日記 13
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ᵕ̣̣̣̣̣̣ 日記 13
朝の光が編み込まれた雨戸をやわらかく通り抜け、畳の上に繊細な陽の模様を描いていた。空気は以前より軽く、ひんやりとして、海風に混じる果実のような甘い香りが心地よく漂っていた。下の階からは母の作業するかすかな音が聞こえ、家の外では村が目覚めるざわめきが遠くに響いていた。平穏だった――外の世界を忘れてしまいそうになるほどの、静かな平穏。
正座して向かいに座るチョウは、いつものように瞳を輝かせ、指先で畳を軽くとんとん叩いていた。朝から祭りの話ばかり――練習をしようとか、どんな歌を歌おうとか。その興奮が静かな空間を満たし、リズムを刻むように彼女の頷きが新しい旋律を形にしていった。
私は浴衣の裾をいじりながら畳に目を落とした。祭りまではもう数日。広場で二人きりで歌うのは楽しかったのに、人前でとなると胸が締めつけられる。チョウはそれに気づいたようだった。
「緊張してるんでしょ?」優しい声で尋ねる。
私は隠さず頷いた。「ちょっとね。」
チョウはにっと笑い、勢いよく身を乗り出す。「大丈夫だよ。大げさにしなくてもいいの。私たちらしく、簡単でいいんだよ。」
私は微笑んだが、心臓はまだ落ち着かない。チョウは不思議と、いつも物事を軽くしてくれる。その素直さ、ためらわず世界に向かう強さを、私は時々羨ましく思う。
チョウは両手を後ろについて天井を見上げ、ふと提案した。「じゃあ、新しい歌はどう?」瞳がきらりと輝く。
「歌を作るってこと?」思わず聞き返す。
「どうしてだめなの?」彼女は笑った。「小さな歌でいいんだよ。私たちだけの。」
――私たちだけの。そう思うと少し気が楽になる。みんなのためじゃなくていい。大きなものじゃなくていい。ただ二人で歌える、自然に寄り添うものなら。
私は畳に小さな円を描くように指を動かしながら、「どんな歌にする?」と尋ねた。
チョウは肩をすくめ、柔らかく笑う。「うーん、わからないな。家のこととか、海のこととか…二人が好きなもの。」
その考えはそっと心に馴染んだ。知っているもの、共有しているものを歌えば、恐ろしさは薄れる。大勢の前での演奏ではなく、静かな会話のように思えてくる。私にはもう見えていた――肩を並べて立ち、声を重ね、ただ穏やかに。
チョウは低く鼻歌を始めた。波のゆらぎのような旋律。私は耳を澄ませ、やがてそのリズムにうなずいた。目を閉じ、心に形を描く。そっと声を合わせる。
「波の音、風の歌」
チョウの目が輝き、声が重なった。
「一緒に聞こえる、ふたりで聞く」
二人の声は静かに溶け合い、大げさではなく、ただ自然に。言葉はもともとここにあったかのように、すっと馴染んでいく。
「どこまでも、ゆっくりと」
チョウの声は魔法のように部屋を満たし、胸の重さをほどいていく。祭りも、人々も、緊張も、すべて遠のき、ただここにある瞬間に溶けていった。
歌い終えると、余韻だけが残った。チョウは温かな笑顔を向け、「ね、簡単でいいんだよ」と囁いた。私は胸に灯るあたたかさを抱え、「うん」と返す。
光は畳の上で影を移し、窓から海の香りを含んだ風が流れ込む。ささやかな歌が、私たちの小さな世界に刻まれた気がした。その笑顔は、祭りの季節を通して私の心を照らし続けるだろう。
戸を叩く音。母だった。やわらかな笑みとともに小さな包みを差し出し、「お使いをお願いできる?」と穏やかに頼む。
チョウはすぐに立ち上がり、「もちろん!」と元気に応える。私はゆっくりと立ち上がり、母から包みを受け取った。薬草の香りが漂う。
「ジロウ隊長に届けておくれ。眠れないらしくてね。昼までには帰ってきて。」母は私の肩に手を置き、安心させるように微笑んだ。
