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季節の静けさ  作者: 波歌
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日記 3

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ᵕ̣̣̣̣̣̣ 日記 3


朝の光が障子をすべり、畳にやわらかな模様を描きながら、私はまどろみの中で海から届く波の音に目を覚ました。母はすでに出かけていて、近隣の村の誰かを看ているのだろう。母のいない家はまた静かで、しばし私はその静けさに身を沈めた。ありふれた、ゆっくりとした日のひとつだった。

部屋を出ると、木の床がやさしくきしんだ。家の中にはひのき༶の香りが漂い、昨夜の残り香のように、香の淡い気配が祈りの記憶のように重なっていた。私は両腕を大きく伸ばし、そのすべてを吸い込んだ。


どこかで布の擦れる小さな音がした。ほんの一瞬――かすかな合図だったが、それでチョウが近くにいると分かった。きっと何か小さな仕事に没頭しているのだろう。彼女はいつも何かをしていて、注意して見なければ気づかないほどだった。


その日、急ぐ用事はなかった。私は掃除から始めることにした。箒を手に取り、一晩で積もった埃を掃き払う。刷毛の音が床にやわらかな律動を刻み、作業を進めるうちに、あの満ち足りた感覚が胸に広がった――小さなことでも、世話をすることには平穏がある。


部屋から部屋へと移りながら、器や飾りを持ち上げては下を拭いた。障子を透かす日差しは時間とともに移ろい、金の帯のように壁を横切る。私はその光の移ろいが好きだった――まるで家そのものが静かに生き、時とともに息をしているようで。


二階のチョウの部屋の前を通りかかると、半開きの戸からきちんと積まれた布や糸の小さな束が見えた。次の手仕事を静かに待っているのだろう。彼女は自分のしていることを多く語らなかったが、不思議とすべては形になっていった。今はどこかに出かけて、誰かに何かを届けたり、手を貸したりしているに違いない。


縁側༶の下には、父が作った浅い水溜まりがあり、暑い日に浸かるにはちょうどよい。私はそのそばで立ち止まり、水面に指をすべらせた。小さな(さざ波)が広がり、浮かぶ睡蓮をやさしく揺らした。それはいつもチョウを思わせた――小さく繊細なのに、何も誇示せず、すべてを支える存在。


思いを振り払い、彫刻のある木の扉を拭いた。古い神や祖先を描いたその模様は、私が想像するしかない時代の物語を伝えていた。掌でその滑らかさをなぞりながら、私は自分が何か大きなものとつながっていると感じた。たとえそれが何であるか完全には分からなくても。


外では風鈴が柔らかに鳴り、家のすぐ外にある竹林をそよぐ風と溶け合っていた。その響きはチョウをまた思わせた――日々を静かに進め、忙しく立ち働きながらも決して目立とうとはしない彼女の姿を。


やがて台所が私を呼んだ。母の残していった薬草の香りが漂い、私は朝食の器を洗い始めた。外では竹の筧が石鉢に水を落とし、「ぽとり、ぽとり」と世界そのものが時を刻むかのように響いていた。

ふと、台所の台に小さな布切れの束が置かれているのに気づいた。きっとチョウのものだ。彼女はいつも、どんな切れ端でも役立ててしまう。繕いに使うのか、小さな贈り物を誰かの手にそっと忍ばせるのか。そんな風に、彼女はいつも目立たない形で一日を滑らかにしていた。

台所を片付けてから、私は再び縁側༶へ出た。水溜まりは昼の日差しを受けてきらめき、私は足先を水に浸して座った。潮の匂いと村のざわめきが風に乗って届く。目を閉じ、それらに身を委ねた。

空気は湿り気を帯び始めていて、私は洗い場へと避難した。家には低く仕込まれた溝があり、風呂の排水を導く東斜面の下に小さな流路があった。木格子に顔を近づけると分かる、ひんやりとした息吹――落ちる水に引かれ、押され、土管の中で冷気となって放たれる。


それは貯蔵室を根菜や塩、母の漆の小箱に収められた粉や油を保存できるほど涼しく保っていた。夏にはその上の段に座り、足をその冷気にぶら下げるのが好きだった。鉱物のような、古びたような香りがあり、立ち上がるといつもふくらはぎに細かな霧がまとわりついた。


チョウの不在は意識の端に残っていたが、違和感ではなかった。彼女はそういう人だった――出たり入ったりして、必要なことを黙々とこなす。今、何をしているのか一瞬考えたが、その思いもすぐに流れ去った。ただ、何かしているのだろう。


午後は静かな充足の中で過ぎていった。居間༶に戻り、また縁側༶へ出て。私は縁側༶に長く座り、手を水に浸し、蝉の鳴き始める律動を聞いた。日が傾き、庭に影が伸びるころ、ようやく立ち上がった。骨の奥に、心地よい一日の重みを感じながら。


家の中は夕暮れの光にやわらかく照らされ、すべてが整って輝いていた。ただ清潔なだけではなく、誰かが帰ってくるのを迎える準備が整っているように感じられた。きっとチョウもすぐ戻ってくるだろう。糸や布を抱え、静かに一日の仕事を終えて。


空が金と桃色に染まるなか、私はまた縁側༶に座り、地平を広がる色を見つめた。蝉の声と、遠い海の子守歌のような音が重なり合う。良い音だと思った。すべてを遠くに追いやるような音。

夜が訪れ、星が瞬き始めると、私は家をもう一度回り、すべてが所定の位置にあるか確かめた。最後の灯を吹き消すと、障子を透かす月明かりが静かに部屋を満たした。


夜の家は昼とは違い、より静かで、私が一人のときにだけ気づく静けさに包まれていた。けれどその静けさは慰めであり、家そのものが私とともに夜の支度をしているように感じられた。


狭い階段を上がり、二人の部屋へ戻る。昼の温もりがまだ残り、窓はわずかに開いて夜風を招いていた。布団をチョウの隣に敷き、眠りのうちに腕が触れ合うほどの近さにした。


半ば眠りかけたとき、階段を上がるチョウの足音がした。彼女は言葉もなく部屋に滑り込み、静かな仕草で布団に横たわった。


「遅かったね。」私は呟いた。答えを期待したわけではない。


チョウは柔らかく鼻歌を返した。その音は窓の外の海のように馴染み深い。腕がかすかに触れ合い、それだけで家は再び満ち足りたものになった。


母はまだ帰っていなかったが、それは珍しいことではない。やがて必ず戻る。そしてまた日が始まる。


今はただ、家は静かで、夜が毛布のように私たちを包んでいた。私は目を閉じ、家の響きが身体に染み込み、チョウの呼吸と遠い波の律動に揺られた。

今日はただの一日――雑事、少しの休息、そしてあるがままのものに囲まれた時間。それでも私は眠りに落ちながら、心の中で小さく感謝をささやいた――この家に、チョウに、小さなことがいつも気づかれぬまま形になっていく、その不思議さに。


【とじ✿】♡


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