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デュアル・トラップ

俺は米原尚彦(まいばらなおひこ)。世間では進学校と言われている翆玲(すいれい)高校に通う高校1年生だ。

「おはよう、米原君。」

俺に挨拶してきたのは、身長160cmくらいの黒髪ロングの女子生徒、熱海帆夏(あたみほのか)。俺のクラスメートであり、さらに出身中学も同じだ。

「おはよう、熱海さん。」

俺も挨拶を返した。入学式の日から欠かさず行っている日課だ。


熱海さんとは中学3年生の時の1回目の席替えで初めて隣になった。

俺は特に何の目標も持たず、ただ惰性で勉強し、そこそこ良い成績を取っていた。だが、熱海さんと隣になると、向こうから話しかけてきた。

「これからよろしくね、米原君。」

「熱海さん、これからよろしく。」

最初はそのような簡単な挨拶を交わすだけだった。

そして、席替え後初めてのテスト返しがやってきた。

「ねえねえ、米原君、5教科合計で何点だった?」

「438点だったけど、熱海さんは?」

「私は489点だったよ。」

その時、クラス中から「え!?やっぱり、帆夏はすごい」という声が聞こえてきた。

その声を聞いて熱海さんはご満悦だった。

「すごいな、熱海さんは。どこか行きたい高校でもあるの?」

「私は翆玲高校に行きたい。」

それは知っている。なぜなら、熱海さんは学年1位の常連で、翆玲高校志望なことは1年生の時から学年中に広まっていたから。だが、熱海さんを追いかけているストーカーと勘違いされたくないから初耳感をだしておく。

「最難関高校か。でも、それだけの成績があれば行けそうな気もするね。」

「えへへ。ありがとう。米原君も点数は悪くないけど、志望校は決まってる?」

「あいにく、特に目標も持たずに過ごしてきたから分からないな。でも、中3になったから調べないとな。」

「だったらさ、私と同じ翆玲高校を目指さない?」

熱海さん、可愛い笑顔で無茶を言うな。俺はあと一歩合格圏に届いていないんだ。

「行けたらいいけど、このままだと厳しいかもしれないな。」

「じゃあさ、一緒に勉強しようよ。」

この瞬間、俺はクラス中の男子から睨まれた。熱海さんは修学旅行の夜、学年の男子全体による「ミスコン」で1位になるほどの美少女だからだ。嫉妬のまなざしだろう。しかし、なぜそんな面倒ごとをするのか理解できない。

「どうして俺なんかを誘うんだ?」

「一緒の高校を目指す仲間が欲しいからかな?仲間がいた方が楽しく受験勉強できそうだし。」

なるほど、仲間がいた方が勉強が捗る人もいることは理解しているが、目の前の熱海さんがそうだったとは。

「そうなんだ。でも、熱海さん、塾に通ってるよね?同じ塾の人じゃダメなの?」

「うん。ダメ。私の塾の人たち、私と同じくらい勉強しても全然できるようにならないから。」

いや、そんなことはないと思うぞ。400点弱くらいの人がほとんどだから塾のレベルは高めだ。だが、熱海さんの言う通り、翆玲高校を目指すのは無理だ。

「そうなのか。まあ、翆玲高校を目指してもいいのかもしれないな。」

「本当?やった!でも、どうしてすんなり承諾してくれたの?」

「何か目標をもって生きてみたら楽しそうだからな。」

「へー。そうなんだ。あ、それだったら私の塾に入らない?その方がお互いを高め合えると思うし。」

そうして、俺は熱海さんと同じ塾に入り、翆玲高校を目指して猛勉強を開始した。

夏休み終わりの模擬試験では偏差値75を取れた。ちなみに熱海さんは77だ。

「米原君、けっこう余裕出てきたんじゃない?」

「熱海さんほどじゃないよ。」

「でも、まだまだ油断できないよね。ここから転げ落ちたら耐えられないし、あんな人たちと同じ高校に行きたくないし。」

塾の休憩スペースで俺と軽食を摂っている熱海さんは、自習室で机にかじりついている偏差値60前半くらいの人たちの方を見ながら雑談をしていた。やや傲慢で人を見下すような言い方だが、俺以上に勉強しているのに俺よりも結果が出なかったら嫌なのは間違いないだろう。

好成績を保ったまま受験当日を迎え、俺たちは翆玲高校に合格した。さらに熱海さんは入学試験の点数で首席となった。


そんな中学時代を思い出しながら授業を受けた。やがて1学期の中間テストがやってくる。俺は特に目標がないので惰性で勉強していたが、熱海さんは違った。

「この高校はみんな頭いいから気を抜いたらすぐに落ちこぼれちゃう。それは嫌だから気合い入れなきゃ。」

中間テストの返却日を迎えた。熱海さんは学年10位だった。ちなみに俺は58位だった。

「やっぱり悔しいな。でも切り替えて頑張らないとね。落ちこぼれだけは嫌だから。」

「俺は多少落ちこぼれても、金持ちになれたら満足かな。結婚もしたいし。まあ、落ちこぼれないのが近道なのは否定しないけど。」

「米原君、お金持ちになりたいんだ。どんな仕事に就くつもりなの?」

「うーん。医者がいいかな。でも、うちはそんなに金持ちじゃないから国立の医学部じゃないとダメだけどね。」

俺は医者になる強い意志はなかったがそう答えておいた。だが、金持ちになりたいのは熱海さんと結婚したいからだ。彼女は俺に生きるうえでの目標を与えてくれたからな。高校受験時代は楽しかった。だからその分熱海さんを幸せにしたい。

