋が不揃いに溜まった蝋燭の残り。

――櫛はない。

窓際、布団の端、床の上まで確かめる。弱い朝の光が埃を金色の粒にして漂わせ、心臓の鼓動が早くなる。

チョウは私の動きに気づいたのだろう。声を落とした。「探してあげるよ。」

振り返ると、彼女は心配していなかった。本当に心配したことなどないのだ。

彼女にとって大事でないことが、私には大事で。それこそが問題だった。

櫛のことじゃない。許可もなく借りたことでもない。

――この感覚だ。

毎日目覚めても、何も変わっていないのに、自分だけが変わっているという感覚。

皆が立ち止まっているのに、自分だけが何かを待っている感覚。

足もとに開く裂け目を、自分だけが見ている感覚。

奥歯を噛み、背を向けた。「もういい。」

チョウがためらう。「セイヨ?」

「ただ…」言葉が途切れる。「なんでもない。」

沈黙が張りつめる。彼女の視線が私に注がれる。だが言葉になる前に、障子が開いた。

「娘たち。」

母が戸口に立っていた。廊下の光が濡れた腕を照らし、手には絞った布が残っている。外はまだ薄暗く、逆光に浮かぶ姿は呼吸を止めた一瞬のようだった。

彼女の肌には花のような香りが残り、嵐の近さを告げていた。空は濃くなり、雲の縁が厚みを増している。

私たちを見て、母はほんの少し眉を寄せた。何かあると気づきながら、踏み込むべきか迷うときの表情。

「どうしたの?」

私は答えなかった。

説明できる気がしなかった。説明という形を持たないもののように思えた。

湿気のように重い沈黙が部屋を満たした。チョウの視線はまだ私にあり、彼女にしては珍しく読みとれない色を帯びていた。胸の中で苛立ちが渦を巻く。彼女にではなく、この空気すべてに。押し寄せる熱気に。来そうで来ない嵐に。変わったはずの身体に。

そのとき、母の声が落ちた。

「――だめ。」

大きくも鋭くもなかった。だが、その一言は石を水面に落とすように静かに広がり、空間を変えた。彼女にしては稀な言葉。

私とチョウは同時に母を見た。

その肌は透き通るように白く、脆さではなく、時間を拒んだかのような澄んだ光を帯びていた。だが、私を縫い止めたのは瞳だった。

黒。濃い茶や墨色ではない。濡れた土の影でもない。――黒。光を映さず、ただ呑み込む黒曜石。

かつては優しかった。朝の静けさに私たちを見守る瞳。病のときに寄り添う瞳。笑うときに星を散らす瞳。だが今は違った。

美しく、危うい。

怒りではなかった。母は決して声を荒げない。必要がないのだ。だがその瞬間、広大で静かなものが私たちの間を満たした。決して越えてはならない線。それに触れかけたとき、母は言葉を放った。

チョウと私の間にあった小さな嵐など、比べものにならなかった。

窓から風が入り、湿った鉄の匂いが漂った。蝉の声が止み、世界が耳を澄ませる。背後の火床には赤い火がわずかに残り、湿った空気に脈を打っていた。

「その櫛は――もとは、私のもの。」

私は瞬きをした。そして恥ずかしさを覚えた。母がこうして戒めることは滅多にない。

家の外、遠くで雷鳴が空を転がり、深く重たい声を響かせた。

チョウがわずかに背を伸ばし、かすかな息を吸い込む。

「今朝、私が使ったの。」母は続けた。声は落ち着いていて、急かさない。水が石を打つ雫のように、静かで揺るぎない調べだった。「戻すのを忘れただけ。」

木の軒に雨粒が一滴、また一滴。再びの静寂。

それ以上の言葉は要らなかった。

母の声は、長く止めていた呼吸を吐き出すように、胸の奥に温かく必然のように落ちてきた。

「ごめんなさい。」私は言った。本当にそう思った。

櫛を使ったのはチョウではなかった。

私の苛立ちは、彼女に向けられる理由などなかった。だが、わかっていたのに。わかっていても、何かに噛みつきたかったのだ。

息を吐くと、肩の緊張がほどけていく。こんなにも張り詰めていたのかと気づく。

チョウは隣で大きく息を吐き、布団にばたりと倒れ込んだ。布がかすかに音を立て、日に干した麻の匂いが立ちのぼる。外では、湿った土と緑の匂いが風に乗り、嵐の気配がさらに濃くなっていた。