二人で草履を履き、陽射しのまぶしい昼の村へ出る。道は祭りの準備で賑わい、色とりどりの提灯が風に揺れていた。子どもたちが駆け回り、屋台の主たちは看板を磨き、祭りを迎える空気に村は染まりつつあった。
坂をのぼると、静けさが戻ってきた。鳥の声、薪を割る音。銀杏と松に囲まれた屯所が現れた。年月を経た木造の外壁は黒く艶めき、まるで何百年も続くべく建てられたように、堂々と立っていた。
門には地方の印が掲げられていた――山の陽を背にした波の意匠が、横木に刻まれている。二枚の巨大な扉は厚い檜で組まれ、鉄で縛られており、木の止めに支えられて開け放たれていた。風が自由に出入りし、内へと流れ込む。すぐ内側は川石を敷き詰めた広い中庭で、縁には砂が長く流れるような弧を描いて掃き清められ、草履がきちんと並べられていた。チョウと私は同時に足を止める。
靴を脱ぎ、つま先を内に向けて揃える。チョウは腰で浴衣を整え、軽やかに、優美に床の間へ一礼した。そこには掛け軸と一枝の松が水に差されている。私はそれにならい、少しぎこちなくも心を込めて頭を下げた。建物の内の静けさは馴染んだものだった。長い廊下を冷気が流れ、どこか遠くで床板の軋む音と竹刀が巻藁を打つ規則正しい響きが微かに届く。
内部は磨かれた木と清浄な光に満ちていた。廊下の両側に襖が並び、開いた部屋には畳と低い卓、隅に置かれた箒だけ。余分なものはなく、ただ必要なもののみ。壁には漆塗りの木札が整然と並び、代々仕えた者の名が記されている。その下には槍が架けられ、幾世代もの手に磨かれた柄が光っていた。飾りではなく、深い意図の宿る空間。静寂さえも調えられたように感じられる。
私たちは大広間の前を左に折れ、梁に彫られた龍と波の文様の下を通る。それは村の印と同じ意匠だった。廊下の突き当たりには階段があり、古い杉の段は中央がわずかにすり減って凹んでいた。チョウが先に上り、手すりに触れるのは軽く。私も慎重に足を運び、抱えた包みに意識を向けた。
三階は両側に細い窓のある長い廊下で、風通しがよく明るかった。墨と楮紙の匂いに、古い稽古油と乾いた汗のかすかな残り香が混じる。廊下の奥の部屋は札ではなく、取手に巻かれた赤い紐で示されていた。それは「在室」を意味し、閉ざされてはいないという合図。チョウは膝をつき、戸に軽く二度のノックをした。
「ジロウ隊長。お邪魔いたします。」
間があり、軋む音ののちに低く穏やかな声が返る。「入れ。」
チョウは慣れた手つきで戸を開け、私も包みを両手に抱えたまま続いた。部屋は質素だったが、開け放たれた窓からの眺めで広大に感じられた。正面の壁には読めぬが力強い筆致の掛け軸が掛かり、畳に机、茶器の台があるのみ。ジロウ隊長は座布団に正座し、両手を腿に置いて動かず、まるで黒檀を彫った像のようだった。
私たちに目を向けると、その表情は崩れずともわずかに和らいだ。ひとつ頷く。
「よく来てくれたな。ヒナの娘たちよ。この老いぼれを訪ねてくれて感謝する。」
私は深く頭を下げ、両手で包みを差し出した。「母よりのお使いです。安眠の助けになると申しておりました。」
彼は厳かに受け取り、その瞬間が思いのほか大きな意味を帯びる。誇張はなく、ただ全身の注意をもって行うことが、そのまま聖なる行為のように感じられた。
「身体が忘れるものを、彼女は覚えている。」彼は指で紐をなぞり、柔らかく言う。「ありがたい。今夜は安らかに眠れそうだ。」小さく、しかし誠実な笑み。
チョウは私の隣で膝を揃え、「母に必ずお伝えします。もしお言葉をお預かりできるなら、それも共に。」と告げた。
かすかな笑い。「お前たちの方が、これまで見た新兵よりも落ち着いている。」
私は頬を赤らめ、返す言葉を失ったが、チョウはただ微笑んだ。
室内は海風に紙障子が揺れる音だけ。深い静けさの中で、胸の奥に小さな解放感が芽生える。長く止めていた息を、ようやく吐き出すような。
やがて彼は手を伸ばし、机の脇の漆盆を取った。陶器の澄んだ音が続き、静かに茶を注ぐ。焙じ麦と山の薄荷の香りが淡い糸となって立ちのぼる。一杯をチョウへ、もう一杯を私へ。
