表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹が文化適応に連れていかれたので、地下組織<灰翼>に入って占領国家と戦うことにしました  作者: 悠・A・ロッサ @GN契約作家
第二章 風を抱いて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/42

第20話 届いた先へ

玄関のドアを閉めた瞬間、外の喧騒が切り取られた。


1LDKの仮拠点。明かりはついているのに、どこか夜の空気が漂っていた。静かすぎて、時計の秒針がよく聞こえる。


沙耶は何も言わず、冷蔵庫からミルクを取り出し、コップに注いだ。


晃はスマホを手にしたまま、ソファの端に腰を下ろす。


──通知の山。

《演技派兄妹》《被害者ビジネス》《かわいそうアピール》《妹を盾にしてる》《反政府テロリスト予備軍》《この女、マジで売りだった説》《顔晒せ》《昔からビッチだったらしい》


《#これは共生なのか》というタグが、同時にトレンド入りしていた。

《あなたの言葉に救われました》《涙が出ました》──肯定的な声もある。だが、それ以上に刺さる言葉は、鋭く、容赦がなかった。


ふと、スマホの通知にひときわ目を引く投稿があった。


《特定した。駅前で撮った写真あげとく》


添えられていたのは、さきほど別れたばかりの駅前広場の一角。晃と沙耶が並んで歩く、後ろ姿の写真だった。


「……っ」


晃は無意識にスマホを伏せた。


沙耶が、晃の手元をそっと覗き込む。


「……それ、さっきの?」


晃は答えなかった。ただ、ゆっくりと首を振り、立ち上がる。


「もう見るな、沙耶。……これは、俺が受け取るから」


沙耶は口を開きかけたが、何も言えず、コップのミルクを強く握った。

その小さな手がわずかに震えているのを、晃は見逃さなかった。


「……私のこと、書かれてるんでしょ」


絞り出すような声だった。唇がかすかに震え、視線は床に落ちた。

それでも、泣くことだけは必死にこらえているように見えた。


「だからだよ。……お前が背負う必要はない」


晃は、再びスマホを手に取る。画面には、蒼風の投稿が引用されていた。


声を奪う制度は、共生ではない。言葉を交わせること。疑い、問い直せること。そこからしか本当の理解は生まれない。


#これは共生なのか


一瞬だけ、晃はその投稿を見つめた。


「……届いてる。でも……」


そう呟いたまま、晃は言葉を続けられなかった。

部屋の窓の外では、誰にも気づかれない風が、静かに街路樹を揺らしていた。


***


東都──仮拠点の一室。


スマホが小さく震えた。

晃は机の上で充電していた端末を手に取ると、画面に浮かんだ通知に目を細めた。


《野田:Yo!施設図面、回収完了!マジでギリギリだった。超限定公開フォルダからの神引き》


添付されたファイルを開く。複雑な構造線が走る施設の内部図面。

地下通路、排気シャフト、監視カメラの死角──

情報が次々に目に飛び込んでくる。


《野田:搬送ルート、警備緩めっぽい。襲撃、ワンチャンあるかも》

《晃:作戦を立ててるのか?》

《野田:まだ検討段階。でも、空気はそっち寄り。柿沼が現地で確認中》


図面の中に、沙耶が見たであろう廊下が浮かぶ。

晃はしばらく画面を見つめたあと、静かに打ち込む。


《晃:俺も参加する。矯正施設で、あの子達と約束したから》


──「必ず助けにくる。……君たちを、絶対に忘れない」


あの子と交わした言葉が、今も胸に残っていた。

自分の手で救えなかった分だけ、今度は、誰かの手を引いて出ていく。


野田シゲルからの返信は、しばらくの間なかった。

やがて短い返事が届く。


《……その話、オレからは何も言えねぇ。阿久津さんに聞いてくれ》


***


数時間後──通話。


『……山崎か』


阿久津の声はぶっきらぼうで、相変わらずの低音だった。


「作戦の件、聞きました。俺にも手伝わせてください」


晃の声は冷静だった。けれど、その内にあるものを隠すつもりはなかった。


沈黙が落ちる。

受話口の向こうで、誰かが息をついたような気配があった。


『……討論会、見た』


阿久津の声が、思ったよりも静かだった。


『お前の戦場は、そこだろう』


晃は唇を引き結んだまま、少しだけ目を伏せる。

そして、短く答えた。


「……わかりました。そちらは任せます」

『しっかり戦え』


ほんの一瞬の沈黙。


「……死なせないでください、誰も。あなたも…」


声はごく小さかったが、阿久津は何も言わず、それでも、確かに聞こえていた。


通話は、そこで切れた。


***


通話を終えたあとも、晃はしばらくスマホを手の中で弄んでいた。

図面をもう一度開き、画面を指先でなぞる。


──どうすれば、襲撃の成功率を上げられるか?


排気口のサイズ、カメラの死角、搬送ルートの時間帯。

複雑な情報を組み合わせながら、晃は呟いた。


「……出口が狭い。収容者がいたら、全員は通せない」


数分後、シゲルにメッセージを送る。


《晃:排気口の真上、たぶん旧通風ダクト。構造上、外から細工できるかも。念のため確認して。あと、搬送ルートの『分岐点』、警備が薄い時間帯は何時だ? 過去ログから追えるはず》


《野田:りょーかい。やっぱ助かるわ、お前。現場じゃなくても、できることはあるな》


返ってきた言葉に、少しだけ救われた気がした。

けれど、胸の奥には、燻るようなもどかしさが残った。


──ほんとうは、自分の手で助けたかった。


それでも、いま自分にできることをやるしかない。


晃は静かに画面を閉じ、パソコンに向かい直した。


ふと視線を上げると、隣のソファで眠る沙耶の姿が目に入った。

沙耶は小さなくしゃみをした。その音が、晃の耳に届く。部屋の静けさが少しだけ揺れたような気がした。 晃は視線を向けると、沙耶の細い肩がかすかに震えているのを見た。


その震えが、どこか頼りなくて、小さな子どもみたいに見えて、それでもふと、胸の奥に熱を灯すほどに、愛おしかった。


すぐに、彼はその思いが体の奥から湧き上がってくるのを感じた。


「風邪ひくぞ」


無意識にその言葉を口にした瞬間、気づけば沙耶を抱き上げていた。


沙耶の体は思ったよりも小さくて、ぎゅっと抱きしめるように彼の腕に巻きついた。

その拍子に、彼女の柔らかな胸が、自分の胸に押しあてられる。

晃は一瞬、息を呑み、動きを止めた。


「……。」


何も言わずに、沙耶をベッドに運び、布団をかけた。


この数日で、ようやく彼女が少し笑うようになった。

ようやく、眠れるようになった。


ずっと、この子を守って二人きりで暮らせたら。

でも──

祈りを待つ手を、忘れて生きることは……きっと、できない。


***


優しさは確かに伝わった。

けれど現実は、いつも画面の向こうで歪む。

──住所、勤務先、顔写真。晒されたのは、彼の『生』だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