「ほらね。」彼女は頬を腕に押しつけたままぼそりと言う。「大したことじゃなかったでしょ。」目は潤んでいたが、母を気にして横目でうかがっていた。私も同じだった。

木の戸がかすかに揺れ、もう一度風が家を抜けた。梁はうめき声のように小さく軋み、迫り来る空の重さを受け止めていた。

母は説明しなかった。

語らなかった。

語ることもなかった。

私たちが越えかけた線も、胸に渦巻いていた小さな嵐も――母はそれを認めず、命を与えず、冷えゆく月の灰のように吹き消した。

静けさがもう少し続いた。やがて母は振り返らず、袖の裾が光をすくうように揺らして廊下へ歩み去った。雨と薪煙の匂いを残しながら。

衣擦れと、床板の軋む小さな音だけが残る。

「降りていらっしゃい。」母は後ろを振り返らずに言った。声は柔らかく、それでいて届く。石を削る水の流れのように、力ではなく静かな重みで形を与える声。そこに焦りも鋭さもなく、ただ在るだけの声。

命令ではなかった。問いかけでもなかった。

そして私たちは考えるより先に従っていた。歩みは静けさに溶け、家に溶け、朝の律動へと溶け込んでいく。私たちが変わらなくても、朝は続く。だが母は、確かに私たちを変えていた。気づかぬ拍子のように、潮が浜を削り、月が見えぬ水を引くように。

廊下は細く、木の壁は長い年月に磨かれ手の跡が滑らかになっていた。木の香りと微かな線香の匂いが湿気に溶け、障子を透かす光は雲に遮られて銀白色にやわらいでいた。

階段は急で、慣れなければ降りられない造り。木は磨り減り、子どもたちの足、暗がりの夜を歩いた数え切れぬ足音を覚えている。

家の隅には月光がまだわずかに残り、木の梁に銀を留めていた。夜が手放し切れない残り香のように。夜と朝とがかすかに触れ合い、互いに譲らない静かな時間。湿った空気の中に稲藁の匂いと迫る嵐の息が重なっていた。

台所はすでに朝の温もりで満ちていた。木の煮物と昨日の炭の匂い。母は炉端に膝をつき、なめらかな手つきで火を起こす。赤く沈んでいた炭は、彼女の手首のひと捻りでふたたび息を吹き返す。

木がはぜる音。熱の立ち上がり。松と灰の香りを含んだ最初の煙。

チョウは大きなあくびをし、顔をこすりながら長椅子に腰を落とした。「もう疲れちゃった。」

「いつも疲れたって言うよね。」私は隣に座る。

彼女は足で私を軽く押し、体温が脛に伝わる。そこにはもう苛立ちはなかった。朝の張り詰めは溶け、穏やかな空気に変わっていた。

母は黙ったまま椀を置く。私に一つ。チョウに一つ。そして自分に一つ。

ご飯はまだ温かく、湯気が細い帯になって立ちのぼる。木の香と米の甘み。梅干しの濃い赤が光り、塩気の匂いを添える。質素で馴染み深い食卓。

空気にはまだ言葉にならないものが漂っていたが、必要はなかった。ここにあることこそが大事だった。

チョウは箸を伸ばし、米を口に入れて満足げに息をついた。「聞いた? 西の道でミカさんの娘が塩ぎつねを見たって。」

「また?」私は問う。

「うん。岩の上からじっと見てたんだって。」

「しゃべった?」

チョウは grin を浮かべる。「しゃべったって言うよ。でもあの子、タヌキにも話しかけるから、信じていいかはわからないけどね。」

私は鼻で笑い、首を振った。

会話は緩やかに続き、朝の食卓はいつものように流れていった。

外の空気は静まり返っていた。だがそれは警告ではなく、待機の静けさだった。雨の前の、空が近づき、大地が重くなる瞬間。葉はもう揺れず、風はいつの間にか消えていた。蝉がいつもの合唱を始めかけては、無意味だと悟るように止んだ。

遠くの田畑はじっと伸び、稲は黄金色に高く揺らがず立ち尽くす。風の糸が庭を抜け、干された布を持ち上げ、また静かに落とした。湿った土と日差しを受けた木の匂いに、どこか涼しく軽やかな気配――遠い雨の囁きが混じっていた。

チョウは肩を回し、空を見上げてつぶやいた。「静かだね。」不安ではなく、ただ気づいただけの声。

「雨が来る前に洗濯物を取り込んでおいで。」母の声は軽く、風のようだった。いつもならもう家を出ているはずの母が、今日は残っている。チョウも気づいていたと思う。自然なことのように受け止め、当たり前の時間として共にいた。掃除や食卓と同じように。ただ日々の律動の一部として。嵐があってもなくても、前に進むために。

