第1話 家での会話が盗聴されていた
この話は、
「もし日本がじわじわと占領されていったら?」
という、ちょっと不穏な“仮定”から始まるフィクションです。
とはいえ──
最愛の妹(巨乳)が連れ去られた兄が、地下組織に入り、理不尽と戦い、
ついには日本を救うかもしれない!?
そんなエンタメ活劇です。
楽しんでいただければ幸いです。
夕方。
キッチンで晩ご飯を作っていた俺は、玄関の扉が開く音に顔を上げた。
「ただいまー。あ、なんかいい匂い」
足音が近づいて──顔を上げると、沙耶が立っていた。
白いソックスに覆われた足首、制服のスカート、ふんわり揺れる黒髪。
顔を上げたとき、灯りを受けてリップがきらりと光る。
──今日も、やばいくらい可愛い。
胸、こんなに大きかったっけ……?
ていうか、見たら死ぬから見ない。
……いや、でも見た。
「今日はカレー。皿出して」
「うん、ありがと」
そう言って、沙耶は皿を持って俺に近づく。
俺も鍋の火を止め、二人分をよそう。
言葉は交わさない。普段は、その沈黙すらも心地よい。
でも今日は、空気が少しだけざらついている気がした。
食後、カレーのルウが少し残る皿を片付けながら、俺たちは並んで流しに立った。
久しぶりの、当たり前みたいな時間だった。
昔はよくこうして皿を洗ってた。
親父がいなくなって、母さんが働き詰めで。
水の音に紛れて、沙耶が鼻歌を歌うのがいつものパターンだった。
今はもう歌わない。俺ももう何も言わない。
けど、それでも俺は――妹のことが、世界でいちばん大切だ。
「……今日の『文化交流』とやらは、どうだった?」
ここは日昇国──かつての“俺たちの国”。
それなのに、最近は強大な隣国・カナンの言葉ばかりが響いてくる。
制服も教科書も、もう自分たちのものじゃない。
「んー、意外と楽しかったよ」
「楽しかった?」
思わず声が荒くなる。
「よその国の歌を歌わされて、制服着た軍人みたいな奴が教壇に立って、
しかも監視されてる中で、それで楽しいって……本気かよ」
沙耶は驚いた顔をした。
「……高校に来てたの?」
「お前が忘れた体操着、届けに行った。ちょっとだけ、教室を覗いたんだ」
少し間を置いて、沙耶が言った。
「……そんなに、全部『おかしい』って思わなくてもいいんじゃない?」
「おかしいだろ! あんなの授業じゃない!」
「でも……わたしは逃げられないんだよ」
「だったら、抵抗しろよ!」
怒鳴った瞬間、沙耶が叱られた子どもみたいな顔で俯いた。
泣きそうな目が、必死で涙を堪えている。
俺は、守りたかった相手を、傷つけていた。
「……ごめん」
静かに呟く。
「ただ、あの教室で、お前が……笑ってたから」
「…笑うしかなかったんだよ」
その声は、必死に何かをこらえているようだった。
「みんな怖いんだよ。
逆らったら、全部『その子のせい』にされる。
先生も親も守れない……うちには親もいないけど」
「……俺が守る」
言った途端、それがただの願いにすぎないと分かった。
沙耶は小さく笑った。
「お兄ちゃんは、もう何もしないって言ったじゃん。正義なんて懲りたって」
(──そうだ。あのとき、俺は誰も救えなかった)
「……それでも」
「……わたしだって、考えてるよ。自分で、自分の言葉で、生きようって。」
それきり、二人とも黙った。
沈黙だけが、部屋に貼りついていた。
***
翌朝。
玄関のチャイムが鳴った。
インターホン越しに見えたのは、スーツ姿の男女と、背後に止まった黒塗りの車。
「山崎沙耶さんに関するご連絡です。『文化適応プログラム』へのご協力、ありがとうございます」
「は? 何言って……」
「事前に保護者の同意はいただいております」
「そんなの出してない!」
「では、こちらの音声をご確認ください」
男がスマホの画面を差し出した。再生されたのは、昨夜の音声だった。
『しかも監視されてる中で、それで楽しいって……本気かよ』『だったら抵抗しろよ!』
俺の怒鳴り声と、沙耶の静かな声。
録音されていた。
……家の中での会話すら、盗聴されていた。
「監視対象としての記録は、国家保全条例に基づく正規手続きにより取得されています」
「ふざけるな……っ」
怒鳴りかけた俺を制するように、沙耶が前に出た。
制服の裾を整える仕草は、どこか子供のようで──それでいて妙に凛としていた。
長い黒髪が肩越しに流れ、朝の光を受けて静かに揺れている。
制服の胸元には、異国の意匠を模した赤いスカーフが結ばれていた。
沙耶は、そんな姿で微笑んだ。
「……わたし、大丈夫だから」
その声は少しだけ震えていた。けれど、沙耶は気づかれまいというように微笑んだ。
「待てよ沙耶、お前、行くな……!」
「お兄ちゃん」
沙耶は振り向いた。
「わたし、お兄ちゃんのこと信じてるよ」
そのまま、車に乗り込んだ。
俺は何もできず、ただその背中を見送るしかなかった。
何かしなければと思った。だが、体が動かない。
数分間、玄関の前に立ち尽くしていた。
ようやく我に返ってスマホを取り出す。
検索窓に打ち込んだのは、「文化適応プログラム」「連れ去り」「カナン 政策 監視」。
けれど、表示されるのは検閲済みのページばかりで、リンク先はことごとく無効。
(何も……わからない)
部屋に戻り、無意識に冷蔵庫を開けた。
喉が渇いて何か飲もうとしただけだった。
けれど、目に飛び込んできたのは、あいつが食べ残したプリン。
それが、「置き去りにされた」みたいに見えた。
***
ふと思い出したのは、つい数日前のことだった。
コンビニでプリンを買って帰った夜、沙耶はソファに寝転がって「えー、これじゃない」と唇を尖らせた。
制服の上着を脱いだシャツ姿。薄手の生地が、胸元でふんわり膨らんでいた。
……昔はあんなじゃなかったのに。
俺は視線を逸らした。
「カラメル少なめが好きって、言ったよね?」
「知らねえよ」
「もー、ほんと適当!」
くすっと笑って、プリンのふたを開ける。
「いただきます、プリンちゃん」
「……口、ついてるぞ」
「うそ、どこ!? やだ〜」
慌てて唇をぬぐう仕草が、なんか子どもっぽくて、笑ってしまった。
──そんな日常が、永遠に続くと、どこかで信じていた。
なのに、たったひとつの言葉で、それは簡単に壊れてしまった。
***
その日、俺は呆然としたまま出勤した。
何を着たのかも覚えていない。靴を履いた記憶すらあやふやだった。
気づけば改札を抜け、通勤電車に揺られていた。
車窓の風景は、何ひとつ変わらない日常を映し出していたけれど、俺の中の時間だけが止まっていた。
出社しても、誰かに挨拶した記憶がない。
何気ない雑談も、無数の足音も、全部ガラス越しの出来事のようだった。
──そして、俺は、職場のデスクに向かった。
パソコンを立ち上げた瞬間、普段は見えないログイン画面のログが、なぜか可視化されていた。
『ログ記録:前回アクセス時間 03:12』
(……俺、こんな時間にログインなんてしてない)
胸の奥に、冷たい何かが落ちた。
どこかで、何かが、ずっと“見ている”。
何かがおかしい──
それはまだ『始まり』にすぎなかった──
本当の“侵食”は、ここからだった。
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