「長くは引き留めぬ。しかし茶を差し出さずに済ますのは、母上に教わった礼に背く。」
チョウは両手で受け、軽く一礼して口にする。私もそれに倣うが、所作はやや遅く、不器用だった。
「…優しい味ですね。」チョウは静かに言った。
彼の口元がわずかに緩む。「さっき淹れたばかりだ。良い客を待っていたのかもしれぬ。」
チョウは視線を落とし、年相応の素朴さを見せる。その姿は季節の間に立つ者のように見えた。私は言葉を挟まず、ただ茶の温もりに手を包まれ、時が緩やかに流れるのを感じた。
やがて彼は私に目を向けた。「セイヨ。静かに歩けるようになったな。以前は足音が雷のようだった。」
私は顔を赤らめ、チョウを見る。彼女は何も言わず、知ったように微笑んでいる。
「若かったんです。」小声で答えると、口元に思わず笑みが浮かぶ。
「まだ若い。だが形はある。」彼は穏やかに言い、茶碗を置いた。「物を運ぶ姿だけで伝わるものがある。母の慎みを受け継いでいるな。」
その言葉は重くも優しく、私を静かに満たした。願う姿ではなく、すでにある姿を見られた気がした。私は深く、ぎこちなく頭を下げた。
彼の視線は包みに戻る。「母上は癒やし手だろう。失われたものを取り戻す者。痛みや恐れから体を解き放つ者。」
包みを少し近くへ寄せ、「しかも力ではなく導きで。それは稀なことだ。」
チョウは再び深く礼をした。「母は稀だとは言いません。でも…代償はあるのだと思います。」
ジロウはゆっくりと頷く。「価値ある技は皆そうだ。指揮もまた然り。」
私たちは問いを口にせず、ただ沈黙を保った。茶は冷め、光は畳に新しい線を描いていく。
やがて彼は別れのように優しく言った。「よくやってくれた。母上も喜ぶだろう。」
チョウが先に立ち上がり、私も続く。二人で深く礼をし、頭を上げた時には、彼はすでに筆を手に取っていた。
背を向けかけたとき、彼は言った。「母上に…彼女の情けを忘れぬと伝えてくれ。」そして一拍おいて、「お前たちのもだ。」
チョウは戸口で立ち止まり、手を柱に添えた。「隊長?」
彼はもう一度顔を上げ、注意深くこちらを見る。
「眠れないようなら、」とチョウは少し戯けた色を声に混ぜて言った。「狐の精の歌を口ずさめば? 訓練の時に歌っていた、あの。」
ジロウは片眉を上げたが、その奥に温かさがあった。「あの大昔のたわごとか?」
「私たちには効きましたよ。」と彼女は軽く返す。「どんな眠り薬より。」
彼は低く、本当に愉快そうに笑った。「では試してみるとしよう。」
私たちが部屋を滑るように出ると、彼の声が背に続き、戸は柔らかく、しかし確かな音を立てて閉じた。
廊下には誰もいない。風が戻って来る。長い木の階段を下りるあいだ、茶と杉の匂いが、まるでこの建物の木目に折り畳まれた記憶のように、かすかに漂い続けた。
三階から下りる足下で段板が鳴り、杉と古い汗の匂いがふっと立ちのぼる。チョウは私の前を軽やかに進み、手すりの滑らかな縁を指先でなぞった。私は少しゆっくりと続き、脇に抱え直した空の包み――まだわずかに温かく、眠り草と砕いた茴香の根の香りが残る――を揺らさぬよう気を配った。
最下段に辿り着くと、広い道場が開けていた。高い格子窓から射す陽に、空中の細かな塵が浮かび上がる。場はおおむね静かで、壁際では若い隊員が数人、槍先を磨き、巻き革を締め直している。だが私たちが畳に上がった途端、正面の扉ががたんと開いた。
三人の男が笑いと足音を引き連れて入ってくる。木の敷居を重く踏み、脱ぎかけの羽織の下の汗で濃くなった肌着が覗く。額は光り、稽古の匂いが肩にまとわりついている。一本は漆の稽古杖を肩にひょいと担ぎ、もう一人は濡れ布の束を帯に挟んでいた。三人とも、私たちを見て歩みを止めた。
「おやおや。」鼻筋の少し曲がった一番背の高い男がにやりとする。「風が運んできたのは誰だ?」
