第8話 最後の手段
EMP(電磁パルス)装置によるテストは成功した。
廃配電盤からのパルスで、周辺の監視カメラとセンサーを数分間無力化することができた。
だが、阿久津の見立てでは、肝心の中枢制御系には効果がなさそうだった。
通信や電源系統そのものが物理的に隔絶されている可能性が高いという。
それが事実なら、一時的に巡回ドローンや監視カメラを無力化できても、中枢そのものを機能不全にすることは難しそうだ。
「ダメっすわ、完全に詰んでます。あそこの中枢ネット、外部から完全シャットアウトされたガチガチの『独立型サブネット』っすよ。まじで物理的に切り離されてる系。今こっちで拾えてるのは、たぶん誰かがうっかり垂れ流したログの断片っす。言うなれば、ゴミ箱漁って過去メール探してるレベルっすね」
シゲルは肩をすくめ、モニターの角度を変えた。
「これじゃ施設の『入り口の位置』がわかったに過ぎない。中に入ってから、何をどう止めるかまでは、まだ分からない――制御系や緊急遮断の手順までは、外からじゃ読み取れない」
阿久津が言葉を継ぐ。
「このまま突入しても、何をすればいいか分からずに右往左往することになる。成功率は限りなく低い」
「沙耶の居場所もわからない」
「そうだな」
部屋に一瞬、沈黙が落ちた。
天井の換気ファンの音がやけに耳につく。
この2日、手を尽くしてきた。 だがこの沈黙が示すのは、灰翼の総力をもってしても、ここから先は『手詰まり』だという事実だった。
阿久津が、重い口を開く。
「……移送中を狙う案も検討した。けど、直近の動きじゃその兆候はない。 外部の政治家や医師にも接触はしたが、皆、一線は越えなかった。 結局、『中から開ける』しかないんだ。今の状況では、それが一番確実な道だ」
「中から…」
晃は、机の上に手を置いたまま、じっと黙った。
視線は動かない。だが、脳内ではありとあらゆる選択肢を総ざらいしていた。
他の施設からの転送記録、矯正対象者の行動パターン、沙耶の持っていた端末、灰翼メンバーの技能、医療関係者のコネクション、衛星からの解析、ドローンのハッキングルート、検閲済みのネットワーク上の痕跡……
すべて考えた。だが、どれも決定打に欠ける。
外部の人間が中に入り込むには、情報も、鍵も、誰かの『内側からの一手』が必要だった。
それでも、誰を?
――そのとき、ふと、脳裏に浮かんだ名前があった。
(……出雲隼人)
あいつなら、たしかに『内側』にいる。
そして、何より……あの男は、かつて、俺のことをよく知っていた。
「……最後の手、か」
小さくつぶやいた声は、誰にも聞かれていなかった。
晃は立ち上がりかけたが、すぐに思い直し、阿久津の方へ振り返る。
「一つ、確認しておきたい。……出雲隼人って名前、君らの内部リストにあるか?」
阿久津が目を細める。
「出雲……情報省本部所属の分析官。中央の人間だが、今は南市の現地事務所に派遣されてる。君と同じ大学の出身らしいが」
「その通りだ。……俺の過去をよく知ってる奴だ。ただ、立場が立場だ。独断では動けない」
晃ははっきりと言った。
「正式に、灰翼としての許可を得たい。……俺が、彼に接触することを」
しばしの沈黙ののち、阿久津はうなずいた。
「……分かった。リスクはあるが、背を向けてばかりはいられない。条件は一つ。何か動きがあったら、すぐに報告すること」
「了解」
晃は静かにうなずいた。
視線を落としながら、ふと遠い記憶に引き戻される。
出雲隼人。
大学時代、一緒に政治クラブで机を並べた。
あの頃、同じ理想を信じていた……つもりだった。
あのとき、彼が何を選び、何を切り捨てたのか――俺は忘れていない。
それでも……沙耶の命を繋ぐためには、あの男に頭を下げるしかなかった。




