公爵令嬢として生まれたけれど
フランツェーナとドミニク。両親の名付けのセンスはなかなかなものだと思う。
フランツェーナと名付けられた姉は、とても美しく女性らしい体型をしている。一方、ドミニクと名付けられたわたくしは、低い鼻に平凡な容姿、平べったい身体。
赤子のわたくしたちをみて、成長を予見していたのなら、両親は天才だと思う。
「すまない。ドミニク。他に愛する人ができたんだ」
同じ光景を見るのは四回目。愛する人の相手が誰かなんて、聞かなくてもわかる。
「君の姉上、フランツェーナ様だ。彼女の美しさには、」
何か語っている婚約者候補を放置して、カフェを出た。こんなときくらいお代は払わないわよ?
「ただいま戻りました」
「あら、ドミニク。早かったわね?」
今最も顔を見たくない相手ナンバーワンのお姉さまに出迎えられ、あれよこれよと部屋着に着替えさせられる。メイドにやらせればいいのに、わたくしが産まれた瞬間から、わたくしの着替えだけはお姉さまがしていたらしい。普段はおとなしいお姉さまが、わたくしの着替えをできないとわかると泣いて暴れたとか。泣いて暴れたいのは、わたくしの方だわ。
「あら、ドミニク。何かあったの?」
「いえ、お姉さま。別に」
「そう? じゃあ、わたくしは出かけてきますわ」
「気をつけてね」
出かけるお姉さまを見送り、早めに眠りにつく。何が辛いって明日も学園生活だ。
「ドミニク!」
朝、登校して姉と別れると、元婚約者候補その四がやってきた。
「ごきげんよう。では」
「まて」
そう言ってわたくしの手を握りしめる。
「痛、」
「昨日のカフェのお金を返せ」
「……貴方が呼び出して、一方的に話したカフェでのお代ですか? 不要でしょう」
ちらちらとこちらを見ている生徒たちがいる。早く話を終わらせてしまいたい。
「そうだ! 君を振ったカフェでのお金だ!」
大きな声でそう威張る元婚約者候補その四。他の候補たちもなかなかだったけど、こいつは一番ない。
「え、ドミニク様、また振られたの?」
「おかわいそうに」
「ふふ、だって。美しくない方の公爵令嬢ですものね」
ドミニカ・アフルレッツァ。アフルレッツァ家の公爵令嬢だ。もちろん、フランツェーナお姉さまとは同腹の姉妹だ。
わたくしを蔑む声に、顔を赤く染めたわたくしは、小銭を元婚約者候補その四に投げつけ、教室へと逃げた。
「ごきげんよう、ドミニク様」
「ごきげんよう」
「朝の騒ぎ、お聞きになった?」
「ふふ、姉に何度も婚約者候補を奪われるなんて、無様ね」
こそこそとわたくしについて話す方々をきっと睨むと、わたくしは席についた。
「みなさま! ドミニク様は悪くありませんではないですか! どちらかといえば、婚約者を奪われた可哀想なお方です! そんな言い方はないと思いますわ!」
正義感に駆られた伯爵令嬢の言葉に、わたくしはイラつく。
「わたくしを庇ってくださり、ありがとう存じます。ですが、余計なお世話ですわ!」
そう言って教室を飛び出しました。
「あら、ドミニク」
「お姉さま……」
いつも一人になりたい時に来る、裏庭。わたくしが裏庭に到着したら、お姉さまが小鳥と遊んでいました。そんなお姿も絵になるお姉さま。
「ねぇ、ドミニク。何度も言っているでしょう? そんなのだから、恋人をわたくしに奪われるのよ?」
「な!? ま、まだ、恋人ではなく単なる婚約者候補の一人でしたわ!」
「ふふ、強がっちゃって。わたくしは、そんなドミニクを可愛らしく感じるけど、そんな風にしていては、公爵令嬢としてやっていけないわよ?」
そう言って、わたくしの頭を軽く撫でたお姉さまは去っていきました。
「ど、ドミニク嬢。ずっと君を見ていました。こ、婚約者候補と別れたと聞いたので、ぼ、ぼ、僕とおつきあいしてください!」
