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季節の静けさ  作者: 波歌
23/83

日記 17 ☼

❀ ✧0.003-06

ᵕ̣̣̣̣̣̣ 日記 17 ☼


朝日が村をやわらかな黄金色に染める中、私たちは祭り二日目の装いを整えていた。チョウは落ち着かず、興奮が抑えきれない様子で浴衣を慌ただしく整えていた。淡く色とりどりの布地が肩から滑り落ちかけ、私が帯をきゅっと結び直すと、彼女はにっこり笑った。鶴と波の模様が光を受け、彼女の素早い動きに合わせてきらめいた。

私も感じていた――祭りの気配が家の中まで流れ込み、空気を震わせるように期待感を漂わせていた。昨日の花火はまだ心に残っていて、色彩と音が夢の一部のように渦を巻いていた。そして今、窓から差し込む明るい光の中で、その夢はまだ続いているように思えた。

外に出ると、村は再び変貌していた。まるで夜の皮を脱ぎ、新しい姿をまとったかのように。砂に覆われた小径は輝き、色鮮やかな旗や露店が並んでいた。動物や花の形をした紙提灯が頭上に揺れ、太陽の光がまだら模様を道に描き出していた。流れるような韓服ハンボク༶の線と、折り目正しい浴衣の姿が混ざり合い、この村がいかに多くの伝統を調和させてきたかを物語っていた。

空気は食べ物の香りで満ちていた――焼き鳥とトック༶が並んで焼かれ、たい焼き༶が油の中で揚がる甘い匂いが漂っていた。砂糖をねじって飴細工にする屋台の前を通ると、宝石のように輝く飴が目を引いた。チョウは袖を引っ張り、村の中央に集まり始めた踊り手たちに目を釘付けにしていた。

「今日、踊れるかな?」彼女は小さな声で、まるで願いを口にするのをためらうかのように囁いた。

私は踊り手たちを見やった。浴衣や韓服を身にまとった村人たちが、すでに太鼓たいこ༶のゆるやかな拍子に合わせて動きを揃え始めていた。それは古い物語を体で語る舞、村の歴史に深く根ざした踊りだった。楽師たちは楽器を調律しながら、子どもたちの笑い声と混じり合っていた。

「どうかな……もう始まってるみたいだし」気のない言葉が思わず口からこぼれた。声ににじんだ失望は隠せなかった。チョウはつま先で弾むように立ち、私は生命が満ちあふれる場に押し流されそうな気配に備えていた。

「行こうよ」彼女は私の手を握りしめた。「せめて近くで見よう。きっとチャンスがあるから」笑顔は少しも揺らいでいなかった。ただそこにいれば、機会は自然と訪れると信じているかのように。

近づくと、踊り手たちの顔が見えるほどになった。化粧を施し、穏やかでありながら真剣な表情で舞う彼らの姿。祭りは目の前で展開しており、まだ私たちの居場所はなかったけれど、一日は始まったばかりだった。太鼓の響きは空気を満たし、まるで私たちを呼び込む時を待っているかのように忍耐強く続いていた。

踊りの輪の端に立つと、大地そのものが鼓動しているように太鼓の音が足裏に響いてきた。チョウは身を乗り出し、目を輝かせながら舞い手たちを見つめていた。布が渦を描くように翻り、手は空に物語を描く。その仕草一つひとつが音楽と同じく物語の一部となっていた。

群衆の熱気が高まっていくのを感じた。踊りは単なる舞ではなく、かつてこの地を歩んだ精霊や英雄を身に宿し、伝説に命を吹き込んでいた。見つめているうちに、私の中に微かな渇望が芽生えた――ただ見届けるだけでなく、その一部になりたい、音楽を自分の体で生きたいという想いが。

