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妹が文化適応に連れていかれたので、地下組織<灰翼>に入って占領国家と戦うことにしました  作者: 悠・A・ロッサ @GN契約作家
第二章 風を抱いて

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第40話 冷静な爆弾

画面は黒く、最初は音もなかった。


やがて、照明のない部屋に、ひとりの人物が現れる。

スーツの上着を脱ぎ、シャツの袖を丁寧に折り返している。

無言のまま椅子に腰を下ろし、真正面を見つめた。


──出雲隼人。


かつて、政権中枢に最も近い位置にいた若き情報局政務官。

今、その男が、自らの名を名乗り、顔を出して語り始める。


「情報省本部所属の分析官、出雲隼人です。

 本日をもって、その職を辞し、この場で、選挙不正に関する情報を開示します」


静かだった。

過剰な演出も、煽るような口調もなかった。

ただ、淡々と、データと証拠が並べられていく。


映像の横には、端末のスクリーンが表示され、

そこには電子投票システムの不正アクセスログ、集計ログの異常、

特定アカウントへの『票の偏り』が記録されていた。


「これは、独立系の監査チームと第三者機関により検証済みです」


出雲の声はぶれない。


「この告発に法的根拠が問われるなら、それは司法の判断に委ねます。

 ですが、この情報が『事実であるかどうか』を決めるのは、あなた方自身です」


カメラは寄らない。

どこか距離を保ったまま、あえて表情の細部は映さなかった。

だが、その姿勢には、あまりに冷徹で、あまりに誠実な覚悟があった。


「私は、感情を揺さぶるためにこの映像を作っていません。

 判断を委ねるために、記録を提示しているだけです。

 どうか、選んでください。

 知ることを、選んでください」


映像はそこまでだった。


投稿されたのは、選挙前夜。

SNSには「#私は知りたい」のタグが再び灯り、

出雲の顔と名を知っている人々が、驚きと共にそれを共有し始めた。


──「まさか、あの出雲が」「本気で命を捨てる気か」


***


蓮見瑛士はその動画を、静かに最後まで見届けていた。

部屋には誰もいない。端末の光が、顔を照らしている。


「……これでようやく、『届く』」


その表情には、迷いはなかった。

言志会という船を率いる者としての判断。

だがそこには、政治家としての計算だけではない、

ひとりの市民としての『誇り』が滲んでいた。


彼はすぐにスタッフに連絡を入れた。

「この動画、すぐに記者会見の素材に使わせてもらおう。

『誰かの勇気』が、『国の選択』になる──そう伝えよう」


***


市民の反応は、ゆっくりと、しかし確実に拡がっていく。


通勤電車の中で、カフェで、家族が囲む食卓で、

「これ、見た?」とスマートフォンを向け合う声。


──「これは冷静すぎて逆に怖い」「でも……信じられる」

──「あの人、わざと『感情』を使ってないんだ」


数時間後には、「#私は知りたい」に連なる形で、

「#私は判断した」「#これは見た」が浮上し、

視聴者の間で『自分が考える番』という空気が広がっていた。


***


その頃、灰翼の仮設拠点では、照明の落とされた一室に静かな緊張が漂っていた。


晃は突入作戦後の負傷により、意識不明の状態が続いていた。

中継を担ったシゲルと石田は、命をかけて映像を繋いだ直後に拘束され、現在もセンター内のどこかに捕らわれている。

現地に残るのは、情報班や技術班の少人数。


彼らは今、三つの戦線を抱えていた。

──SNSや動画投稿サイトを通じた炎上支援。

──捕らわれた仲間の居場所特定と奪還準備。

──そして、選挙当日までに『あと一手』を打つための戦術調整。


だが、手札は少なかった。

現場の士気は決して高くなかった。

仲間の半数以上が散り、最前線の主力は拘束中。

重い沈黙の中、誰もが疲弊した眼差しで端末を眺めていた。


そんなときだった。


「……おい、これ。見たか?情報省のやつが、選挙不正をリークしてるぜ」


その声を上げたのは、情報班の若手・湊 翔太だった。

突入作戦以降に志願して加わったばかりの新顔だ。もともと大学でメディア論を学んでいたという変わり種で、現場経験は浅いが、後方支援での観察力と分析力には一定の評価があり、最近になって周囲からも一目置かれ始めていた。


湊が掲げた端末の画面に、誰かが顔を近づける。


「……名前、出してる。顔も……」

「拡散ペース、やばい。タグも一気に浮上してる」


仄暗かった部屋に、かすかなざわめきが広がった。

それは、どこか信じがたいという驚きと、

ほんの少しの、安堵だった。


その言葉に、黙って映像を見ていた仁科が、ぽつりと呟いた。


「……出雲。まさかお前がな」


それから、少し間を置いて呟く。


「まぁ、わかるよ、あいつのは『感染る』んだよなぁ…」


溜息ともつかない、どこか諦めのにじむ声だった。


***


その数十分後。


……灰翼の別室で、ベッドに横たわっていた晃の指が、わずかに動いた。


額の汗を拭っていた沙耶が、ふと晃の指の動きに気づき、息を呑む。

その気配に、別の端末を見ていた沙織も顔を上げ、すぐに駆け寄ってきた。


「……お兄ちゃん?」


まぶたがゆっくりと開き、眩しげに天井を仰いだ晃は、かすれた声で呟いた。


「……水」


沙耶が慌ててコップを差し出す。水をひと口飲み、喉を潤した晃は、少しだけ視線を動かした。


「……どれぐらい……寝てた?選挙は?」

「明日。支持率、勝ってるよ」

「…そうか」


晃は天井を見つめたまま、ゆっくりとまぶたを閉じ、静かに息を吐いた。

その吐息には、ようやく現実に追いついた安堵と、重くのしかかっていた責任が一瞬だけ肩から降りたような気配があった。


「あとこれ」


沙耶がそう言って、そっと端末を差し出す。

画面には、出雲の告発動画。


晃は目を細め、それを見つめた。

そして、ふっと、小さく笑う。


「……あいつ……」


晃は静かに上体を起こし、再び映像を見た。

目の奥に、静かな炎が灯る。


「ありがとう、出雲……受け取った」


ベッドから出ようとする晃に、沙耶が止める。


沙織が、晃の顔色と動きを一目で見て取ると、すっと視線を走らせた。

「脈は安定、酸素も95%。輸液も今朝切ってる。出血も止まってるし、感染の兆候もない。……大丈夫よ、沙耶ちゃん」


沙耶が不安そうに見上げると、晃が小さく笑った。


「大丈夫、無理はしない。……でも、まだ油断できない」


それは、彼らと向き合ってきた晃の直感だった。

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