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練習しない卓球部との日々

 放課後のチャイムが鳴り響いた。私は教室の窓から外をぼんやり眺めながら、ふと気づいた。今日も卓球部の練習があるけれど、本当にあのままでいいのだろうか。入部してから一週間が過ぎたけれど、まともにラケットを握ったのは数えるほどしかない。


 教科書をカバンに詰め込み、髪を軽く手で整えた。短めの髪が耳元にかかるのが少し気になって、鏡に映る自分にちらっと目をやる。今日も制服のままだ。運動するわけじゃないから着替える必要はないし、これでいいかな。


 だけど、制服のスカートのウエスト部分が少しきつく感じる。思わず心の中でため息をついた。最近、体育以外で運動らしい運動は全然していない。卓球部は運動部のはずなのに、あまりどころが、全く動いていない気がする。最近は自分の体形がなんとなく気になってきて、ちょっとした焦りを感じる。でも、卓球部の雰囲気のなかで、今さら「もっと動こう」なんて言い出す勇気もない。


 教室を出て、廊下を歩く。自分の中に広がるモヤモヤが消えない。卓球部に入ったのは楽をしたかったからだけど、これで本当にいいんだろうか? 一週間も経つのに、全然上達している気がしない。


 階段を降り、体育館へ向かう道すがら、私の心の中には漠然とした不安が渦巻いていた。このまま何もしないで、部活が終わるたびにただ帰るだけでいいのかって。でも、何をどう変えたらいいのかも分からない。


 古びた木製のドアの前に立つと、今日も同じように中から談笑する声が聞こえてきた。手をドアノブにかけながら、私はもう一度自分に問いかける。入部してからの一週間、これでいいんだろうかって。


 ドアを開け、相変わらずゆるい雰囲気の卓球部に足を踏み入れる。


 部員たちは相変わらず、制服のままリラックスした様子で談笑している。誰一人として体操服に着替えることもなく、ラケットに触る様子はない。私は一週間通ってみて、この光景にも少し慣れてきたけれど、今日はなんだか違和感が拭えなかった。これが本当に運動部なの? そう思いながらも、勇気を出して尋ねてみることにした。


「そういえば、みんなあんまり卓球しないんですね……?」私は正直な気持ちを口にした。


「まあ、そうだねぇ」と部長のサトル先輩が眼鏡の奥で目を細め、軽く肩をすくめて答えた。冗談交じりの軽い口調だった。「卓球台は神聖なものだから、あんまり触れちゃダメなんだよ」


「え? この前も言ってましたけど、どういうことですか?」私は思わず聞き返した。まさか、本気でそんなことを言ってるんじゃないよね?


「冗談だよ。でもさ、卓球台って結構デリケートなんだよ。傷つけたらもったいないだろ?」サトル先輩は肩をすくめて笑った。


「でも、練習しないと試合で勝てなくないですか?」


 私は少し不安になってきた。運動部って、もっと真剣に練習するものじゃないの?


「勝ち負けよりも、卓球を楽しむことが大事なんだよ」と、サトル先輩は穏やかに言った。


「無理に練習してストレスをためるくらいなら、こうして楽しく過ごす方がいいだろ?」


「まあ、それはそうかもしれないけど……」私は納得できないまま、話を続けた。


 その時、別の先輩が突然口を開いた。「俺なんて、ラケットを使いすぎて壊すのが怖いから持たないことにしてるんだ」真剣な表情で言うものだから、私はどう反応していいのか分からなかった。


「え、じゃあどうやって練習するんですか?」思わず質問してしまった。周りの先輩たちが笑いをこらえている。その光景は少しムカつく。


「手首のケアが大事なんだよね」と別の先輩が自慢げに言いながら、手首をもみほぐしていた。「ラケットなんて使わなくても、手首を鍛えれば勝てるってもんさ」


「手首を鍛えれば……?」私は思わず声をあげた。「それで卓球がうまくなるんですか?」


「もちろん!」その先輩は真顔で頷いた。「卓球はね、最終的には手首が命なんだよ。柔らかい手首が勝負を決めるんだね」


「いやいや、それはないだろう」と別の先輩が笑いながら茶々を入れた。「お前、まだ一度も試合に出てないだろ?」


「おいおい、試合に出るかどうかが問題じゃないんだって!」手首をもみほぐしていた先輩が顔を赤らめて言い返した。


 私はもう完全に困惑していた。これが卓球部? 一体どこが卓球をしている部活なんだろう。手首マッサージ部か、さもなくばショートコント部の間違いじゃないんだろうか。ラケットも卓球台も使わず、手首のケアに熱心な先輩たちを見て、ますますわけが分からなくなってきた。


「でも、試合のときはどうするんですか?」私はさらに聞いてみた。さすがに試合くらいはちゃんとやるんだろう、と期待して。


「そのときは、そのときで何とかなるって!」サトル先輩がケラケラ笑いながら答えた。「俺たち、今までもそうやってきたからさ」


「……今までも?」私は驚いて聞き返した。


「そうそう。なんだかんだで、試合になるとなんとかなるもんなんだよ」サトル先輩は、余裕たっぷりの表情で言い切った。


「適当にやってても、誰かがボールを返せば勝てるし、運もあるからね」


卓球って、サッカーみたいな団体戦だったっけと思うけど、そういえば私は卓球について何も知らなかった。


「それに、負けたら負けたでいいじゃん。卓球は楽しいからやるもので、勝つためにやるわけじゃないんだよ」と、また別の先輩が付け加えた。


 なんだか、ますますわけが分からない。卓球部に入ったつもりなのに、ラケットも台もろくに使わない部活って、一体何なの? お笑いの道に進むにしても、もっと真剣に取り組んだほうがいいに決まっている。


 試合で勝つことよりも、「楽しく過ごす」ことを優先している先輩たちの考え方に、私は戸惑いを隠せなかった。でも、こんな緩い空気が、どこか心地良いと感じてしまっている自分もいて、さらにモヤモヤが募った。


「田中さんもそのうち慣れるよ。卓球部って、こんな感じで気楽にやっていくんだ」サトル先輩が私に向かって微笑んだ。


「焦らなくてもいい。とりあえず楽しもうよ」


「……そうですね」


 私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。この卓球部で、本当にいいのかな。

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