公爵令嬢だからか、次の婚約者候補はすぐに現れた。
「まずは、お友達からでよろしいでしょうか?」
「は、はい!」
婚約者候補その五は、結婚を考えると共に暮らすのは難しいかもしれない、そう思いながら、我が家に招待し、友人としてお茶会を楽しんでいた。
「あら、ドミニク。お友達?」
「……えぇ、お姉さま」
わたくしたちのお茶会にわざわざ押しかけてきたお姉さま。わたくしの隣――といっても、婚約者候補その五の隣でもある――に腰掛け、微笑みを浮かべて話し始めた。
「ドミニクはとてもいい子なのよ。仲良くしてあげてくださるかしら? ……あら、あなたのその指、見せてくださる?」
そう言って、婚約者候補その五の指をとり、微笑みを浮かべた。婚約者候補その五は、顔を真っ赤にして、こくこくと頷いていた。
さっきまで、綺麗な女性は嫌いだと言っていたじゃない。僕のことを羽虫のように扱うからって……。
「この指、昔流行っていた幼児向けの童話の絵かしら?」
「そ、そそそ、そうなんです!」
ふんふんと鼻息を吐きながら、お姉さまに近づく婚約者候補その五。
「とても素敵だわ。今度、指に絵を描いた画家を紹介してくださるかしら?」
「も、ももも、も、もちろんです!」
もう、わたくしのことなど目に入っていないようだ。
そんなわたくしをチラリと見て、お姉さまは何か言いたげな表情を一瞬浮かべた。
「ど、ど、ドミニク嬢。き、き、君のお姉さまに惚れてしまった。別れてくれ」
「……わたくしたち、まだお付き合いなんてしておりませんわ。でも、わかりました。婚約者候補として考えるのも友人になるのもやめましょう」
「そ、そこまでは言っていないが、その、」
「……ここだけのお話にしてくださる? お姉さま、あぁ見えて狭量ですの。妹といえども、他の女の影がある男性は受け入れないと思いますわ」
「そ、そうなのか」
「それに、お姉さま、シスコンですの。わたくしのことを悪く言ったら……あの美しい容姿ですもの。世を味方につけて、公爵家の権力も使って……いえ、なんでもございませんわ」
「き、気をつける!」
「では、わたくしたちは赤の他人ということで、その証明をこちらにいただけるかしら?」
言われるがままに書類にサインを記す元婚約者候補その五。大丈夫なのだろうか? と、心配がよぎるものの、わたくしは席を立った。
「こちらのカフェのお代は、お任せしてもよろしくて? お姉さまは男らしいお方がお好きなはずですわ」
「も、もちろん! 任せて!!」
ふんすふんすしている元婚約者候補その五を置いて、カフェを出る。
「ドミニク! とても上手に交渉できたじゃない! さすがわたくしの可愛い可愛い妹!」
「……お姉さま。こんなところまでついてきていたのですか?」
「もちろんよ。可愛いドミニクには、クソみたいな男ばかりが寄ってくるんだもの。わたくしが守らないと」
そう言って、わたくしをぐりぐりと抱きしめるお姉様。
「あ、ああああ、あの、フランツェーナ様! ぼ、ぼぼぼぼ、」
「あら? 貴方はドミニクの元お友達のお方ね」
そう言ったお姉さまは、元婚約者候補その五に近寄り、耳元で何か囁く。
そうして、わたくしの元に戻って、彼に笑顔を向けると、彼は顔を真っ青にしてチビっていた。
「お姉さま。一体何を?」
「また、かわいいドミニクには教えてあげないとね? クソみたいなストーカー男を退治する方法」
「わたくしのストーカーはお姉さまではなくて?」
「ん?」
そう微笑んだお姉さまは、美しい顔をわたくしに向けて、わたくしの手を取り馬車へとエスコートしてくれた。
「ドミニク。ここは少し臭うから、早く帰りましょう?」