「タツヤの娘たちだな。」杖の男が顎で示す。「ずいぶん背が伸びた。検分に通りそうな顔つきになってきたじゃないか。」
「隊長はそうは言わないと思うけど。」とチョウは軽く返し、両手を背で組んで無邪気を装う。「まだ起きてるわよ。聞いてみたら?」
笑いが起きる。三人目――鎖骨に太い傷のある年長の男――が私に首を傾け、わざとらしく目を細めた。「まだ歌うのか? 蛙と月夜の歌。いや、もう失恋の唄に乗り換えたか?」
頬が熱くなるのを感じながらも、私は背筋を伸ばした。「雨の日だけです。睡蓮がよく育つから。」
背の高い男が短く吠えるように笑い、こめかみを指先で叩く。「それがヒナの仕事ってやつだ。切っ先は鋭く、仕上げは柔らかい。」
「蕁麻で撚った帯紐みたいにな。」傷の男が帯から布を抜いて首筋を拭きながら言う。「昔はタツヤが勤め帰りにお前らを連れて来て、玉砂利を的に投げさせて剣の真似事をさせてたっけ。」
「真似事なんて覚えはないけど。」とチョウ。笑みは少し鋭くなる。「勝った記憶ならある。」
「俺は噛まれたぞ。」杖の男が前腕を示して言う。「ここだ。今も跡がある。」
「それはセイヨ。」チョウは即座に、ためらいなく私を売った。
私は横目で彼女を見る。「目上の前で嘘はだめ。」
「でも言うの。」と彼女は甘く返す。「彼みたいにね。」顎で杖の男を示すと、彼のむっとした顔に、チョウの笑みはますます広がった。
笑いがまた広がる。とげはなく、からかいの縁は柔らかい。まるで昔、草履の結び方を教えてくれた叔父たちが、今は「もう自分で履けるのか」と惚けて見せているかのように。
「用足しか?」と傷の男。声色は和らいでいる。
「薬を届けました。」私は答える。「母の眠りの調合です。ジロウ隊長、ここのところ眠れていないって。」
三人はうなずき、空気がまた親しい方へと傾く。
「奴は頼まん。」背の高い男が言う。「必要な時でもな。」
「どうしていつもわかるんだろうな。」布の男が今度は額にそれを押し当てる。「あの人はいつもわかってる。」
チョウは素直に肩をすくめ、静かに一礼した。「喜んでいただければ、母も嬉しいはずです。」
ひと呼吸の沈黙。やがて杖の男が持ち方を替え、出口を顎で示す。「もうすぐ祭りだ。坊主どもに松明運びに駆り出されるなよ。」
「忠告どうも。」とチョウはすでに踵を返している。
「セイヨ、あんまり大きな声で歌うなよ。」と傷の男。「まだ夢を見る老犬もいる。」
私は歯を見せて笑い――だが親しみを込めて――彼の視線を受け止めた。「じゃあ、いい夢を。」
外は真昼の強い光。背後で彼らの靴の音と笑い声が、家の生活のざわめきに再び溶けていった。
影の敷居を出るころ、太陽はすでに天の頂をわずかに過ぎ、傾いた温みが屯所の軒を照らしていた。外の道はゆるく曲がり、下の町へ戻っていく。敷石は木洩れ日にまだらに温かい。チョウは長く軽い息を吐き、両腕を頭上に伸ばして肩を鳴らした。
「嬉しい時の方が、あの人たち手に負えないんだよね。」と半ば独り言のように。
私は脇にやわらいだ包みを抱えたまま並んで歩く。重さはもう畳んだ手拭いほど。「そこまで悪くなかったよ。」
彼女は片眉を上げた。「あなたが噛んだって言われたところは?」
「それは本当。」私は認めた。「彼が悪かった。」
彼女は吹き出した。「えっ?」しばし笑ってから息を整える。「…きっと、そうなんだろうね。」と言いながらも、私が本気かどうか測るような目で見る。
私はニヤリと返す。
彼女はもう少し私を見つめ――
私はただ微笑んだ――
彼女は首を振った。「それ、庇ってあげればよかった。」
「もう庇ったよ。」
数歩進むたび、草履の下で砂利がかすかに鳴る。少し下では、杉の回廊に掛けられた幟が風を多めに受け、赤、金、藍、緑の縁がやわらかく波打っていた。二人の子どもが柱の間を駆け抜け、でっぷりしたマスティフが子犬のように追いかける。甲高い笑い声が、斜面の下から響く市の太鼓や売り声の厚い音を切り分けていく。