チョウは大きく伸びをしてため息をついた。「やっぱりね。」そう言いながら、素足で縁側に出ていった。

私も続いた。近づく雨の匂いが、そっと大地に広がり始めていた。

チョウと一緒に外へ出ることは、目に見えない何かの中へ踏み込むようだった――空気よりも濃く、ただの暑さよりも重いもの。肌にまとわりつき、肘のくぼみや首筋の曲線に押し入り、じっと待つように纏いつく。家の中では、台所の温もりが私たちを包んでいた。熾火と、壁の間に満ちる空気が育む、穏やかで馴染んだ熱だ。だが敷居の外では、それまで堰き止められていた湿気が一度にほどけ、私たちを包み込んだ――ひととき、圧倒されるほどに。

私は立ち止まり、馴染むのを待った。

物干し縄は二本の木柱のあいだに渡され、乾きつつある布の重みでわずかに弓なりに撓んでいる。嵐が奪い返すより先に、空気が湿りをさらっていったのだろう、乾きはいつもより早かった。

手を伸ばして、陽に温められた布に触れる。ぱりりとした手触り。夏の空気と、皮膚と汗――生きている匂いが、かすかに混じっている。

チョウが鼻をしかめた。「暑すぎ。」

私は否定しなかった。けれど何も言わなかった。夏の多くはこんなもので、やがて気にならなくなるのだ。

空が変わっていた。灰色が濃く、厚くなり、水に墨がゆっくり溶けるように広がっていく。夏の陽が薄く、しつこく押し透してくるところだけ、銀が筋になっている。遠くで最初の雷鳴。まだ近くはない。けれど、来ている。

私はシーツを一本外し、丁寧に畳んだ。熱が繊維にまだ残っている。向かいでチョウも同じ速さで手を動かす――急いではいないが、ぎりぎり間に合うと分かっている者の歩調で。

その時――

風向きが変わった。

最初は足首を撫でる囁きほど。次にははっきりと、ひと息の涼しさを含んで駆け抜け、木の葉をざわめかせ、最後の洗濯物を激しく揺らした。チョウが「わっ」と声を上げ、飛びそうになった上着を笑いながらつかまえる。

そして――

最初の大粒の雨。

地面にやわらかく「ぷつ」と当たり、足もとの土を暗く染める。

もう一滴。

さらにもう一滴。

そして――

空が開いた。

温かな雨が一面に落ち、屋根にも梁にも踏み固めた土にも、滝のように打ちつける。世界は銀に滲み、濡れた土の匂いが波のように立ちのぼった。

チョウは歓声を上げ、びしょ濡れになる寸前に庇の下へ駆け込んだ。私も続き、残りの洗濯物を腕に抱え込む。

しばし息を整えながら、降り消える世界を見つめた。

朝食のあと、母は少し和らいだ様子で立ち上がり、天井へ向かって伸びをした。「まあ、降り出しちゃったから、洗濯は待つしかないね。」

チョウが私を見てにやり。「ラッキー。」

母は首を振って笑う。「舞い上がらないの。やることは他にもあるよ。」と言いながら、もう卓の上の小物――小さな匙や空の椀、少し曲がった布巾――を集めはじめていた。

それでも私たちは卓に残った。空の椀から立ちのぼる湯気のような、温かく居心地のいい空気が、周りを包んでいた。外の雨も落ち着き、一定のリズムで世界を小さく、静かにしている。硝子をつたう雨だれは小さな川のように道を描き、私はそれを追った。平和だった。けれど、内側ではまだ微かな唸りが続いていた。

落ち着きのないチョウはとうとう手を後ろについて伸び、「一日中だらだらしてても仕方ないよね」と言った。顔のゆるい笑みは、そうは思っていないと言っていたけれど。最近、彼女は自分の手仕事に没頭することが多く、体の向きを階段へ少し傾けただけで、もう半分はそこに行っていた。

母は箸を置く手をほんの少し止め、匙の上にそっと手を置いてから、慎重に――あまりにも慎重に――卓へ戻した。私たちへ向き直る。その表情は一瞬だけ読み取れず、壊れ物を繕うときのように言葉を選んでいるのが分かった。

