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第6話 扉の奥の真実

スマホが震えた。

ポケットの中で光る着信画面。そこに浮かぶ名前に、晃は言葉を失う。


「……黒江?」


声に出した瞬間、背筋が冷たくなる。

その名を、こんな場所で目にするとは思っていなかった。


イヤホン越しに聞こえる音が静かになる。


『久しぶりだな、山崎』


あの頃と変わらぬ、落ち着いた声音。

だが今は、なにかを計算し終えた者だけが持つ、圧のようなものがにじんでいた。


「第4補助施設に、何の用だ?」


――核心を突かれた。


「……お前、見てるのか」

「さあ、どうだろう。ただまあ──『何を見て、何を見られてるか』くらい、君なら分かると思ってたんだけどな。買いかぶりだったか」


言い回しは穏やかだが、その底には明確な支配がある。

『自分のほうが上だ』という確信が、言葉の端々に滲んでいた。


「せっかくだから、迎えをやるよ。俺じゃなくて残念かもだけど。」


通話が、ぷつりと切れた。

一気に周囲の静けさが戻ってきたのに、耳の奥だけがざわついていた。


『……晃。今の誰? 声だけでこっちのバリア貫通してきたんだけど』

「黒江。昔の上司。いや……上司『だった』だけかもな」

『あー、わかった。あれ、『うっかり本部動かせる系のNPC』だろ?ゲーム的に言うと、話しかけた瞬間クエスト爆発するやつ』


晃は、記憶の奥に沈んでいた場面を思い出す。


かつて、再開発の現場。

黒江は、警備会社の担当者とやけに親しかった。

「通行証? こっちでまとめて処理しとくから」

そう言った翌日には、書類が一枚も通さず通っていた。

部長でさえ、黙って頷いていた。


「……たぶん、繋がってる。いろいろと、上のほうまで」

『……やっぱヤバいやつだった。あれ、ボス戦ムービー始まる3秒前のやつだよ。

晃、マジで今すぐ動け。もう『エネミーアイコン』こっち向いてるって』


声のトーンが、明らかに切り替わった。


晃は息を吸い、走り出した。

脳が追いつく前に、体が動いていた。

手帳の記憶と図面の断片を頼りに、かつて自分が設計に関わった保管庫を目指す。

あの奥に、『動かぬ証拠』が眠っているかもしれない――。


目的地に近づくと、薄暗い廊下の先に見えてきたのは、頑丈な金属扉だ。

その扉は、普通の施設では見かけないような、特別なセキュリティを施されたものだった。手で触れてみると、冷たい金属の感触が伝わってくる。


かつて、役所の設計を担当していた頃のことが脳裏をよぎる。


「小さな街の役所にしては、ごつすぎるな」

そう呟いたとき、黒江は笑いながら言ったのだった。


「まあ、将来的に『統制モデル都市』になるって話だしさ。街の安全って建前で、だいたい通るんだよ、こういうの」


当時は受け流していた言葉が、今になって意味を変える。


(あの時、もっと疑っていれば――)


気づかなかったのではない。

気づかないふりをしていた。


晃はその思いを飲み込み、前を向いた。


(今は、できることをやるしかない)


扉の前には、金属製のパネルが取り付けられていた。

セキュリティ端末には、指紋認証とパスコード入力欄。

だが晃はそれを無視して、手帳を開く。


(確か……管理者権限で、指紋はスキップできる)


端末に静かに触れると、画面がぼんやりと明るくなり、待機状態になる。


「……これで、開け」


晃は手帳にメモしていたコードを正確に打ち込む。

4年前の記憶に頼ることなく、指が迷いなく動いた。


一瞬の静寂。次の瞬間──


「確認完了」


グリーンのライトが点灯し、低く機械音を鳴らして扉が開く。


晃はほっと息を吐いた。


(まだ見捨てられてなかったな、あの時の仕事)


扉が開くと、晃はすぐさま資料室へと身を滑り込ませた。

埃をかぶった金属棚がぎっしりと並び、薄暗い室内に無音の重圧が漂っている。


(時間がない……目的のものだけ)


手元のライトを頼りに、奥の棚へと素早く向かう。

そのとき、棚の隅で何かがかすかに滑り落ちた。


ふと見ると、棚の下に半ば隠れるようにして置かれていた、灰色の金属ケース。

ラベルには、《管制-南市:記録ユニットA-2》の文字。


晃はそれを取り上げ、中を確認する。

中から現れたのは、暗号化されたSSDユニット――軍用に近い構造で、明らかに一般行政施設のものではない。


(……この街の『中枢』とつながってた証か)


布で包み直し、バッグへと収める。

だがその瞬間、別の棚の中から一冊のフォルダーが、まるで引き寄せられるようにぱらりと落ちた。


晃は立ち止まり、表紙に目を凝らす。


《治安統制共同管理協定》

― カナン人民統合国・社会調和党 × 日昇国・民政革新党 共同提案草案 ―


(……共同管理?)


中を開いた瞬間、晃の指が止まる。


そこには、『モデル統制都市』の詳細が記されていた。

公共施設の再構築、教育課程の統一、医療体制の共通管理――

すべてが、住民を『選別し』、監視と誘導の下で暮らさせるための仕組みだった。


(嘘だろ……。これ、最初から『そういう街』にする前提で動いてたのか?)


ページの最後に、晃の視線が吸い寄せられた。


《承認署名:日昇国首相 レン・イーチェン》


(……レン・イーチェン。日本の首相……だよな?)


ページの端に、補足の小さな一文が記されていた。


《※国籍:カナン》


(……は?)

(いや……ってことは、最初からこの国のトップって……)


晃の思考が一瞬、真っ白になる。


(……『カナン人』が、日本の首相? じゃあ……)

(この国、もう……最初から売られてたのか……!?)


晃は息を呑んだ。怒りと寒気が交錯する。


(これが、『売国』の……証拠だ)


震える手でフォルダーを包み、バッグに押し込む。


(この一歩で、全部変わる)


その瞬間、イヤホン越しにNT-404の声がはじけた。


『おーい晃ぉぉぉぉ……やばいんだけどッ!建物の南側、警備っぽい人影が3つ、今こっちに向かってきてる。もう『探索ターン』終了、戦闘フェーズ突入でーす!』

『さあ逃げて!走って!敵AIがプレイヤーアイコンに気づきましたァ!!』


晃は肩のバッグを握り直すと、躊躇なく走り出した。

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