空気は塩と煙と、炒った栗粉の匂い。どこかで笛が鳴りはじめ、木々の間を気ままに縫っていく。
「歌の話を出した時の隊長の顔、見た?」私は横目で問う。
彼女は笑った。「よく無意識に口ずさんでたよ。誰かが型を外した時なんか、とくに。」
「今日は疲れてるように見えた。」
チョウの笑みは和らぐ。「この季節はみんなそう。雨が何もかも動かすから。空まで重くなる。」
私は頷いた。うまく言えないけれど、確かな真実がある。季節はいつも何かを連れてくる――記憶か、痛みか、あるいはただ、足下の世界がまた形を変えるという感覚。見た目は静かでも、水がつねに動くように。
そよ風が髪を持ち上げる。私は一度だけ肩越しに振り返った。丘に寄り添う屯所は、松と銀杏の帳の奥に、しっかりと立っている。高い梁、石で縁取られた中庭、磨いた木の匂いと、使い込まれた稽古畳の匂い――どれも私たちの子ども時代のもので、そして今のものでもあった。口に出すまでもないが、私は感じていた。どれほど多くの手が私たちを育て、どれほど多くの目が見守ってくれたかを。
前でチョウが私の袖をそっと引く。
「ほら、行こ。」彼女は言う。「のんびりしてると餅串、売り切れちゃう。」
私は彼女のあとに続いた。背後では笛の音が上がったり下がったりしながら、風のゆっくりした呼吸みたいに遠ざかっていく。
坂を下り、回廊の終わりを過ぎると、道は広がって下町の縁へと流れ込む。人は増え、玉ねぎの木箱に腰掛ける既婚の女たち、裸足で樽の間を縫う子どもたち、風もないのに回ろうとしない紙風車を追いかける二人の少年。市場の太鼓が低くゆっくりと鳴り、魚屋がハエを追うたび、前掛けのはためきが半分拍子を刻んでいた。
私たちは、干し柿でびっしりと覆われた棚の下をくぐった。皮は革のように張り、日で甘みを帯び、錆色がかった橙に深まっている。下では、老女が土鉢の釉を柳の筆で静かにかき混ぜ、一本ずつ柄に酢を塗って鳥除けにしていた。
餅の屋台は遠くなかった。先に匂いでわかった――焦げた醤の香りと蕎麦殻の灰、風に絡む甘い小豆の湯気の粘り。チョウは喉の奥で嬉しそうに小さく声を漏らし、片肩に籠を三つ担いだ男の脇をするりと抜けて歩みを速めた。
店主は私たちに気づくと、歯の半分を見せて笑った。「おう、タツヤの娘っ子! 今日は顔を出すのか、それとも俺が屯所にだけ飯を食わせる羽目になるのかと思ってた。」
「食わせる?」とチョウは鼻で笑う。「いつも倍額取ってるくせに。」
男は悪びれもせず肩をすくめる。「あいつら、箸を折るんだよ信じられないくらいな。こっちは大赤字さ。」
「この前は薪代がかさむって言ってたじゃない。」
「同じことだろ。」と彼は言う。「割れた木は、結局どれも割れた木だ。」
私は小さな真珠を一粒渡し、彼は串を二本ずつ手渡してくれた――搗いた団子に味噌を塗って、縁がかすかにぱちぱちと割れ、桑の紙を折って受けにしてある。串はまだ熱い。私は上の一つにそっと息を吹きかけ、噛みしめる。塩と煙が舌で一緒に花ひらいた。
彼は掌で真珠を転がし、目を細める。「今日は上物だな。…また潜ってきたのかい?」
「少しだけ。」と私はしんみり答えた。「またすぐに。」
彼はにやりとした。「そんなのを持って来るなら、ただで食っていきな。」
私は大きく笑ってうなずく。「わかった。じゃあ、その言葉、忘れないからね。」
「よし来い。」と彼は笑い、本気の一礼をくれた。
もともとやっていることで飯が浮くとなれば、足取りは自然と軽くなる。
チョウは首を振る。「あなたの物々交換の理想、いつか話し合わないとね。」
「なにが?」
「まずは、交渉ってものを“やってみる”ところから。」
私は笑い、腰で軽く彼女にぶつかった。
庭塀の陰の低い石垣を見つけ、私たちは腰かけた。串は膝に渡して置き、裾が土に触れないよう足をきゅっとたたむ。チョウは団子をちぎって口に放り、満足そうに噛む。