「あと、さっき、結婚したいって言ってたよね?好きな女の子でもできた?」

熱海さんは少し小悪魔的な笑顔で聞いてきた。

「どうだろうな。」

熱海さんを幸せにしたいのは確かだが、「好き」とは何なのかよく分からない。まあ、そのうち分かるだろう。


1学期期末テストの返却日を迎えた。

熱海さんは38位、俺は47位だった。

「あー、順位が結構落ちちゃった。下位50%に入るのは死んでも嫌だな。」

熱海さんは落ち込んでいた。どうにか励ましたい。そうだ、話題を変えてみよう。

「そういえば、熱海さんは文理選択はどうする?俺は理系にするけど。」

「私も理系にしようかな。なんか、文系って数学出来ないってバカにされそうだし。」

一部、そういう風潮があるのは認めるが、それを文理選択の理由にするのはどうかと思うぞ。


2学期中間テストの返却日が訪れたが、熱海さんとはテストの話はしなかった。熱海さんは不機嫌なオーラを発していたからだ。

だが、熱海さんの機嫌を直すためにも未来の話をしてみよう。

「熱海さんは、結婚願望とかあるのか?」

「うん、あるよ。賢い人と結婚したいな。」

「そうだな。一緒に生活する以上は、話し合いのできるだけの知性は必要だね。」

そうか、熱海さんとゴールインするには勉強を頑張ればいいのか。まずは熱海さんに勝って俺が賢いと認めてもらおう。

それから俺は2学期期末テストで熱海さんに勝つべく、勉強に精を出した。そしてクリスマスに熱海さんをデートに誘って告白するんだ。完璧なプランだ。


運命の2学期期末テストの結果は、俺が13位、熱海さんは151位だったが、熱海さんは興味がなかったのか、順位を見ていなかった。ちなみに翆玲高校は1学年300人いる。

熱海さん、随分と順位が落ちたな。そういえば2学期中間テストの後から授業が辛そうだったな。付いてくるのは難しくなってきたようだな。特に数学と物理で顕著だ。

確かに人には向き不向きがあるから仕方ない。いずれにせよ、熱海さんに勝ったのだからデートに誘おう。

俺は熱海さんをデートに誘うメールを送った。2時間ほどで返事が来た。

『うん。12月25日ね。いいよ。遊びに行こ。』


迎えた12月25日。俺は映画を見たのち、服屋に行き、クリスマスプレゼントと称して、熱海さんに似合うネックレスを買った。嬉しそうにしていたものの、なぜか目が怖い。

日没後にイルミネーションで装飾されたクリスマスツリーを見に行った。ここで告白を決めて幸せな未来を掴む勇気を振り絞った。

「熱海さん、大事な話がある。」

「何?米原君。」

「...その、気づいたときには熱海さんのことを幸せにしたい、いや、好きになっていました。俺と付き合ってくれませんか?」

今世大一番の勝負に出た。俺の渾身の告白だ。

「ねえ、1つ聞いていい?米原君はこの前のテストの順位はいくつだった?」

「13位でした。」

賢さフィルターか。正直に答えた。これで熱海さんも笑顔になってくれる、そう思っていた。

だが、彼女は俺を睨んできた。俺を憎むかのような目だ。

「もしかして、私が米原君より馬鹿だから傍に置いて優越感に浸りたいってこと?そんなことのために付き合いたくないんだけど。」

この女は何を言っているんだ。本気でそう思った。

「私はあなたの優越感に浸るための道具じゃない。さっきの13位って言うところもさぞ気持ちよかったでしょ。もう、それで十分だよね。私をこれ以上辱めないで。本当に悪趣味。」

彼女は捨て台詞を吐いて帰っていた。

頬を涙が通る感覚を得た。これが失恋か。いや、これは失恋の悲しみじゃない。中3のあの日、俺を誘ったのは、仲間が欲しかったからじゃない。「彼女と同じ学力帯で、かつ、彼女より成績の低い人」という彼女が優越を得るのに適した人間が俺だったというだけだ。彼女は優越感に浸りたくて、俺と親しくしていたんだ。だが、順位が逆転した今、それは叶わないし、彼女がやったことのように、俺が優越感を得るための道具になることを彼女は危惧したのだろう。それに気づいてしまったら涙が出ないわけがなかった。


結局、高校1年生のクリスマスを境に、熱海さんとは挨拶すらしなくなった。2年生からはクラスも別々になったのか姿を見なくなった。

俺は大学受験まで学年上位をキープし、無事に国立大学の医学部に合格できた。


大学2年生の1月に成人の日に高校の同窓会が開かれた。俺は翆玲高校から同じ大学の医学部に進んだ品川明里(しながわあかり)と交際している。当然、明里も俺も同窓会に参加だ。

受験勉強や医学部の授業で忙しく、忘れかけていたが昔を思い出して気になったから聞いてみた。

「明里、そういえば、俺と同じ中学の熱海帆夏ってどうしたか知ってる?」

「熱海帆夏?そんな人いたかな。ごめん、分かんないや。」

明里は交友関係は広い方だが知らないようだ。まあ、他の人が知っていることもあるだろう。

結局、面識のある人には全員話しかけたが、誰も熱海帆夏がどうなったかを知らなかった。

「そんなに熱海さんのことが気になるの?もしかして愛人になさるおつもりで?」

明里がいたずらっぽい笑みを浮かべて尋ねてきた。

「いや、俺は明里に生涯尽くすから愛人を抱える余裕はないかな。」

そうだ。俺は明里と幸せになるんだ。脱落した熱海帆夏のことを気にしている余裕はない。

1月末には大学の期末試験もある。どの科目も落とせない。金持ちになるために。年収1000万すら届かないようでは話にならないし、恥ずかしくて生きていけない。

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