「そろそろ、分かっておくべきかな。」母は口を開いた。私たちを順に見て、顔は厳しいがやわらかい。目には注意と教えの光。「どうして、私たちはここに住んでいるのか。」

私が先に首を傾げる。「どういうこと?」

「便利さで言えば、ここはたいして良くない。」と母はさらりと言う。

「ここが好きだから。」チョウがすぐに言った。母を急がせてしまったのではと怯えるように。「どこへも行きたくないよ。」

「違う違う。」母は首をすばやく振った。「どうして“こういうふうに”暮らしているのか。…もっと持てることは、分かっているでしょ。」

私たちは目を見交わした。戸惑って、また母を見る。

「昔々、」と母は答えるように続けた。「私たちは大いなる豊かさの場所を築いた。神々さえ惹き寄せ、ともに住まうほどの不思議を。今に残るのは花だけ。崩壊は偶然じゃなかった。どうしてそれを捨てたのか。」

今度はチョウの方が早かった。「『贈りもの』のせい。」彼女は微笑む。

この話は、私もチョウも知っている。子どもは皆、親から少しずつ聞かされるのだ。呼び名は(永遠の)✤ ――あるいは(永遠の日々の物語)✤。

「当時のすべてを知る者はいないし、これからもいない。」母は続ける。「あの場所、あの時に生きたというのはそういうこと。そして今、別の場に生きるというのもそういうこと。人はいつも、いくらかを忘れる。けれど、そのおかげで今の私たちが分かる。途切れなかったなら“なり得た私たち”の像も、少しは持っていられる。いつでも自分へ戻る道筋を、いくらか知っていられる。あなたたちだって――そこを夢でしか知らないとしても。輪郭の曖昧な、掴みどころのない夢。私たちを守り、いざというときの足場にもなるように。…ここは“籠城”じゃない。それはまったく別のもの。(碧藍の原)✤ Hekiso no Hara で、私たちは癒えたの。」

母はそこで言葉を切り、内側の何かを見るように首をかしげ、ゆっくり反対へ傾けた。全体を手の中で転がすように、あらゆる角度から眺める仕草。その目が再び私たちを捉えたとき、すべてを引き寄せるような澄明さが宿っていた。星明りと夢で磨かれた石のように。

「野をたんぽぽで覆い直してから、私たちは大勢で並んで座った。時々、隣へ移っては、また別の隣へ。何日も、何夜も、月が過ぎてまた満ちるまで、ほとんど何も言わずに。いつまでも、いつまでも。言葉はやがて食べ物のようになり、食べるほどに私たちは野そのものとなって、あらゆる良きものが芽吹いた。自分たちを知っていたから。行き来する道を知っていたから。夢の中の夢を歩き、かつて多くの者が“神聖”と呼んだ完全さのただ中に住んだから。だからこそ、これから実るものが、さらに豊かに花開くのだと分かっていた。」

「…楽園みたいなものの一部だったってこと?」とチョウは囁くように問う。「すべてを、本当に知っていたの? 皆のことも、意味も?」

「でも、そんなに完璧なら、どうして出てきたの?」と私は軽く探る調子で言った。「どうして、わざわざこんな――」と家の周りを大げさに示す。「――散らかって、不完全な世界に?」

母はやわらかく笑った。その笑みには、長い時だけが与える種類の知恵が宿っていた。

「あなたたちに、会うために…。」と、そっと。

その言葉が胸に落ちると、私たちは風に撫でられたみたいに揺れた。チョウは唇をわずかに開き、瞬きを早めて涙を堪える。膝の上で手をもてあそび、気持ちを落ち着けようとする。

私も似たようなものだった。胸が詰まり、体がふるえる。私たちのあいだの空気は、触れれば壊れそうに脆く、互いの目を見る勇気が出ない。見れば、なにかが溢れてしまいそうで。「お母さん…」

「…不完全で、散らかっているかもしれない。けれど、こんなにも美しい。」母はにこやかに言った。「――あなたたちがいるから。」その声には、神前で捧げるときのような敬虔さが宿っていた。私が“聖なるもの”を知っているのは、この響きのせいだ。家族。家族と、家族が作るもの。

「分かるでしょ。」と母はやさしく続ける。「この世界――あなたたちの村、あなたたちの人々、歌や物語――それ自体が一人の子どものようなもの。多くの手と心に育まれて大きくなり、形を与えられていく。子どもと同じで、完全じゃない。…それでも、まぶしく輝いている。」

母は一度遠くを見る。私たちには見えない何かを見ているように。「ひとつの夢を離れることは、別の夢へ踏み出すこと。ただ、それだけ。…そしてこの夢――あなたたちがいるこの夢は、どんな道のりにも十分値するの。」




【とじ✿】♡


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