第15話 監視のまなざし
南市第七矯正施設と連携する外部監視センター。
郊外に設置された監視連携施設。
モニター前に座る椎名聡は、委託業者の『補充人員』として、単独で同センターに潜入していた。その視線の先に、端末に映る数値がある。
「センサー反応の遅延……どうやら、うまくいったか?」
モニターに映る搬送路のセンサー反応は不自然なまでに鈍く、ドローンの再起動ログも遅れていた。仕込んだ干渉プログラムは、一定範囲内の異常検知を『補正値』で無視させる仕様にしていた。制御側の動作ログに直接パッチをかけたのだ。
(……想定通り。タイミングも完璧だ)
そう思った矢先、端末に別の警告が表示された。
非公式アクセス。
秦月。
(……誰だ?俺じゃない。灰翼の手じゃない。なのに、扉が開いた?)
椎名は一瞬、端末を見つめたまま動きを止めた。
何者かが、同じタイミングで施設の内部から『別のルート』でアクセスしていた。
(まさか……味方?それとも……)
それ以上は考えないようにして、椎名は端末を閉じた。
背後から、ぼそっと声がかかった。
「椎名さん、さっきの警報……なんだったんすかね? 詰所、ちょっとざわついてましたよ」
声をかけてきたのは、同センターの夜勤スタッフの一人だった。
椎名の正体には気づいていない。ただ、情報共有や雑談を通じて自然に信頼を得ていた相手だった。
「さあな。上の判断次第ってとこだろ。ま、俺たちは待機ってさ」
椎名は軽く肩を叩いてみせた。
警備員は「了解っす」と軽くうなずいた。
その姿は、疑う余地のない『信頼される男』そのものだった。
「……問題ないよ。俺たちは、俺たちの役目を果たすだけだ」
笑顔は柔らかい。
だが、その目はどこか遠くを見ていた。
***
同時刻、南市中央区、南市中央医療センター上層階。
矯正施設の監視を一括して担う統制モニター室には、常時30を超える端末が稼働している。
その中のひとつに、ふいに赤いフラグが浮かぶ。異常検出。
「……第七矯正センター、地下搬送路?」
担当官が眉をひそめ、カーソルを操作する。表示された記録には、複数のログが並んでいた。
一時的な通信遮断
非公式アクセスによる扉の解錠
ドローン制御の不正リセット
そして――
『秦月』
主任係官の手が止まった。反射的に、上層部への報告フローを思い出す。
ログを送るべき先――それは、南市中央医療センター実務部の責任者であり、七つの矯正施設すべてを統括する男、柳橋公靖。
係官は迷わず、指定された回線にログを転送した。
***
30分後、南市中央医療センター上層階。南市中央医療センターの矯正施設実務運営責任者である柳橋公靖は、まだ夜も明けきらぬ時刻に、自席で報告を受けた。
南市中央医療センターでは、今週に入ってから小規模なシステム修正や搬送業務が重なっており、深夜対応が続いていた。
柳橋は、何の感情も浮かべずに報告書に目を通していた。
「……カナン国の軍人が、矯正施設の制御にアクセスした?」
指先でスクロールさせる。内部システムの構造変更、ドローンの挙動、非常通路の使用。
「偶然とは思えんな」
柳橋は静かに立ち上がった。端末のキーボードに指を走らせ、メッセージの宛先に「情報省」の文字を打ち込む。
「──この件、報告対象は『越権調査案件』として処理しろ」
命令を終えると、柳橋は一度だけ深く息を吐いた。その目には、冷徹な決断しか映っていなかった。
***
1時間後、情報省中央庁舎、第三分析室。
国家中枢に直結するこの部署で、特別行動任務を兼任する分析官――出雲隼人は、ひとつの通知に目を留めた。
南市中央医療センターより:
《矯正施設における軍人の越権アクセスについて》
ファイルを開く。その名が、中央に記されていた。
『秦月』
数秒の沈黙。
「……痕を拾われたか。いや、誤差か」
出雲は誰に聞かせるでもなく呟く。報告書の行間には、曖昧な数値と途切れた履歴が続いていた。完全に消されたわけではない。ごく薄く、痕が残っていた。
ドローン映像には人物の姿は映っていない。
だが、点検口の起動記録、システム変更、物理開錠。
そこには確かに『意志』があった。
「決定的な痕跡は残さなかったか……」
部下が後ろから声をかける。
「この件、ご処理はどういたしますか? 軍籍付きの将校となると、扱いが──」
「こちらで預かる。処理は不要だ」
即答だった。
命を懸けて動いた者に対し、それなりの責は果たすつもり──それだけのことだ。
出雲は視線を手元に落とし、端末に指を伸ばした。
命令文を素早く作成する。
【ログ削除:秦月 対象アクセス履歴】
指が、その「送信」ボタンの上で止まる。
「……借りは返す。ただし、僕のやり方でな」
やがて、出雲はそのウィンドウを閉じた。