通り向かいでは、見習いの一団が遊び屋台を出していた。細い葦の輪が針金に吊られ、子どもたちが列になって小石を投げ、景品を狙っている。小柄で真面目そうな女の子が三投続けて輪を通し、魚形の赤い笛をもらった。彼女は振り向いて一度、誇らしげに鋭く鳴らす。
私はチョウを見た。彼女はもうゆっくり噛んでいて、串を指にゆるくぶら下げ、視線は子どもではなく、その先のどこかに止まっていた。
「どうしたの?」私は小声で尋ねる。
すぐには答えず、ひとつ瞬きをしてから、次の団子を見下ろした。そこにまだあるのが不思議だという顔で。「なんでもない。」やっとそう言う。「光が変わっただけ。」
私も見た。雲が――ほんの少し――動いたのだろう。通りの影が長くなっている。海から立つ、光が本当に変わる前の風――塩気が強く、どこか冷たい――が起こり始めていた。
背後で太鼓の拍が変わる。
一拍置いて、より鋭い打ち方――別の誰かが叩き始め、前の調子を掴み切れていないような。人々は歩みを止めないが、いくらか速度を落とす。餅の店主は台の外へ出て坂の上を見る。柿の女は手で額に影を作った。
そのとき、空気そのものが…近くなった気がした。
チョウは食べかけの串を置いた。
「少し歩こう。」彼女は立ち上がり、膝の粉を払う。「寺の坂の脇に、静かな通りがある。」
私は疑いもせずついていった。ただ、太鼓を一度だけ見返す――今は屋台の二つの間にわずかに見える。その叩き手の手は速い。不器用ではなく、切迫している。村の子ではない。知らない顔。
風がまた向きを変えた。
頭上の幟がぱす、と二度、柔らかく鳴って、止む。
寺までは町外れだ。いくつか寺はあるが、一番大きいのは丘の方にある。縁には石灯籠が並び、中は今は暗いが、縁には古い蝋の匂いがほのかに残っている。割った焚き付けを束ねた少年が坂で私たちとすれ違い、会釈ひとつして横道へ消えた。
チョウはまた先に立つ。腕は体の脇でゆるみ、歩みはさっきより遅い。風が袖口をくすぐり、糸が擦れて薄くなったところが光を拾うのが見える。頭上の木々も変わった――銀杏は少なく、楠や楓が増え、幹は古く、根が石を押し上げ、まるで布団の下で寝返りを打つ誰かのよう。
外の手水鉢の脇を曲がる。参る人が花や真珠を置いていくところだ。竹筧の雫に揺れながら、白い花がひとつ、鉢の面に浮かんでいた。
――そのとき、彼女を見た。
一人の少女が、寺の石段の正面ではなく、右手の少し外れ――昔、老僧の納屋があったあたり――に立っていた。見覚えはない。私たちより幼い、十一ほどか。社殿に背を向け、両手を前で組み、動かない。髪はほどけ、海から来たばかりのように濡れて暗い。衣は清潔だが…どこかおかしい。張りがあり、今日という日の場違いなほど上等。
彼女はただ立ち、寺の側壁を見上げている――去年の台風修理で古い絵馬を外した場所。今は何もない。晒された木肌が、日で褪せ、まだらに明るい。
チョウが隣で歩調を落とし、肩がわずかに私に触れた。
「知ってる子?」私は囁く。
彼女は小さく首を振る。「村の子じゃない。」
少女は少しだけこちらに顔を向けた。驚いた様子はない。ずっと前から私たちに気づいていたかのように。大きく暗い目――海の艶を宿したその目――が私と合った。
胸がきゅっとなる。
寺の奥で、鈴のかすかな音が鳴った気がした。瞬きをすると、少女はまた空の壁へ向き直り、ゆっくりと片手を上げ、指を伸ばし――触れた。…何もないところに。
聞こえるのは、頭上の葉のそよぎだけ。
チョウは一歩踏み出して、止まった。「回ろう。」彼女は静かに言い、私の手を掴んで来た道を引き返す。「尾根道を行ける。」
理由は尋ねなかった。私はうなずき、少女を大きく迂回して通り過ぎる。そのときもう一度だけ振り返る――
――が、そこに彼女の姿はなかった。