隣のチョウは輝くように笑っていた。そのとき初めて、私は彼女の衝動に共鳴したのかもしれない。

チョウも同じ思いだったのだろう。小声で尋ねてきた。

「いつか……私たちもできると思う?別の踊りでもいいから」

踊り手たちの自信に満ちた動きを見やりながら、私はためらった。

「私たち、振り付け知らないし……」けれど声に力はなかった。心の奥では「やってみたい」と願っていたからだ。

そのとき、濃い赤の韓服をまとった女性が輪から抜け出した。穏やかな顔立ちだが、動きには切迫感があった。楽師に近づき、太鼓を打つ者の手が小さく震えているのが見えた。小声で言葉を交わすと、拍子が一瞬乱れ、再び戻ったが、わずかに不安定さを残した。

「何かあったんだ」チョウは袖を引き、目を見開いて囁いた。

さらに近づくと、女性が低い声で楽師に告げるのが聞こえた。

梅姫うめひめ༶……倒れました。舞の先導を務めるはずだったのに」

私はその名を知っていた。梅姫は大霊獣だいれいじゅう✤を鎮めた少女の物語。村の初期に荒れ狂った霊獣を慰めたという伝承だった。

背筋に冷たいものが走る。鎮魂の舞は祭りで最も大切な儀式のひとつ。ただの踊りではなく、村の過去を敬い、人と神獣との絆を思い起こすためのものだった。

チョウが私を見上げる。「ねえ、もしかして……」と口にしかけ、言葉は宙に消えた。

赤い韓服の女性は観衆を見渡し、誰かを探しているようだった。その目には一瞬、必死さがよぎり、すぐに抑え込まれた。

気づいたとき、私は一歩前に出ていた。

「私たちが……手伝えます」声は震えていたが、不思議と群衆のざわめきを切り裂くほどにはっきりと響いた。「もし必要なら」――目が少し泳いでいたかもしれないが、それも仕方なかった。

チョウは驚いたように私を見つめ、すぐに手をぎゅっと握り返した。言葉はなかったが、その表情がすべてを物語っていた――希望、勇気、そして感謝。

女性の視線が私に定まり、しばらく言葉を測るように私を見つめた。

「鎮魂の舞を踊ったことは?」声は優しくも探るようだった。

私は首を横に振ったが、チョウがすぐに言葉を挟んだ。

「何度も見ています。物語もよく知っています」

女性は目を和らげ、小さくうなずいた。

「分かりました。共に入りなさい。舞は型を知るだけではなく、その心を理解することが大切です」声は群衆にも届くように響き、ざわつきは少しずつ収まった。

その言葉は風のように私を包み、挑戦であり、同時に招きでもあった。私とチョウが足をすくませたままでいると、彼女は笑みを浮かべた。化粧がその微笑みを際立たせ、群衆を安心させた。太鼓は再び力強さを増し、まるで私たちを呼び込むかのようだった。チョウの手を握ったまま、私は輪の中へ踏み出した。

踊りの輪は私たちのために開き、視線が風のように肌に触れるのを感じた。太鼓の響きはさらに深く、大地に根を張るように私を支えた。赤い韓服の女性はそばに立ち、落ち着いたまなざしで私たちを見守っていた。その存在は、静かな安心そのものだった。

私たちのまわりの空気が、足裏の下で震え、温かな砂を通ってせり上がってくる気配で満ちているのを感じた。儀式の舞は、ただの所作の連なりではない――古い伝承に命を与える物語であり、ひとつひとつの動きが英雄と大霊獣の昔話を反響させていた。いま、その円の内側に静かな力が在るのを感じる。まるで物語の霊そのものが、ここで見つめ、時をうかがっているかのように。

楽師たちが奏で始める。竹笛の物悲しい音色が太鼓の拍に絡み、うねりながら流れていく。あの女性の導きに合わせ、私たちは最初の歩みに入った。足はゆるやかな円を描いて砂に模様を刻む――古いものを語る文様を。隣のチョウは軽やかで確かな足取り。けれど私の四肢には、かすかなためらいの引き戻す力が残っていた。拍は馴染みなく、各所作の意味はようやく骨身に沈みはじめたばかり。

やがて、円の縁で何かの形が立ちあらわれるのに気づいた――野の獣の面をかたどった木彫りの仮面を手にした男。塗り込められた眼と渦を巻く線で飾られ、表情は猛々しくもどこか悲しげだった。彼は私たちの正対に立ち、仮面を顔に掲げる。その瞬間、舞が鎮めるべき霊獣へと姿を変える。

