番外編 スチュワート侯爵
わたしの大事な娘が王子の婚約者にされてしまった。打診があったときに、はっきりと断ったのにだ。
今は王子でもいずれは王太子になる。娘は一生、国につくす立場になってしまう。だからいやだったのに。
だが、直接国王夫妻から頼まれては断りきれなかったし、娘は王子を気に入った。娘が望むならとわたしは諦めた。そしてわたしは、娘を失った。
娘は真面目にがんばった。時間の許すかぎり勉強をしていた。教師が娘に暴力をふるう事もあった。
ここをもう少し、あそこをもう少しと教師が熱心に教えるあまりだと言うのはよくわかる。だが、年端もいかない娘にあそこまで教える事はないだろう。
優秀な教え子を得た教師が暴走するのはわかるが・・・
だが、あの馬鹿がやってくれた。その上あのヨランダとか言う娘はまぁ最適な行動を取ってくれて・・・
そして、あの側近の阿呆どもが、巻き込まれないように手を打ってやった。それぞれの家からはお礼も来たし、今後うちに歯向かって来ないだろう。
かわりにあの馬鹿には影をつけてやった。あの馬鹿が暴れて、まわりになにかあったら大変だからな。
まぁ、あのおめでたい国王たちも、まずいとわかったのか、あの女を教育しようとしたらしいが無理だったようだ。
そこで二人を留学させようとしたみたいだが、無理だろう。国に置いて見張る方が安心なんだがなぁ。影がついておるからなんとかしてくれるだろうし、関わるのはごめんだ。
次の王子はおもったより賢いようだ、誰に似たんだろう? わたしを見かけると、最大限に敬意を込めた挨拶をしてくる。ちゃんと勉強しているようだ。
国のトップに立つんだ。上手に立つだけでいい。それ以上はいらない。
やがて、この第二王子は王太子となり、隣の国から妃を迎えた。後ろ盾のない二人をこのわたしが支えていくつもりだ。
娘はいい配偶者を得て、のんびり暮らしている。たまに里帰りして来るが、母親とじつに楽しそうに話し込んでいる。
なにがそんなに楽しいのだろうか? ちょっと覗いてみると実に多岐に渡って喋っている。母娘というより友人だ。
ほんとに娘を取り返して良かった。
さて、王太子がこちらに向かっていると連絡が来た。どうも隣国の王室がきな臭いと報告が来ていた件だろうが、まだ情報の把握が遅いし、報告が来たからとすぐに反応するのはまずいなぁ・・・だから扱いやすいのだが。
「殿下、なにかございましたか?」と先に言うと、見る間に緊張が解けた様子で
「いや、その・・・妻の実家で」と口を濁す。
「妻の実家ですか?いやぁ微笑ましい言い方ですな。わたしも娘がおりますから、娘婿が妻の実家なんて言って気にかけてくれたら嬉しいですよ」と笑いかけながら、ソファをすすめる。
立場的にはあちらが上だから、すぐに座って貰ってもいいのだがな・・・そっちの方が面倒がないのだが、この若者は礼儀を大切にする・・・身分ではなく年長者への礼儀だが。
「いや、殿下失礼しました。わたしのことをつい・・・妃殿下のご実家とおっしゃいますと?」
「それが、どうも妻の兄がなにか仕出かして、従兄弟が王太子になるようなんだ」
「さようですか? それは・・・一体?どこから?・・・いや、失礼しました。詮索するつもりは・・・」
「いや、妻の義理の姉から急ぎの手紙が来て・・・この国の王太子として口は出せないが、妻の実兄のことだから心配で」
この王太子は知らないようだが、、妃として迎えた隣国の王女は実家で冷遇されていた。兄にお嫁さんが来て仲良くできるかと楽しみにしていたのに、このお嫁さんからも意地悪されて恨んでいるようなんだが・・・
王太子は妻の兄を助けたいのだろうな。
「急ぎで来た連絡でしたら、重大なんでしょうね。どういったことなのでしょうか?」と聞くと
「なんでも、お兄さんは騙されて・・・そのある貴族の家に行ったそうだ。もちろんお忍びで。
なんでも秘蔵の酒を開けて飲むとかで・・・そしたら、その話しはうそで、その貴族の家には近隣からさらって来た若い娘がたくさんいて・・・もちろん義兄はすぐに帰ろうとしたそうだ。だが、その時、騎士団がやって来てみんな捕まったんだそうだ。
義兄はお忍びだった為に普通に取り調べを受ける事になったんだが、間の悪いことに、うっかり屋の副団長が『殿下どうしてここに?その格好は?』と大声で言ったそうで・・・騒ぎになって。そして従兄弟が王太子になるそうで、義兄は小さな領地を貰い、一代侯爵となったそうなんだ。
それで妻は本国の王室が変わって心細いんじゃないかと思って・・・」
意外と優しくて馬鹿なんだな。まぁ妃殿下も苛められていたのは内緒にしたいだろうに。どうしたもんか・・・
「殿下、妃殿下に、よりそわれるお気持ちに打たれました。そのお気持ちが妃殿下のなによりの後ろ盾になりましょう。妃殿下を第一に考えていかれるのが一番でしょう。
それから、真相はともかく事がここまで公になっては義兄をお救いするのは、殿下にとってまずい事になりましょう。ここは心を鬼にして知らんぷりをして下さい。
隣国の王太子には最大の祝福とお祝いを贈りましょう。我が家からも個人的に贈ります。そこが妃殿下の実家ですからね」
「ありがとう。話して良かった。どうも妻は遠慮しているようで、実家のことは特に・・・」と王太子が顔を曇らせるのを見て
「今度、妻が小さなお茶会をするらしくて、よければ妃殿下を招待させて頂いてよろしいでしょうか?娘とあとは妻の友人が集まる小さな会なのですが・・・」
「それは、願ってもない事だ。ぜひ・・・」と王太子が答えると
「承知しました。実はそのお茶会はちょっとした決まりがあって、確か妻が言っていたのは・・・今回はピンクの物を身に付ける事だったかな?確かそうだ。ピンクのレースを作らせていたから・・・宝石でも。ドレスでも。ハンカチでもいいみたいですよ・・・娘はあの旦那を連れてドレスを作りに行ったようです。旦那に愚痴られました・・・なんでも三時間も待ったそうです」
「三時間!いや!失礼しました」と王太子が顔を赤くして言うのを
「そう、三時間です。だけど、妻が幸せなのはいい事ですよ。殿下。もしどこかを貸切にしたいならご相談下さい。こういうのは夫人の才覚にかかっておりますしてな。わたしから妻に《《お願いします》》」と言うと
「助かる。あぁ相談してよかった。すぐに妻に伝える。それではこれで、慌ただしくてすまない」
そう言うと王太子は帰って行った。
多分、お茶会であの妃殿下は、胸のうちを語って泣くだろう。手駒がさらに扱いやすくなると思えば三時間でも四時間でも買い物に付き合うさ・・・はぁあーーー
誤字、脱字を教えていただきありがとうございます。
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