寺の裏手の細い坂へ折れ、草履で土をさくりと擦る。下の太鼓の音は歩幅ごとに薄れ、代わりに草を渡る風の囁きが満ちてくる。
尾根道は寺の裏手をかすめて緩やかに続き、野の草は丈高く伸び、人の足に触れることも稀らしい。縁の古い柵は傾き、支柱は年を負って弓なりに撓んでいる。葦の間を、早出の蝶が何頭か、ちらりちらりと出入りする。下の緑の重なり越しに、本堂の瓦屋根がのぞき、棟の中央には昨季の嵐の染みがまだ残っていた。
しばらく、チョウは口を開かなかった。
窪地の方からは、仮設の市の太鼓がかすかに届く――本番前の最後の稽古。日が後半へ傾く合図でもある。
花をつけた梅の下にひっそりと鳥居があり、その下をくぐる。花びらが道に散り、こぼれた飯椀のように白い粒を広げている。その先で尾根が曲がり、何かが見えてきた――道が大通りへ戻る曲がり角の懐に、屋台が一つ。
いつもの屋台ではない。
地面には幅広の筵が敷かれ、樹皮布で織って縁に古い藍の麻があしらってある。脇には小さな鉄の火鉢が地に低く据えられ、その傍らに串の餅が整然と並ぶ――白のまま、きな粉をまぶしたもの、濃い蜜を塗って縁に琥珀の珠をこぼしたもの。
それを見張る男が、私たちに気づいて顔を上げた。年配で、細い顎、袖は肘までまくっている。片方の眉を浅く弧のような傷が横切っていた。屯所の者か、昔そうだったのか。彼の目は私たちを行き来し、想像より半拍ほど長く、そこに留まった。
「さて…」と男は言った。声は乾いていたが、意地悪ではなかった。「お前たちを見るのは、海岸が氾濫して以来か。もう三年か?」
チョウは母といることの方が多かった。私は彼を知らなかったが、傷を残したままだったことに驚いた。癒し手ならば取り除けたはずなのに。
「四年。」とチョウは軽く返す。「でも覚えているのは私たちの叔父でしょ。」
「そうか?」彼の視線が鋭くなる。「ああ――違うな。間違えた。お前たちは癒し手の娘だ。」
チョウは微笑む。「それでも覚えていてくれたのね。」
彼は満足そうにひとつ頷いた。そして私がじっと見ているのに気づき、「どうした、嬢ちゃん? この傷が気持ち悪いか?」
「す、すみません!」私は鋭く頭を下げた。
「いやいや。いいんだ。お前の母さんは消そうとしたが、俺たちは傷なんていくらでも負う。暇ができたら治してもらえばいいさ。」
「どうしてついたの?」とチョウが尋ねる。
「お前たちが考えることじゃない。」老兵はつぶやきながらも、すでに串を取っていた。「これを食え。焼き上がったばかりだ。蜜にはまだ触るな――熱すぎる。」
私は小さく礼を言って受け取り、チョウも同じようにしてから一礼して下がった。
餅は柔らかく、まだ湯気を立てている。私は注意深く一口かじった。粉が唇にかすかに残り、風にさらわれる前に舌でそっと拭った。
しばし、誰も口を開かなかった。
やがてチョウが、低く言った。「…見た?」
その問いに私ははっとした。待っていた言葉なのに、やはり驚いた。私は一度うなずき、ゆっくり噛みながら答える。「…霊じゃなかったと思う。」声は小さく、かすれていた。チョウは気づいた。
「そうね。」チョウも言う。「でも、この村の子でもない。」その声はさらに小さかった。
それ以上は語らなかった。風が吹き上がり、下では寺の鐘が夕方の勤行を告げて鳴り始めた。私は薬草の包みに一瞥をくれ、それから斜面の向こうに隠れた寺の壁を見やった。口の中にはまだ餅の甘さが残っていた。
私たちは目を合わせ、黙ってうなずき合う。
鐘の音が遠のき、残るのは火鉢のかすかな爆ぜる音だけ。
翌日、チョウは言葉もなく灯籠屋の前で立ち止まった。
竹の竿から淡い紙の殻がいくつも吊られ、杉の枠はまだ青さを残している。店主は糊の鍋に身をかがめ、破れた縫い目を直していて、チョウが筆と紙切れを手に取ったことに気づかなかった。
私は見ていた。チョウが身をかがめ、静かに、しかし丁寧に書きつけるのを。太く確かな筆跡は、影の中でも読めるほどだった。
「波の音、風の歌」
