第10話 暗闇のリスタート
作戦室に、重い沈黙が漂っていた。
晃は椅子に沈み込み、机の一点を見つめていた。
さっきの出雲とのやりとりが、何度も頭をよぎる。
「協力はできない」
……詰んだ。
その言葉が、頭の奥に浮かび上がる。
心の奥でずっと避けていた『もしも』が、現実味を帯びて近づいてくる。
(……沙耶を、失うのかもしれない)
呼吸が浅くなる。
胸の奥に、鉛のような重さがじわじわと沈んでいく。
(もう……間に合わないのか)
(助けたいって言っておきながら、何もできないまま……)
自分の声が、心の中でかすれていく。
手のひらを見つめると、指先が暗くなっていくような錯覚がした。
あの子の声も、笑顔も、だんだん遠ざかっていく気がした。
そのとき。
シゲルが、ぽつりと呟いた。
「……晃。お前の気持ち、なんとなくわかるよ」
それはいつもの冗談めいた調子ではなく、
静かな共感がにじんだ、素の声だった。
「……俺さ、昔、逃げたんだよ」
壁にもたれかかっていたシゲルがぽつりと口を開いた。
誰も何も言わず、ただその声を聞いていた。
「妹が収容されたとき、現実見るのが怖くてさ。アニメとか、ゲームとか――とにかく『あっち側』に没頭してた。そっちなら、俺が死ぬこともないし、誰かを救えた『気』にもなれるから」
その語り口は、驚くほど静かだった。
普段の軽さも、茶化しも、どこにもない。
視線は宙を彷徨いながら、それでも真っ直ぐだった。
「でもさ。ある日、ニュースで妹の名前を見た。矯正施設で『病死』って。ふざけんなよ、って思った。でも、何もできなかった。俺が逃げてた間に、あいつは死んだ」
誰もが息を呑んだ。
「だから、戻ってきた。――『今度こそ後悔したくない』って思ったから」
そこで一度言葉を切ると、次の瞬間、いつもの軽いトーンが戻ってくる。
立ち上がりながら、シゲルはラックから古びたUSBとノートPCを引っ張り出した。
「――ってわけで、こっからは解析ターン。矯正施設って元は少年院でさ、表面だけ最新でも、中枢のコアはまんまレガシーOSなんだよね。そこが『突破口』ってわけ」
沙織が眉を寄せた。
「そんな穴、残すもの?」
「構造上の仕様バグってやつでさ、『更新できない領域』があるんだよ。地下配線とか古い基幹ラインとか。で、そこのレイヤーに、この子で刺さるかもって寸法!」
「……刺されば、内部のカメラ、搬送ログ、彼女の居場所……」
「出る可能性がある。成功率は五分以下。でもな――」
シゲルは笑った。
「初期イベントは突破。あとは……ボス戦、突入って感じかな」
阿久津がゆっくり立ち上がった。
「なら、俺は突入ルートを洗い直す。マップが取れたと仮定して、最速の接近方法を練っておく。EMPの調整もやり直しだな。中にロボがいる可能性は消せない」
沙織も立ち上がる。
「私は、回収後の支援準備に回る。医療資材と身分の偽装書類。緊急脱出用のキットも整えるわ。彼女が無事でも、精神的なトラウマケアが必要になる」
晃はその様子を見て、ぐっと拳を握った。
「……俺は、設計変更前の図面と、行政資料を思い出す。あの施設、4年前の再開発に関わった。回線の経路、隠し搬入口、見取り図の『嘘』――何か残ってるはずだ」
沈黙が、音を立てて破れる。
絶望の底で沈んでいた空気が、少しだけ、前に進み始めた。
「よし――作戦、再開だ」
晃がそう言ったとき、シゲルがにやっと笑った。
「シナリオ変更っと……『バッドエンド回避ルート』、ね。でも、ここからが本番だよ――プレイヤーの選択次第で、また落ちるから」