変化は即座だった。彼の動きは途端に荒れ、手足と布が空気を噛むように錯綜する。太鼓は速まり、その響きは村の広場に反響して、まるで獣自身の鼓動のように鳴り渡った。私自身の脈もそれに合わせて早まっていく。思いがけない力で拍に引かれて。

隣でチョウの手がいっそう強く私の手を握り、私はひと呼吸、地に錨を下ろす。女性の言葉を思い出す――「儀式は振りを知ることだけじゃない。その背にある“心”を理解すること」。

引かれる感覚が再び、今度はもっと深く来た。音や動きを越えたところからの牽引――私が昔から知っていて、まだ名づけていなかったもの。幼いころから動物に惹かれてきたあの感覚。言葉よりも、触れ方や静けさに応えてくれるという知り方。私は仮面の描かれた眼を真っ直ぐに見返す。すると霊は、打ち負かすべき“獣”ではなく、鎮めるべき“いのち”としてそこにいた。

私はチョウの手をそっと離れ、一歩、仮面の舞手へとにじり寄る。足は考えより先に動き、荒れる拍の中に自分だけの律を見つけていた。もう正しい型を踏んでいるのか分からない。それでも感覚に身を任せる。私は手を伸ばし、仮面に触れはしない距離で空気をなぞる。ひと振りごとに、静かな招きの合図を送るように。

太鼓はなお鳴り続けるが、霊の動きはわずかに収まり、荒々しさは落ち着かぬ徘徊へと変わっていく。相手が円を描けば、私も歩を合わせる。舞は繊細な交渉になった。笛は柔らぎ、草原を渡る風のように音が立ちのぼる。空気が軽くなる――霊そのものが耳を傾け始めたように。私は一瞬、仮面の奥の舞手と視線を結ぶ。仮面はあまりにも強い――顔に恐れが走ったほど。けれど、その悲しげな慈しみがすべての怖れを上書きしていく。目の奥が熱くなり、体が小さく震えた。

その時、チョウの声が拍を割って入った。澄んだ、柔らかな声――いつの間にか歌いはじめていた子守歌。母が私たちを宥めるときに口ずさんだ、村と同じくらい古い旋律。けれど今はどこか大人びている。これがこの舞の歌だったなんて、今の今まで知らなかった。彼女の声が音楽に織り込まれて輪をたぐり寄せ、円の張りつめはほどけていく。霊もその歌を知っているかのように、音へと身を傾けた。

私は流れに合わせ、手をやわらかな弧に運ぶ。チョウの歌の拍をなぞるように。霊はさらに近づき、仮面が傾く――まるで興味を示すように。私はもう一度、手を伸ばし、今度は木彫りの縁に指先をそっと触れさせた。触れたのは一瞬。それなのに空気がわずかに変わり、歌の終わりの音が夕茜に溶け残ると同時に、広場に静けさが降りた。

一瞬、すべてが止まっていた。霊の姿は暮色の中でかすかに揺らぎ、この世界へと返っていく影のように見えた。太鼓は囁きに落ち、私は群衆全体が息を潜めているのを知る。そこに満ちたのは勝利でも凱歌でもない。もっと深いもの――見えない何かが継ぎ合わされたという感覚。

最後の残響が宵に消えると、広場に軽さが宿った。霊の形はほどけ、舞手が置いていった仮面は地に休み、 twilight に表情をやわらげていた。輪になった人々は静けさを乱すのをためらうように、しばし息を詰めている。

チョウがまた隣に来て、私の手に自分の手を滑り込ませる。踊りの余熱でまだ速い呼吸が、次第に落ち着いていくのが伝わる。彼女の瞳は私と同じ静かな驚きで光っていた――まさか祭りのただ中で、村じゅうの目の前でこうなるなんて思ってもみなかった。それでも今ここにいるのが、なにより自然に思えた。