彼女は紙を一度折り、灯籠の中に差し込み、枠を小さく揺すって、内壁に平らに落ち着かせた。
振り向いたチョウの目は輝き、笑顔が広がる。
「今夜、他のと一緒に灯るよ。」
その夜、私たちは寺の坂に残り、最初の灯籠が灯るのを見た。彼女が触れたそれも他と同じように光ったが、風が動くと墨の詩がふっと現れ――歌の幽霊のように漂った。
石段の下に、あの少女がまたいた。声もかけず、手も振らなかったが、傾けた顔が灯籠の光を受け、その瞬間だけ立ち止まった。首を鋭く傾け――そして駆け出した! 顔いっぱいに笑みを浮かべて。
チョウと私はまた目を合わせ、うなずいた。
私たちも笑っていた。尾根道を少し先まで進み、足音もなく、埃と花びらの上を歩きながら。下では寺の屋根が枝の間にきらめき、漆の棟は穏やかな波のように反り上がり、供物を空へ運ぼうとしているかのようだった。
柵の途切れで、私たちは立ち止まった。
まだ、そこにいた。
最初は光の幻と思った――香炉の上に立つ靄に陽が溜まり、白に白が重なり、少女の姿がぼやけて浮かんだだけだと。だが違った。彼女は古い石段の下の鳥居の向こうに立っていた。傍らでは鐘花が再び咲き始め、月の貝殻のように淡く大きく。
彼女は動かない。ただ――そこに立っていた。
髪はほどけ、袖は腕に長すぎ、足には履物もない。
脇に丸まっていた社の猫が顔を上げ、耳をぴくりと動かした。だが少女はそのままだった。尾根からでも、香炉の石から立ちのぼる熱気越しでも、彼女のまわりだけが澄んでいた。水鉢に張られた水のように、動きを止めて。
隣でチョウの息が詰まる。私は振り向かなかった。
長い時間ののち、少女はゆっくりと身をかがめた――風もないのに葦が倒れるような、不自然な遅さで。彼女は何かを拾い上げる。掌に折られた白い紐。
鐘花が揺れた。風はないのに。
瞬きをしたとき――彼女はいなかった――
胸に冷たいものが走り、鼓動が止まる。
一拍、身動きができない。
私たちは柵から身を返し、駆けだした。道を登って家へと急ぎながら。けれど一度だけ振り返った。木立に隠れる前に。鐘花はまだ揺れ、猫は消え、そして白い紐が一片――杜松の低い枝に引っかかり、震えていた。
帰り道は木立の間をゆるく曲がり、炭焼き窯や苔むした境の石標を過ぎていく。土は再びやわらかく、草履の下に湿りを含み、空気はその日の木こりの残した土の匂いと梅の皮の匂いを帯びていた。
チョウは生垣に指を伸ばし、葉の先をなぞる。葉は暑さで色を褪せている。彼女の顔はやわらぎ、食と陽と胸に抱えた静けさのあと、いつもそうなるように。私は横目で一度見て、同じやわらかさを自分の中にも感じた。
「もうすぐ灯籠の刻だね。」とチョウは空に向かって言った。
頭上で楠の葉ががさりと鳴り、遠い煙の匂いを運ぶ。
私たちは本道から外れ、村の裏段へ続く細い道へ折れる。
家々は土地の窪みに低く建ち、どこも小さな薬草畑や菜園を抱えていた。匂いも違う――米酢を煮る匂い、窓辺に置かれた漬け瓶、紫蘇や葱や早生の梅の甘み。
狭い段を縫うように進むと、やがて家の裏の階段が見えた。
縁に上がり、板の冷たさを踏み、戸を引く。
中には、奥の窓からの光が柔らかな金色になっていた。
炉端は掃かれ、母だろう、座布団はもう畳まれていた。大麦茶の匂いがまだ残り、その下に薬練りや煮た根の濃い匂いが漂う。炉のそばに鉢が冷めかけ、梁からは搾った薬草の袋が吊るされ、雫が器に落ちていた。
チョウは言葉なく草履を揃えた。動作は静かで慣れている。彼女は裏の間へと進み、布をそっと払う。私は後に続き、肩で梁にぶつけないよう注意した――それでもよくやってしまうのだが。
母は机に膝をついていた。脇の灯はまだ灯されていないが、手は止まらず、細かな乾いたものを紙片に包み込んでいる――熱を下げる粉か、似たものか。ひとつひとつを正確に折り、指先で縁をなぞってから横へ置く。
【とじ✿】♡