赤い韓服ハンボク༶の女性が一歩進み、静かな面持ちで私たちを見る。目に、言葉にならない感謝の光がちらりと揺れて、私たちそれぞれに届く。

「よく踊りました」その声は柔らかいが、澄んでいた。

「一つも外していません」――私たちだけに囁く声。

「そして、何が要るのかを理解してくれた」――群衆に向けた声。

「なすべきことを、ちゃんとわかっていたのです」

その言葉は、歌の最後の音のように空気に沈み、私の内側に淡い温もりが広がった。何か本当に古く、確かなものに触れた気がして。チョウが手を握り返す。彼女にも分かったのだ――祭りや舞だけでなく、それらの背後にある物語、世界の静かな場所に息づくものとのつながりが。

やがて拍手が湧き、それはやさしい波から大きなうねりへとふくらんだ。頬が熱くなる。注目されるのは苦手で、思わずチョウに視線を送ると、彼女は笑顔を弾けさせていた。今回は、背中に隠れたいという衝動は来なかった。拍手の温かさをそのまま受け取り、この瞬間の一部でいることを赦した。

舞手と楽師が少しずつ散り、祭りの律動が戻る。声と笑いが広場を満たし、頭上の紙提灯は柔らかに光って砂と石に淡い色を落とす。風に揺れるたび、色は少しずつ表情を変えた。夜そのものが私たちを抱き、祝祭の流れへと優しく還していくようだった。

チョウが私の方へ向き直り、弾む声で言う。

「やったね、セイヨ!わ、私たち、本当に舞の一部になれたんだ」

彼女の笑いは明るく、その温かさが胸の奥に落ちる。そこにはまだ太鼓の残響がかすかに鳴っていた。

「現実じゃないみたいだった」私は口元に小さな笑みを浮かべる。「でも……いつの間にか、本当になってた」――どれだけ怖かったかも言いたかった。けれど、彼女がそばを離れない様子で、もう分かっているのだと感じた。

私たちは広場を離れ、砂の上をゆっくりと歩きながら屋台の方へ戻っていった。甘い餅や焼き魚の匂いが、夕風の冷たさと混じり合って運ばれてくる。急ぐ必要はない――祭りの魔法が時間をゆるめ、ひとつひとつの瞬間を味わわせてくれているようだった。

村の縁、川辺のそばで、動物や花の形の提灯が吊られた木の下に出た。私は足先で地面の光の模様をなぞり、チョウは隣で小さく鼻歌を歌う。子守歌の旋律がまだ唇に残っている。彼女の目は、揺れる光に合わせてきらめいた。

「ねえ」私は言う。「霊が聴いていたのは、舞だけじゃなくて――たぶん、あなたの歌だよ」

チョウはにっこり笑った。その笑みはまるで陽光があふれ出すようだった。

「もしかしたらね」彼女は肩をすくめ、まるで本当かどうかは大したことじゃないとでも言うように答えた。その慎ましさを私は一瞬たりとも信じなかった。彼女の笑みからは、それを必死に守ろうとしているのが見て取れたからだ。

「でも、あの子はあなたのことも聴いていたと思う」

胸の内に静けさが落ちてきた。それは私がよく感じる恥ずかしさとは違う静けさだった。この場所に属する静けさ――頭上で揺れる灯籠、絶え間なく囁く川の音、語られるものも語られないものも含めて私たちが抱える物語。その静けさを、どう言葉にすればいいのか分からなかった。けれどチョウを見つめたとき、彼女には分かっていると確信できた。

「行こう」私はそっと言い、彼女の手に自分の手を重ねた。「母さんを探そう。きっと全部聞きたがるから」

私たちは村の中心へ戻っていった。祭りの灯りが星のように瞬き、夜がさらに深まるにつれ、その日の魔法の重みがやさしく空気に降り積もり、古びた毛布のように私たちを包んだ。祭りはただ“参加するもの”ではなく、“私たちの内に生きるもの”――音楽が消え、灯籠が片づけられたあとも、静かな鼓動として運び続けていくものなのだ。

その瞬間、私は悟った。私たちが舞った物語も、歌った歌も、ただの記憶や儀式ではない。それは村の息遣いであり、鼓動であり、時を超えて流れ続ける真実そのものなのだ、と。


【とじ✿】♡


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